漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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新しい朝

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 次の日。

 アマネは、ふと目が覚めた。
 いつもの薄明るい、布越しの視界ではない。天井にはなめらかな板の目と梁、そこに柔らかな朝日が差し影を作り出している。
 ぼんやりとそれを見るともなしに見ていたアマネだったが、ようやくハッと気づいた。
 目の布が、ズレている。なのに、目を開け続けていても、昨日までのような痛みが無い。

 それと同時に、カーッと頬に熱が集まった。
 目が開けられるようになったきっかけであろう昨日の行為に、今更ながら恥ずかしくなったのだ。
 顔から火が出るかと思った。
 あの後、色々とあられもない姿を晒し、恥ずかしい事を沢山言ってしまった気がする。
 あぁぁあ~と、口から変な後悔の声が抑えきれない。両手で顔を覆う。

 今日、彼とどういう顔で接したらいいのかわからない。
 恥ずかしさで死にそうだ、とアマネは布団を被り、ひとりその中で悶えた。

 原因のひとが横に居なくて良かった……でも、居てくれたらきっと嬉しかっただろうな。
 アマネは羞恥に悶えながらも、それだけは確信できた。
 目が痛くなくなったら次は胸か、とふと自嘲がもれる。

「おはよう、周。具合はどうだ?」
「わっ!」

 戸が開き、件の人物から声がかかった。突然の事に、アマネは思わず声を上げてしまっていた。
 丸まっていた布団がビクッと揺れる。
 少しの沈黙の後。

「お、おはよう、ございます」

 ここまで盛大に反応してしまっては、狸寝入りを決め込むわけにもいかず、アマネは不承不承布団から顔を出した。
 恥ずかしくて、声の主をまともに見る事ができない。足元から喉元辺りでとまる目線。

「大丈夫か? 昨日、無理を」
「わー! だっ、大丈夫です、大丈夫ですからっ。僕に構わず先に……えっ」

 アマネの事を心配をしてくれているが、恥ずかしさのあまりアマネは極天の言葉を遮り、出て行くように促そうとした。瞬間、目と目が、合った。片方だけの、目と。

「極天、さん、その目は……」

 昨日まで、チラリとしか見えていなかったが、両方開いていた筈の、極天の深い藍の眼が片方閉じられている事に、ようやくアマネは気づいた。
 目、が大事な世界で、片方だけわざと閉じているなんて理由無くするわけがない。力の源なのだ。
 それはつまり、自分に力を渡したせいで、極天の目が潰れたという事ではないだろうか。
 羞恥も忘れて、アマネは極天を泣きそうな顔で見た。
 慌てて布団から出ようとするのを、極天が押し留めた。極天はアマネを安心させるようにゆっくり微笑む。

「大丈夫そうだね、良かった良かった。逆に、君のおかげで片方だけで済んだんだ。……ああ、思った通り綺麗な漆黒の瞳だね。じゃあ、先に朝食の場所に行ってるから」

 声音は、昨日までの通常時と変わらない。なのに、アマネに口を挟ませず、さっさと極天は部屋を出て行った。
 その行動に、アマネの胸がツキリと痛んだ。その後ろ姿を目で追ってしまう。
 昨晩とは違う意味で、アマネは泣きそうだと思った。
 考えてみれば、彼の言動はずっと通常通りだ。
 自分は心を乱す相手ではない、という事だろうか。胸の痛みが強くなる。

「アマネさまー、おはようございま……わあ! おめめ開いてる! すごい、綺麗ですね!」

 が、そのしんみりしたテンションは、入ってきたねいの興奮によってかき消されてしまった。ねいのテンションは爆上がりしたままで。アマネは苦笑してしまった。

「おはよう、ねいちゃん」
「おはようございます! 凄いです、ねい真っ黒ははじめて見ましたっ」
「そうみたいだね。みんな、初めて見たって言うよ」
「そうだと思います! アマネさまは、本当に凄いお方だったのですねー!」

 ふんすふんすと、朝にテンションが高い犬が顔を舐めまわしてくるような近さで、ねいが詰め寄る。尻尾が振れてるのが見える。
 めいはここまでテンション上がらなかったのに、とアマネは顔を逸らせながら、さらに苦笑を深くした。

「えっと、ねいちゃん。僕、着替えてご飯食べに行きたいな」
「あっ、そうですね! はい、お着換えですっ。ねいは廊下で待ってます~」

 ようやく自分の行動にハッと気づいたねいが、遠ざかった。アマネはホッとした。

 ねいが置いていった衣に着替えアマネが部屋を出ると、ねいは廊下でご機嫌にふんふん鼻歌を歌っているところだった。

「お待たせ。可愛い歌だね、なんの歌?」

 アマネが出て来た事に気付いたねいが、パッと顔を明るくしてアマネを振り返る。

「ねいが今考えた歌です!」
「そうなんだ、良い歌だね」

 ふふっとアマネが笑うと、ねいもニコニコと笑う。
 アマネが歩きだすと、ねいは案内するようにトタタと少し前に出て、歩き出した。

「はいっ。アマネさまの目が開いて良かったの歌なのです」

 無邪気に笑うねいの言葉に微笑んた後、アマネはハッとした。

「ありがとう。ねえ、ねいちゃん。極天さんの目が」
「王さまは大丈夫なのです! 問題ないのです!」

 アマネの言葉を珍しくねいが遮り、大げさな程大丈夫だと繰り返した。
 それは、何か言い含められたな、とアマネが気付くぐらいで。眉を下げてねいを見たが、それ以外の言葉を言いそうになかった。ねいも心配しただろうに。
 アマネは少しだけ首を振って、ねいの小さな手を握った。目を隠していた時と同じように手を繋ぐと、ねいは少しビックリしたようだったが、はにかんだ。



 二人手を繋いで朝食の場所に行くと、極天は既におらず、玄武が優雅に朝食をとっている所だった。
 もしかして、避けられてるのだろうか? そういえばねいのテンションに押されてついうっかり忘れていたが、ヒヨもいない。と、アマネがふと思った瞬間、玄武から声がかかった。

「おはようございます、漆黒の君。……あぁ、やはり美しいですね。この世で唯一の霊石だ」

 挨拶の流れで褒められて、アマネは照れた。美しい顔を持っている玄武に、美しいと言われるとは思ってもなかった。

「お、おはよう、ございます」

 椅子に座り、照れながらも挨拶を返すアマネ。
 机の上を見ると、ちゃんと色んなものが見えるのが嬉しい。
 この歓喜をくれたのは、極天だ。それなのに、ちゃんとお礼も言えなかった。
 朝のやり取りが思い出され、アマネは後悔から口を開いた。

「あの、玄武さん。極天さんは……」
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