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不知の河
しおりを挟む一行は、再び不知の森の入り口に戻ってきた。
鬱蒼と茂り、迷うと聞かされてからは、さらに異様さが引き立つような、巨大な森だ。樹海、と言っても過言ではないかもしれない。
あの村の人達も、生活の糧の為に森には日常的に入るそうだが、それでも道からあまり外 れないそうだ。
青海がなにか対処方法があると言ってたがなんだろう、とアマネが見ていると、青海は全員に霊符を配った。
「これは、この符を持つ者が近くに居たら感知できるようにするものです。残念ながら、惑わす、というのがどの系統の術なのかまだわかりませんので、このような対処法になります。この符を持ったものが、分かれ道やとちゅうに居れば、そこには戻って来れます。ですが、先に行けば行くほど人数が減るという事にもなりますので、お気をつけください」
青海の言葉に、配られた符を見る。相変わらず、字というより絵に見えるものが書かれている。蛍光塗料のように、ぼんやり青く光っている。これが、お互いを感知している、という状態だろうか。なんだか、ヘンゼルとグレーテルの光る小石みたいだな、とアマネは思う。
「よし。みな、馬は繋いだな。符も無いものはおらぬな。では、妖の森に入るぞ!」
暁の声で、一行が森に続く道から、森の中へ入って行った。
馬は、森を怖がって一歩も入ろうとしないので、仕方なく置いていくことになった。機動力は落ちたが、それで正解だったのかもしれない。
まだ村に近い入り口あたりは普通だったが、奥に進めば進む程、どこから湧くのかわからない霧が、出て来たからだ。足元がおぼつかなくなってくる。
既に、二人道の途中で待機している。
道はだんだん荒れて、獣道のようになっている。
ふと、水の音が聞こえてきた。この道の先に、村人たちが言ったように、川があるようだ。
それは、大きな川だった。こちらの川岸から向こうまで、泳ぎきる事など決してできないとわかるぐらいには。流れも速そうだ。
そして、道の先に、ぽつんと、たよりない木の橋がかかっていた。
「よし、秋次、次はお前が残れ。しかし、細い橋だな。こんなもので、本当に向こうまで渡れるのか?」
暁は近衛の一人に指示を出しながら、その橋に近寄った。川の流れにしては、頼りなく見える。
「宮様。まず私が向こうへ渡ってみます」
「ああ、頼む」
別の近衛の一人が、暁の前に進み出る。確かに、他の人より細身で、動きも軽やかだ。安全を確かめるのには適しているのだろう。暁は彼の言葉に、良しと頷いた。
暁の了承を得て、彼は足元を確かめながら橋を進んでいく。
そして、何事もなく向こうに渡り切った。
それを見て、暁が、行くぞ、と号令を出した。
アマネは、ちょっとビビっていた。手すりもないのに、もし、落ちたら?水は反射の対象になるのだろうか。
アマネの顔面が蒼白になった事に気づいたのだろう、暁がアマネに近寄る。
「大丈夫だ。さあ、イスミ、行こう。なんなら、俺が抱えて行こうか?」
当たり前のように言われる言葉に、アマネはぶんぶんと首を横に振った。
「大丈夫です。一人で行けます」
そんなアマネを見て、暁は面白そうに笑った。
細い木製の橋を、一行が一列になって渡る。先頭が暁。次がアマネ。そして近衛を挟んで最後尾に、青海。
「宮様!」
その、最後尾の青海が、叫んだ。その急な声に、皆が青海を振り返った。青海は、川の上流を見ていた。
上流からは、鉄砲水が、押し寄せてきていた。
「走れ!」
暁に言われずとも、みなが走りだしていた。アマネも、不安定な足場でなんとか踏ん張りながら、力の限り走った。アマネの後ろには、まだ十数人の人間がいるのだから。ヒヨが飛び上がる。
「飛べ!」
「わっ!」
一足先に対岸に着いた暁が手を伸ばす。その手にアマネは飛びついた。
瞬間。
「ぎゃ!」
「うわああああ」
「間にあわ……」
ドドドという凄まじい、水とは思えない音がして、暁の腕にしがみついたアマネ以降を、飲み込んで行ってしまった。
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