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泣かないで
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「本当に、今こうやってお側にいられるだけで幸運だと、わかっているのですが、その、おれは、出会って数日しか経ってないのに、あなたの事を……お慕い、してしまいました。すみません」
慧が謝罪の言葉を口にした瞬間、握られていた手にギュッと力が入った。
「慧くん。こっちを見て」
龍士郎からの言葉。お願い、ではなく、コマンド。それを受けて、慧は今まで目を閉じていた事にようやく気付き、そろそろと瞼を上げて、龍士郎を見た。龍士郎は、何故か悲しそうに眉を下げていた。その表情を見た瞬間、ドクン、と嫌な動悸がした。ハッとして口を開こうとしたが、それは龍士郎に遮られてしまった。
「お願い、慧くん。謝らないで」
強く掴まれた手が、熱い。
「で、でも」
「言ってたよね、オレ。ごめんより、ありがとうの方が聞きたい、って」
いつぞやの言葉。あの時は、この胸に疼く動悸が、嫌なものだと思っていた。だが、今は、違う。
「あ、の」
龍士郎は、コマンドを入れない。そう言え、といえば終わる話なのに。慧を、ただひたすら見つめている。龍士郎も、慧に答えを急かさない。ちゃんと、選ばせてくれる。その優しさが、自分に、自分だけに向けば良いのに。
慧の目頭が、熱くなる。
「……っ、ありがとう、ございます。龍士郎さま。おれの話を、ちゃんと、聞いてくれて。待って、くれて。そんな貴方の事が、好きです」
最後の方は、少し、涙声になってしまったかもしれない。それは、手に入れられない予感なのか、喪失の悲しみなのか、自分でもわからなかったけれど。泣かないように頑張ったが、水は、溢れてしまった。だけど、謝る言葉は口にしなかった。それは褒めて欲しいと思う。
「慧くん。何で、泣いてるの」
自分の目がしらからこぼれる水を拭いたいのに、両手が掴まれていて、流れ落ちるがままになってしまう。見て、と言われたので龍士郎を見つめたまま、慧は、
「だって、あなたは、おれには過ぎた人だから。おれなんか、あいてにされない。それに、あなたを、好きになったほかのひとみたいに、あなたに、変って、思われたく、ない」
考えをまとめる事もできないまま、流れ落ちる涙と一緒に口から言の葉をこぼしていった。それは、慧ですら思いもよらぬもので、ああ、自分はこんな風に考えていたのか、と合点がいった。
龍士郎はそんな慧の様子を見ながら、苦しそうに眉を寄せた。それは、不快、というより後悔に近いような表情で。少しだけ迷ったように口を開閉し、視線を彷徨わせながら、龍士郎も口を開いた。
「慧くん、それは、違うよ。君を変だなんて、思わない。絶対に。……それを言ったら、オレの方が変だよ。だって、君がはじめて来た日、オレにいくら拒否されても一歩も引かずに、ただひたすら仕事をする為にオレの家に入ってきた時から、君が、気になって仕方なかったんだ。最初は、なんて真面目で頑固なんだろうって思ったけど、作ってくれたご飯は美味しいし、オレの事苦手だろうに避けたり適当にあしらったりせずに、一生懸命仕事をしようとする君が、なんていうか、その、眩しく見えて。つい構ってしまって、不快な思いもさせたのに、君は逃げずに結局オレの所に、来てくれた」
龍士郎に握られている手が、かすかに震えている。
「あの日も、オレ、君にとって何か凄く嫌な事を思い出させることを、言ったんだろう。ろくに謝罪もできないオレの事を、君は、絶対嫌いになったって、思ってたから。今、凄く、どうしていいのか、わからないんだオレ」
自信なさげに俯いた龍士郎の後頭部を見ながら、慧は、これは現実かと思っていた。
はっきりした言葉は無いが、これは、好意を持たれている、と解釈して良いのだろうか。龍士郎が、本当に?自分のような人間を?
いつの間にか、慧の涙は止まっていた。残っているのは、熱い焦燥感。
「あの、龍士郎さま」
「……うん」
臆病、と母親から評されているのを、この人は知っているのだろうか。
慧は、本日何度目かの覚悟をして、口を開いた。
「おれは、あなたのことを、好きでいて、良いのですか」
慧の言葉に、龍士郎はハッと顔を上げた。慧を見る。もう、視線は、そらさない。龍士郎も、少しだけ泣きそうに眉を寄せた。
「オレみたいなdomで、慧くんは本当に良いの」
まさか、龍士郎から自分のセリフのような言葉を聞く日が来るとは思わなかった。慧は、もう泣かない目で、微笑んだ。
慧が謝罪の言葉を口にした瞬間、握られていた手にギュッと力が入った。
「慧くん。こっちを見て」
龍士郎からの言葉。お願い、ではなく、コマンド。それを受けて、慧は今まで目を閉じていた事にようやく気付き、そろそろと瞼を上げて、龍士郎を見た。龍士郎は、何故か悲しそうに眉を下げていた。その表情を見た瞬間、ドクン、と嫌な動悸がした。ハッとして口を開こうとしたが、それは龍士郎に遮られてしまった。
「お願い、慧くん。謝らないで」
強く掴まれた手が、熱い。
「で、でも」
「言ってたよね、オレ。ごめんより、ありがとうの方が聞きたい、って」
いつぞやの言葉。あの時は、この胸に疼く動悸が、嫌なものだと思っていた。だが、今は、違う。
「あ、の」
龍士郎は、コマンドを入れない。そう言え、といえば終わる話なのに。慧を、ただひたすら見つめている。龍士郎も、慧に答えを急かさない。ちゃんと、選ばせてくれる。その優しさが、自分に、自分だけに向けば良いのに。
慧の目頭が、熱くなる。
「……っ、ありがとう、ございます。龍士郎さま。おれの話を、ちゃんと、聞いてくれて。待って、くれて。そんな貴方の事が、好きです」
最後の方は、少し、涙声になってしまったかもしれない。それは、手に入れられない予感なのか、喪失の悲しみなのか、自分でもわからなかったけれど。泣かないように頑張ったが、水は、溢れてしまった。だけど、謝る言葉は口にしなかった。それは褒めて欲しいと思う。
「慧くん。何で、泣いてるの」
自分の目がしらからこぼれる水を拭いたいのに、両手が掴まれていて、流れ落ちるがままになってしまう。見て、と言われたので龍士郎を見つめたまま、慧は、
「だって、あなたは、おれには過ぎた人だから。おれなんか、あいてにされない。それに、あなたを、好きになったほかのひとみたいに、あなたに、変って、思われたく、ない」
考えをまとめる事もできないまま、流れ落ちる涙と一緒に口から言の葉をこぼしていった。それは、慧ですら思いもよらぬもので、ああ、自分はこんな風に考えていたのか、と合点がいった。
龍士郎はそんな慧の様子を見ながら、苦しそうに眉を寄せた。それは、不快、というより後悔に近いような表情で。少しだけ迷ったように口を開閉し、視線を彷徨わせながら、龍士郎も口を開いた。
「慧くん、それは、違うよ。君を変だなんて、思わない。絶対に。……それを言ったら、オレの方が変だよ。だって、君がはじめて来た日、オレにいくら拒否されても一歩も引かずに、ただひたすら仕事をする為にオレの家に入ってきた時から、君が、気になって仕方なかったんだ。最初は、なんて真面目で頑固なんだろうって思ったけど、作ってくれたご飯は美味しいし、オレの事苦手だろうに避けたり適当にあしらったりせずに、一生懸命仕事をしようとする君が、なんていうか、その、眩しく見えて。つい構ってしまって、不快な思いもさせたのに、君は逃げずに結局オレの所に、来てくれた」
龍士郎に握られている手が、かすかに震えている。
「あの日も、オレ、君にとって何か凄く嫌な事を思い出させることを、言ったんだろう。ろくに謝罪もできないオレの事を、君は、絶対嫌いになったって、思ってたから。今、凄く、どうしていいのか、わからないんだオレ」
自信なさげに俯いた龍士郎の後頭部を見ながら、慧は、これは現実かと思っていた。
はっきりした言葉は無いが、これは、好意を持たれている、と解釈して良いのだろうか。龍士郎が、本当に?自分のような人間を?
いつの間にか、慧の涙は止まっていた。残っているのは、熱い焦燥感。
「あの、龍士郎さま」
「……うん」
臆病、と母親から評されているのを、この人は知っているのだろうか。
慧は、本日何度目かの覚悟をして、口を開いた。
「おれは、あなたのことを、好きでいて、良いのですか」
慧の言葉に、龍士郎はハッと顔を上げた。慧を見る。もう、視線は、そらさない。龍士郎も、少しだけ泣きそうに眉を寄せた。
「オレみたいなdomで、慧くんは本当に良いの」
まさか、龍士郎から自分のセリフのような言葉を聞く日が来るとは思わなかった。慧は、もう泣かない目で、微笑んだ。
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