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こっちに来て

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 いよいよ禁断の扉が開かれ、慧は掃除機を持ったまま扉から中に入った。
 中は、思ったより、惨状というわけではなかった。初日見たような光景を覚悟していた慧は、拍子抜けしてしまった。
 
 散らばったゴミはまとめ、ベッドのシーツもしわくちゃだが洗濯はちゃんとしているようで汚らしくない。
 パソコンデスクの上には書類だけで、余分なものは無い。
 これなら埃を落とし、掃除機をかけ、ベッドメイクをして窓を拭けば終わる。ただひとつ、崩れた書類や本の山があるのが気になるが、勝手に捨てたりすることは出来ないので、纏めるしかない。
 いつもの手際でサッと仕事を終わらせると、けっこう時間が余ったようだった。そう、やればできるのだ。

 慧は、綺麗になった部屋を満足げに見まわした。これで、全ての仕事が完了した。少しの寂しさと、仕事をやり切った満足感。ひとつ、溜息を吐いた。

 掃除道具を持って外に出ると、いつものように、ダイニングテーブルで龍士郎がノートパソコンとにらめっこをしていた。

「龍士郎さま」

 外に出て声をかけると、龍士郎はぱっと顔を上げた。

「慧くん。仕事は終わった?」

 慧は龍士郎を見て、ペコリと頭を下げた。

「はい。入れて下さって、ありがとうございました」

 龍士郎は、ニコリを笑って慧を見た。

「慧くん。少し時間あるなら、話さない?」

 もう、龍士郎と目が合っても、嫌な動悸はしない。ただ、鼓動が早い。
 慧は、少し考えるそぶりを見せながらも、コクリと頷いたのだった。




 慧が仕事道具をまとめている間に、龍士郎は、自分の部屋に戻ったようだった。ダイニングテーブルに居ない。
 再び、龍士郎の部屋の前に立つ。
 入るな、というコマンドは、解除された。
 だが、何故か変に緊張する。
 今までの慧なら、声をかける事すら躊躇っていただろう。
 だが、今日は、慧だってそれなりの覚悟をしてきたのだ。すうと息を吸い込み、

「龍士郎さま。お待たせしました」

 そう、扉の向こうに声をかけた。今までの事で、龍士郎ならこちらを邪険にしない、とわかっての声がけだ。案の定、

「ああ、お帰り。ごめん、ちょっと見ときたいのがあって。もう終わったよ」

 すぐに、扉が開き、朗らかな表情の龍士郎が出てきて、慧を中に招き入れてくれた。ドキドキ、心臓の鼓動が早くなった。

「今度はちゃんと、声、かけてくれたね」

 嬉しそうな声音に、いつかの事が思い出された。あの時は、仕事に集中していて悪いから、と龍士郎に挨拶が聞こえてない事を理解しながらも、帰った。その事を言っているのだ、とピンときたが、慧は、苦笑する事しかできなかった。

 龍士郎は、いつも座っているのだろう、パソコンデスクの前にある、ごつくて大きなチェアに座って、慧を見た。
 慧も、無言のまま龍士郎を見つめた。
 二人の距離は、三歩。
 一生、埋まらないと思っていた、距離。
 だが。

「慧くん、こっちにおいで」

 慧は、龍士郎を見た。龍士郎も慧を見つめている。
 ドキドキ、ドキドキ。
 慧は意を決して、龍士郎に近づいた。
 そう、コマンド通りに。
 コマンドを受け入れて、龍士郎の目の前に、慧は立った。
 龍士郎を見下ろす慧の表情は、羞恥、そして、恍惚。
 ニンマリと目を細めて、龍士郎は目の前の慧の手をとった。ビクッとするが、拒絶はしない。

「慧くん」
「はい」

 名前を呼ばれて、返事をする。ただそれだけにも、緊張する。こんなのはじめてだ、と慧は心の中だけでと戸惑っていた。龍士郎の顔が、やけに嬉しそうなのも、戸惑いを加速させている。顔が、繋いだ手が、熱い。

「慧くん」
「はい」
「慧くん」
「はい……」
「……慧くん」
「っあの、龍士郎さま」

 再び名前を呼ばれたが、慧は思い切って言葉を遮った。名前を呼ばれるだけで嬉しいのだが、それで日が暮れては、自分の覚悟が無駄になってしまう。そう決死の思いで口を挟んだのだが、龍士郎は驚いたような顔をしただけで、うん、と慧の話を聞く体勢に入ってくれた。その優しさが、本当に嬉しくて、苦しい。

「その、龍士郎さまが、自身に好意を持つsubや女性に良い感情を持っていないのを、承知で申し上げたいのですが」

 無意識に目をギュッと瞑りながら、慧は言葉を続ける。
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