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休日
しおりを挟む「けーい。ご飯どうすんの」
朝。
慧は、自身の部屋で布団にくるまりながら、自分に呼びかける声を聞いていた。
母親代わりに、自分の面倒を見てくれた人の言葉を無視するのは、良心の呵責を感じたが、どうしてもどう返事して良いのかわからなかった。
「慧、あんた今日休みだからって、ご飯抜くの止めなさいよ。また戻るわよ……なんか嫌な事でもあったの?」
扉の外から、心配そうな声が聞こえる。もぞもぞと布団の中から、顔だけ出して、扉を見る。決して、許可が無ければ入ってこないその配慮が、有難い。
「……なんでもない。後で食べるから、置いておいて」
母親代わりという事で、慧が心を許す数少ない人物は、扉の外で少し溜息を吐いたようだった。
「わかった。置いとくから、後で食べなさい。じゃあ、アタシは行ってくるから、家の事よろしくね。なんかあったら、ちゃんと言うのよ」
「うん。忍さん、いってらっしゃい」
慧がそう布団の中で声を上げると、行ってきますと言って声の主は扉の前を離れて行った。
慧は、再び頭まで布団にくるまり、考えるともなしにつらつらと考え事をしていた。
今日は、慧の休みの日である。前から決まっていた日だ。代わりの担当者も前から決まっている。ただ昨日、龍士郎に伝え忘れた事が少し引っかかっているが、そこまで問題になる事ではない。普通なら。
でも。
もしかしたら。
少しでも、今日慧が来ていない事が、龍士郎にとって嫌だと思う事なら。
すこしだけ、嬉しいと思ってしまう。
そんな自分が信じられなくて、慧は先ほどから布団にくるまって身動きできないでいたのだった。
出会いは最悪だった。その後された事も、嫌な事を思い出させる行為で、止めて欲しかった。
でもこちらからそういうのを止めてくれ、なんて言えるとすら思っていなかった。
龍士郎から自発的に謝ってもらえるなんて、思ってなかった。
だからだろうか。
慧の中で、龍士郎は何か特別な存在に思えた。
だけど、この仕事が終わったらもう会う事は無いだろう。
向こうも気に入ってくれて、契約を続けてくれるかもしれないが、慧が担当になるかはわからない。別の人の方が相性がいい場合があるので、固定される事は稀だ。シフトの問題もある。
ここまで濃く、一対一で仕事上とはいえ付き合いがあるのは、貴重だった。
でも住む世界が違う。
最初は嫌だったけど、今は、嫌じゃない。そんなの、龍士郎は興味もないだろうけど。
この契約期間が終われば、忘れてしまう存在。それぐらいの存在でありたかった。誰の目にも止まらず、誰の特別にもならず、誰に、求められる事もない。そんな、存在。
その選択をした事を、後悔した事はjない。
だから、この感情も、一時のもの。間違っても、特別なものじゃない。
……だから、大丈夫。
溜息を吐いて、慧は再び目を閉じた。
つらつらと考え事をしていたら、再び睡魔が襲ってきて、抗う術を慧は持っていなかった。
「慧! アンタ、ご飯食べなって言ったでしょ!」
ドンドンと扉が叩かれ、野太い怒声でビクッと慧は布団の中で目を覚ました。
時計を見ると、午後を指しており、慧が一番ビックリしていた。二度寝のつもりが、本格的に寝入ってしまったようだ。
「し、忍さん、ごめん。なんか、寝てた」
「はあ?」
扉の外の人物が素っ頓狂な声を上げる。ついで、一呼吸おいて、
「……慧、あんた、やっぱりなんか悩みあんの?」
心配そうな声。慧は慌てて布団から飛び起き、扉の向こうに声をかけた。
「ち、違うよ。ちょっと、根詰めて仕事したみたい。今から食べるよ。忍さんのご飯、残すわけないじゃん」
身なりを整え、扉を開ける。目の前の人物は、まだ信じていないようだったが、くるりと背中を向けた。
「当たり前でしょ。前みたいに食べないとか抜かしたら、はったおすわよ」
「もうしないよ」
苦笑しながら言うと、目の前の人物は肩を竦めた。
以前、とても心配をかけてしまった。心の問題で、食欲すらなくなった事があった。
だからもう、心配はかけたくない……龍士郎の事を考えるのは、これで終わり。
この仕事が終わったら、指名を受けても断ろう。慧は、心の中だけで力強く決意した。
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