9 / 31
ありがとうが聞きたい
しおりを挟むちょうど、今日は一番の大仕事、風呂場の仕上げと洗面所を片付けるつもりで来たので、慧は無心で掃除を続けていた。
掃除は良い。
やった事が目に見える。手を抜いた所も、こだわってやった所も、すべて結果がはっきりと出る。
ただ、無心でやっていたハズなのに、ふと気づけば先ほどの事が思い返されて、慧は溜息を吐いた。
昔、domに遊び半分でコマンドを入れられたのが、半ばトラウマになっている。その時は何とか拒否したが、つまらないや面白くないなど良くない言葉を投げられたのも大きいだろう。
コマンドそれ自体を断ったり拒否するのは、subの多大な負担になる、というのをあの人達はわかっていない。受け入れるのが快楽なんだろ、ぐらいの認識なのだ。
それが、慧は嫌だった。自分は、自分というものを手放したくない。そうしなくて良いと言ってくれるdomが理想なのだが、domはdomで言う事を聞かないsubにストレスを感じるらしい。
とどのつまり、subに向いてない性格、というどうしようもない事実を突きつけられているので、慧は色んな事を諦めているのだった。
そうこうしているうちに、龍士郎は全く意味がわからないが、龍士郎の部屋はちゃんと慧の思いに応えて綺麗になって行った。洗面所も風呂場も終わり、後は、風呂場にカビが生えにくくなる薬剤を塗布し、時間を置けば完璧だ。
風呂場の掃除が終わる頃には、先ほどの事も忘れて、達成感に満ちていた。
風呂場を閉め切り、換気扇を回す。一応、人体にそこまで有害ではないが、すぐに水に濡れると薬効が落ちる。だから、龍士郎に風呂に入るなら時間を置いて欲しいと言わないといけないのだが、気が、重かった。
重い気分を引きずりつつ、掃除道具を片付け、キッチンに向かう。
リビングには、龍士郎が居た。
昨日と同じようにダイニングテーブルにノートPCを置き、眼鏡をかけて何やらにらめっこをしている。昨日眼鏡姿を好ましいと思ってしまった為、今日も昨日と変わらないイケメンに、気後れする。先ほどのあの何かを言いかけたのを、気にしてしまうのも嫌だった。
集中しているようだし、また風呂場の事は後で言おう。そう、これは雇用主の為で、自分が言うのが気まずいからではない。
と、自分の中だけで言い訳をし、慧は無言でキッチンに移動し始めた。
ただ、キッチンに移動するには、龍士郎の目の前を横切らなければならない。
ちょっとだけ身構えながら、龍士郎の目の前、ダイニングテーブルの反対側を横切ろうとした時。
「あっ。掃除、終わったんだ。ありがとう。君が掃除してくれた所、全部綺麗になってるよ。流石、プロだね」
ハッと龍士郎がノートpcから目線を上げ、慧を見てニコッと微笑んだ。慧としては、仕事をしただけだ。
「ありがとうございます」
そう、素っ気なく答えてシステムキッチンにすっと引っ込んだ。
声は、震えなかっただろうか。顔は、ニヤケてないだろうか。心臓の鼓動は、聞こえなかっただろうか。
慧は、冷蔵庫の中身を確認している態で、ドキドキする鼓動を落ち着かせようとしていた。
仕事ぶりを、褒められた事はある。丁寧に、綺麗になるようにしている自負もある。
だけど、何故だか、龍士郎に褒められるのは、とても嬉しい事のように感じられた。今までの比ではないぐらいに。
これは、なんだ。
domとsubの関係だから起こったものなのか、全く関係ないのかすら、わからない。
自分の中の戸惑いを押し殺しながら、慧は、今日の献立を作り始めた。
38
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
それでも僕は君がいい
Q.➽
BL
底辺屑Dom×高スペ王子様系Sub
低スペックで暗くて底意地の悪いDomに何故か惚れきってる高スペック美形Sub男子の、とっても短い話。
王子様系Subにちょっかいかけてる高位Domもいます。
※前中後編の予定でしたが、後編が長くなったので4話に変更しました。
◇大野 悠蘭(ゆらん) 19/大学生 Sub
王子様系美形男子、178cm
秋穂の声に惹かれて目で追う内にすっかり沼。LOVELOVEあいしてる。
◇林田 秋穂(あきほ)19/大学生 Dom
陰キャ系三白眼地味男子 170cm
いじめられっ子だった過去を持つ。
その為、性格がねじ曲がってしまっている。何故かDomとして覚醒したものの、悠蘭が自分のような底辺Domを選んだ事に未だ疑心暗鬼。
◇水城 颯馬(そうま)19/大学生 Dom
王様系ハイスペ御曹司 188cm
どっからどう見ても高位Dom
一目惚れした悠蘭が秋穂に虐げられているように見えて不愉快。どうにか俺のSubになってくれないだろうか。
※連休明けのリハビリに書いておりますのですぐ終わります。
※ダイナミクスの割合いはさじ加減です。
※DomSubユニバース初心者なので暖かい目で見守っていただければ…。
激しいエロスはございませんので電車の中でもご安心。
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる