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ごめんより、
しおりを挟む四日目。
さすがに、もう邪険にはされないだろうと、慧は少しだけ軽い気持ちでインターホンを鳴らした。
すると、すぐ中から、ドタドタと昨日と同じく慌ただしい物音がした後、予想外にそっと扉が開いた。
「あっ、こ、こんにちは。良かった、来てくれたんだね……」
扉から顔をのぞかせた龍士郎は、昨日と同じくイケメンのままだが、何故か慧を見てあからさまにホッとしていた。何故そんな安堵をされたのかわからないが、慧は首を傾げながらも、いつもの事務的な挨拶をした。
「えっと、はい。本日もよろしくお願いします」
「う、うん、よろしくね」
そんな慧の挨拶に、龍士郎は少しだけ眉を下げ、苦笑した顔で中に招き入れた。
挙動不審なのを不思議に思いながらも、慧はいつも通り中に入っていった。
いつものように仕事道具を設置し、さて、と掃除に取り掛かろうと立ち上がると。
「わっ」
「あっ、ご、ごめん」
何か質量を持ったものに、ぶつかった。
それは生暖かく少し硬い、龍士郎だった。そんなに近い所に居るとは思ってもおらず、慧は一瞬固まってしまった。この距離は、まずい。
慌てて後ずさり、謝ろうとした瞬間、何かを、踏んだ。それは、後で使おうと思って用意していた、雑巾。まさか、こんなベタなコントのような事をしてしまうなんて。
色々な後悔と恐怖が襲うがなすすべなく、倒れ――。
「危ない!」
何かにぐいっと引っ張られ、抱きしめられた。誰にか。もちろん、龍士郎だ。
「すっ、すみません!」
どうやら、腕を引っ張られ龍士郎の方にもたれかかったようだった。
慌てて慧が離れようとすると、パッと手が離れた。どちらともなく、お互いなんとなく恥ずかしい雰囲気になる。
「すみません。お怪我は、無いですか」
慧が改めて頭を下げて謝ると、龍士郎は何かを言いかけたが、ふむ、と少しだけ間を置いて口を開いた。
「オレは大丈夫。それに、オレのせいで危ない目に遭わせちゃったんだから、謝るのはオレの方だよ。ごめんね」
「そんなっ」
謝られた慧が、気まずそうに再び謝罪の言葉を口にしようとした時、龍士郎がニッと笑った。目を細め、慧を見つめる。
「それに、ごめんより、ありがとうの方が聞きたいな、オレ」
ドクン、と再び嫌な動悸がした。心臓が、跳ねる。
もう、さすがに慧にもわかりかけていた……これは、命令だ。
弱い、互いを探るような、コマンド。
おそらく、断っても慧であればそんなに酷い事にはならないであろう、というくらいの。
だから、嫌だと拒否しても良いのだ。
だけど、拒否するのも、嫌だと慧は思った。
なぜそう思ったのか。人として、龍士郎が間違った事を言ってないからだろうか。これに、はい、と言った方が良い事だと慧も思う。
ただ、それにコマンドを使うのが、なんとなく気に入らない。
支配されたい、というのは、人にもよるだろうが、人形になりたいという事ではないのだ。
慧は、少しだけ躊躇った後、
「……ありがとう、ございます」
そう、口にした。
総合的に考えて、そっちの方が常識的に考えて良い事だと思ったからだ。
だから、龍士郎のコマンドを受け入れたわけでは、ない。
特定の安心できるパートナーが居た事が無い慧にとって、コマンドとは苦痛でしかないのだ。
だから、これは、違う。その証拠にほら、嬉しい気持ちになんかなったりしてない。
そう心の中で言い訳をしながら、慧が龍士郎を見ると、ちょっとだけ眉を下げていた。困っているというより、少しだけ悲しんでいるようにも見えて、ちょっとびっくりしてしまった。
「もしかして、君」
そんな龍士郎が、今度は何を言い出すのかわからないので、慧は失礼だと思いつつも、
「すみません。本日の業務をそろそろさせて頂いても良いでしょうか。予定が遅れておりますので」
そう、事務的に突き放すように言って、くるっと踵を返した。
てきぱきと仕事の準備を整え、さっさと掃除をはじめた。一回も振り返らなかったので、龍士郎がどんな表情をしているのかわからなかったが、気にしないように自分に言い聞かせて、自分の仕事に打ち込んだ。
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