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改めまして自己紹介

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 鶏肉を仕込みながら、明日からは担当を変えてもらおうか、と慧が考えてた時。がちゃりと部屋の扉が開いた。

 昨日は一度も開く事なく、返事すらなかったのに。
 嫌な予感はしたが、慧はあくまで仕事を続ける。
 どうやらお手洗いに行ったらしく、知らず知らずホッと胸をなでおろしていた。
 晩御飯の仕込みの為、手際よく包丁で細かく肉を切っていると、

「ああ、それが鶏肉? 結構ぐろいんだな」

 近寄ってきた秋水に、思ったより気軽に話しかけられた。subだと気づかれるだろうか。ドキッとしたが慧は顔を上げず、

「そうですね。食材とはそういうものです。もとは命ですから」

 そう、自論を答えた。へえ、と楽しそうな声があがるが、気にしないふり。

「それ、今は何つくってんの」
「唐揚げです。丼に乗せて唐揚げ丼にしようかと」
「へえ、楽しみだな」

 対面のシステムキッチンゆえに、正面から顔を覗き込まれるが、あくまで目を合わせない。

「今、包丁を使っていて危ないので、お戻りください」
「……母さんが君を送ってきた理由、なんとなくわかるよ」

 独り言のように呟かれたので、慧はあくまで仕込みに集中する。

「君さあ、subサブでしょ」

 思わずビクッとして、包丁を取り落す所だった。危ない危ない。慧が口を開くより前に、

「ああ、ごめんごめん。不躾だったね。……いや、オレさ、なぁんか昔から、変な奴に好かれやすいみたいでさ。付き合ったヤツから刺されそうになったり、一緒に死んでほしいとか言われたり、結構、女からもsubからも大変な目に遭ってんだよね。それを知ってる母さんが、なんでsubをうちに入れるように言ったのか不思議だったんだけど……君、欲求薄いでしょ」

 ぐっと、色々言いたいのを喉で止める。慧の手で粉にもみ込まれている鶏肉が、ぐにゅりと歪んだ。

 subだと見抜かれたのは予想通りだったが、その後の秋水の苦労と、こちらのプライベートにかかわる言動に、雇い主に、どう答えればいいのか、咄嗟にわからなかった。
 慧が顔も上げれず、思案している様子を見て、秋水は苦笑していた。

「生真面目だし、頑固だし、おそらくオレがdomでも一歩も引かずに仕事しようとするの、母さんわかってたんだろうなぁ。ねえ、君、名前は?」

 そう言えば、昨日からのごたごたで自己紹介をするのを忘れていた事に、今更慧は気づいた。流石に、それは雇い主に対して失礼だろう。
 そう、決意して顔を上げた。
 バチン、とこちらを見ている秋水の薄い茶色の目と、目が合った。
 また、ドクン、と心臓に嫌な予感が走る。が、無理に押さえつけて、口を開く。

「申し遅れました。お、私は、鏑木 慧と申します」
「そうなんだ。オレは、知ってると思うけど、龍士郎。これからよろしくね」

 いかにも事務的に答えたが、目の前の秋水、龍士郎は嬉しそうに長い前髪の下の瞳をニコリと歪めた。
 その柔和な雰囲気は、昨日の扉越しから睨みつけてきた時からは考えられないぐらいで、慧の心臓がトクトクと鼓動を速めた。しかしそれは、軽くコマンドが成立した時のゆるい歓喜に似ていて、慧は背中に冷や汗をかいていた。

「……はい。あと五日、よろしくお願いいたします」
「五日?」

 ペコリと慧が頭を下げると、龍士郎は不思議そうに声を上げた。
 最初に契約期間は言った筈だが、それも聞いていなかったのだろう。あり得る話だ、昨日までの態度ならば。

「はい。千代子様からは、一週間分で契約いただいています」
「ふぅん?」

 何故一週間なのだろう、と思ったのだろう。だが、それに慧が応えられる筈もなく。龍士郎は首を傾げていた。
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