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はじめての訪問は拒絶された 2
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依頼時間は、一日三時間。
一週間あれば楽勝だと思っていたが、これは長引きそうだ、と洗面所を掃除しながら思いを改めていた。
風呂は一応入っているらしく、水垢やカビもあった。これは、明日するしかない。今日、余計な押し問答をしなければ間に合ったのに。
溜息を吐きつつ、残り時間で出来る事を考える。
マンションの一室とはいえ、無駄に部屋がある為に、慧は計画の立てなおしを迫られていた。
千代子の依頼は、二つ。
部屋を綺麗にしてくれ、と、息子に食事を用意してやってくれ、だった。
千代子は料理も苦手らしく、総菜などを買って差し入れたりはするものの、なかなか偏食で困っているらしい。確かに、ごみ袋の中にはカップ麺の空き容器が目立つ。……これも通販でまとめ買いしているようだ。他にはネットで出前を注文できる店のごみがいくつか。想像通りの生活のようだ。
今日の掃除は切り上げて、とりあえず何が食べられるのか知らないといけない。
扉の向こうから一応、何か食べたいものがないか聞いてみたが、やっぱり答えはない。
仕方なく持ってきた食材でほうれん草のおひたし、牛肉の野菜炒め、豚丼、鶏肉の照り焼き、焼きシャケ等のおかずを作り、米が無かったのでもしもの為に持ってきたパックご飯を置いておいた。とりあえず、メインとして何が食べられるのか知りたかった。
リビングのテーブルは掃除した時に、使われた形跡が無かった。最悪、明日捨てる事になるかもなあ、と覚悟をしながらこれ見よがしに置いておいた。
そうこうしていたら時間が来たので、主の部屋に向かって声をかけた。
「秋水さま、晩御飯、置いておきました。残ったら朝食でもたべられます。明日も同じ時間に来ますので、苦手な物あったら教えてください」
大声で言ったので聞こえてないわけないのだが、やはり答えは無かった。
もう三回目ともなるとさすがに慣れてしまい、慧は作業着を脱いで靴を履き、この高級マンションの一室をさっさと後にした。
初日から、面倒な案件を引いてしまった。嫌なら別の同僚にお願いすれば良いのだが、そればそれで申し訳なく、明日はこれをしようあれをしようと、前向きに考えて慧は事務所への帰途についた。
次の日。
ピンポーンと、同じようにインターホンを鳴らす。また無視されるだろうと覚悟を決めていた慧が、もう一度インターホンを鳴らそうとした瞬間。
「……どうぞ」
ガチャリと扉が開き、秋水 龍士郎が隙間から顔を覗かせた。その顔は、何故かちょっとだけ柔和になっていた。
「あっ、こ、こんにちは。本日も、よろしくお願いします……」
つい、昨日との態度の違いに呆気にとられた慧が挙動不審ぎみにそう言うと、少しだけバツが悪そうに秋水が、慧を招き入れながら首の後ろをかいた。
「ああ、えっと……飯、うまかった。照り焼き? とか」
恥ずかしいのかそっぽを向きながらも、謝意を伝える秋水に、慧の顔がぱぁあっと綻んだ。先ほどまでの警戒は薄れていた。
「本当ですかっ。はは直伝の料理なんです、良かったぁ。じゃあ、今後は鶏肉を中心に献立を考えていきましょうか。鶏肉、お好きですか?」
鶏肉が好きなんて案外庶民的なんだなと、慧がウキウキで返事をしながら自分の荷物を部屋の中に入れていると、上から秋水の声が降ってきた。
「ああ、サーロインしか食べないから、新鮮だった。しばらく、食べてみたい」
えっと声が出そうになるのを、慧は危うく飲み込んだ。そして唐突に気づく。
幼いころから母は料理が苦手、その上に金持ちなので、高い肉しか食べてこなかったのだろうと。逆に、よく100g180円の鶏肉で美味しいと言ってくれたなあ、と感心した。
「そ、そうなんですね。わかりました。予算は頂いてますので、明日からはもう少し良い鶏肉を買ってきます。それでは、掃除にとりかかりますね」
何はともあれ、昨日よりはコミュニケーションが取れてやりやすくなった、と慧がホッと胸をなでおろした瞬間。
「ああ、頼む」
ふっと、秋水に、微笑まれた。無精に伸びた前髪から覗く目と目が合った瞬間、ドクン、と嫌な予感が心臓にキた。
「っはい。それでは」
慧は誤魔化すようにそう言って、そそくさと背を向けて、廊下を歩いて行った。その後ろ姿を見送りながら、秋水は首を傾げていた。
一週間あれば楽勝だと思っていたが、これは長引きそうだ、と洗面所を掃除しながら思いを改めていた。
風呂は一応入っているらしく、水垢やカビもあった。これは、明日するしかない。今日、余計な押し問答をしなければ間に合ったのに。
溜息を吐きつつ、残り時間で出来る事を考える。
マンションの一室とはいえ、無駄に部屋がある為に、慧は計画の立てなおしを迫られていた。
千代子の依頼は、二つ。
部屋を綺麗にしてくれ、と、息子に食事を用意してやってくれ、だった。
千代子は料理も苦手らしく、総菜などを買って差し入れたりはするものの、なかなか偏食で困っているらしい。確かに、ごみ袋の中にはカップ麺の空き容器が目立つ。……これも通販でまとめ買いしているようだ。他にはネットで出前を注文できる店のごみがいくつか。想像通りの生活のようだ。
今日の掃除は切り上げて、とりあえず何が食べられるのか知らないといけない。
扉の向こうから一応、何か食べたいものがないか聞いてみたが、やっぱり答えはない。
仕方なく持ってきた食材でほうれん草のおひたし、牛肉の野菜炒め、豚丼、鶏肉の照り焼き、焼きシャケ等のおかずを作り、米が無かったのでもしもの為に持ってきたパックご飯を置いておいた。とりあえず、メインとして何が食べられるのか知りたかった。
リビングのテーブルは掃除した時に、使われた形跡が無かった。最悪、明日捨てる事になるかもなあ、と覚悟をしながらこれ見よがしに置いておいた。
そうこうしていたら時間が来たので、主の部屋に向かって声をかけた。
「秋水さま、晩御飯、置いておきました。残ったら朝食でもたべられます。明日も同じ時間に来ますので、苦手な物あったら教えてください」
大声で言ったので聞こえてないわけないのだが、やはり答えは無かった。
もう三回目ともなるとさすがに慣れてしまい、慧は作業着を脱いで靴を履き、この高級マンションの一室をさっさと後にした。
初日から、面倒な案件を引いてしまった。嫌なら別の同僚にお願いすれば良いのだが、そればそれで申し訳なく、明日はこれをしようあれをしようと、前向きに考えて慧は事務所への帰途についた。
次の日。
ピンポーンと、同じようにインターホンを鳴らす。また無視されるだろうと覚悟を決めていた慧が、もう一度インターホンを鳴らそうとした瞬間。
「……どうぞ」
ガチャリと扉が開き、秋水 龍士郎が隙間から顔を覗かせた。その顔は、何故かちょっとだけ柔和になっていた。
「あっ、こ、こんにちは。本日も、よろしくお願いします……」
つい、昨日との態度の違いに呆気にとられた慧が挙動不審ぎみにそう言うと、少しだけバツが悪そうに秋水が、慧を招き入れながら首の後ろをかいた。
「ああ、えっと……飯、うまかった。照り焼き? とか」
恥ずかしいのかそっぽを向きながらも、謝意を伝える秋水に、慧の顔がぱぁあっと綻んだ。先ほどまでの警戒は薄れていた。
「本当ですかっ。はは直伝の料理なんです、良かったぁ。じゃあ、今後は鶏肉を中心に献立を考えていきましょうか。鶏肉、お好きですか?」
鶏肉が好きなんて案外庶民的なんだなと、慧がウキウキで返事をしながら自分の荷物を部屋の中に入れていると、上から秋水の声が降ってきた。
「ああ、サーロインしか食べないから、新鮮だった。しばらく、食べてみたい」
えっと声が出そうになるのを、慧は危うく飲み込んだ。そして唐突に気づく。
幼いころから母は料理が苦手、その上に金持ちなので、高い肉しか食べてこなかったのだろうと。逆に、よく100g180円の鶏肉で美味しいと言ってくれたなあ、と感心した。
「そ、そうなんですね。わかりました。予算は頂いてますので、明日からはもう少し良い鶏肉を買ってきます。それでは、掃除にとりかかりますね」
何はともあれ、昨日よりはコミュニケーションが取れてやりやすくなった、と慧がホッと胸をなでおろした瞬間。
「ああ、頼む」
ふっと、秋水に、微笑まれた。無精に伸びた前髪から覗く目と目が合った瞬間、ドクン、と嫌な予感が心臓にキた。
「っはい。それでは」
慧は誤魔化すようにそう言って、そそくさと背を向けて、廊下を歩いて行った。その後ろ姿を見送りながら、秋水は首を傾げていた。
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