お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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社会人編 大切なもの 後編

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「いやあ、驚いたねえ。おいえと後継を生む事しか頭にない、アルファの家に生まれてないと、ああいう風に言えるんだねえ」

 おじいちゃん先生は、大和の布団をかけなおしてやりながら、独り言のように呟いた。

「せん、せ」

 未だに涙が止まらないながらも、落ち着きを取り戻したような大和に、おじいちゃん先生はにこっと笑った。

「恐ろしい旦那を持ったねえ、君。子供よりきみが大事だなんて、こんな土壇場で、そうそう言えるもんじゃないよ。よほど愛されてるんだねぇ。運命の番は誰も邪魔できないって事かね、そう、最新の医療でも」

 ふふふと穏やかに微笑んでいるおじいちゃん先生が、怒っている事が大和にはわかった。

「せんせ、ごめん、なさい。オレ、いっぱいいっぱいで、色んなこと、かんがえられて、なかった」

 少しだけ落ち着いた声で言いつのる大和に、同じオメガであるおじいちゃん先生は頷いた。

「うんうん、そうだろうねえ。はじめての妊娠だ、ただでさえ不安だろうし、本来ならアルファが囲っているはずだから、オメガはただ出産と子育てに専念すれば良いんだけど、最近はそうも言ってられないからねえ。……もう少し良く考えなさい。二人でちゃんと、未来の事をね。処置は終わってるから、落ち着いたら受付に言って、帰っていいよ」

 穏やかにそう言って、おじいちゃん先生は出て行った。
 大和は、再び溢れる涙を、両腕で隠した。




 ようやく点滴も終わり、大和はベッドから降りて立ち上がった。ふっと眩暈がした。
 今までの人生で、眩暈なんかしたことがなかった。
 確実に、変わっているのだ。
 それを恐れて、今まで通りを続けようとして、破綻した。
 つまり、このままではいけないのだ。
 大和は覚悟を決めて、病室の扉を開けた。
 そこには。

「あ……大和」
「司。ごめんな。とりあえず、家に帰ろう。話が、したいんだ」
「……うん」

 病室の外の椅子に、司が手を組んで蹲るように座っていた。大和が声をかけて、ようやくハッと頭を上げた。その顔は、酷く憔悴していた。
 二人とも、言いたい事はあったが、とりあえずタクシーを呼んで家に帰った。道中、二人とも無言であった。



 リビングで二人、正面に向き合うように座っている。
 大和は、司を伺い見た。病院から帰る時からずっと、酷く憔悴しているようだった。下手したら、体調の悪い自分よりも顔が白い。
 ここまで心労をかけていた事にすら今気づいた自分が不甲斐なく、その愚かさを呪いたかった。
 だが、全ては自業自得である。
 大和は、恐る恐る、口を開いた。

「司。まず、本当に、ごめん!」

 ガバッと頭を下げる大和に、司の顔が歪んだ。その表情は見えていないが、大和は言葉を続けた。

「オレ、オメガだけどちゃんと一人前に仕事が出来るって証明しなきゃって、じゃなきゃ応援してくれたみんなに悪いって、一人で思い詰めてたんだ。お前のこと、ないがしろにしてた。本当にごめん!」

 司は驚き、泣きそうに眉を下げた。

「やまと」

 しかし司が何かを言う前に、頭を下げたままの大和が、勢い良く宣言した。

「だけど、もう、これからは半端しない。……オレは、この子を、産むよ」

 顔を上げた大和も、泣きそうだった。

「本当に無事に産めるのか、育てられるか不安だけど、ちゃんと、覚悟を決めた。……本当は、落ち着いてそういう時期が来たらと思ってたけど、思ってみたら、そんな時期は永遠に来ないような気がする。それなら、偶然でも来てくれたこの子を、ちゃんと大事にしたい。オレと、お前の子供として、愛して、いきたい。お前にも、愛してほしい」

 ジワリ、と大和の目に涙が浮かんだ。司は、そっと大和の涙を掬いとった。そして、泣きそうになりながらもホッとしたように、微笑んだ。

「そんなの当たり前だろ。オレ達の子供だ。愛さないわけないだろ」

 泣きそうに笑う司を、大和は、感極まったような瞳で見つめた。
 そう、こいつは本当に良い奴なんだ。
 こんな良い奴に、あそこまで言わせてしまった。胎の命より、オレの身体の方が大事だ、と言わせてしまった。
 大和は罪悪感で胸が締め付けられた。

「本当にごめん、司」
「オレこそ、ごめんね大和」

 顔を撫でる手が優しく、頬を包む。その暖かさに、大和はそっと目を閉じた。

「でも、大和。これから、どうする? もし大和さえよければ、オレは、大和に家に居て欲しい。安心して、他に心を砕くこと無く、オレの帰りをこの家の中で待っていて欲しい」

 今まで、大和に遠慮して言わなかったであろう、言葉。おじいちゃん先生が言っていた、アルファの習性。
 はじめて聞く司の願いに、大和は胸を痛めながらも、ゆるく目を開けて、首を横に振った。

「司、オレ、会社に配置換えをお願いするよ。オレを受け入れてくれて、オメガとか関係無く働かせてくれて会社なんだ。せっかくこの会社で働けるのに、辞めたくないんだ」

 途端に、司の瞳が不安に揺れた。

「そんな……大丈夫なのか?」

 司の不安に気づいた大和は、頬を包む手に手を重ねすり寄せる。

「大丈夫だと思う。実は、前々から心配してくれてた総務の人が、総務に来ないかって誘ってくれてたんだ。事務になると、もう、開発はできなくなるから、オレ、断ってたんだ」

 はじめて聞く話に、少しだけ眉を下げながらも、司は黙って大和の言葉の続きを待った。

「その人は、総務に入れば、ちゃんと規則的に休みが取れるようになるし、オレのバックアップもしてくれるって。……有り難い、はなし、だよな。だけどオレは、半端な意地だけで断ってた。だから、今度、正式にお願いしてみるよ。そしたら、今より負担は軽くなるから。どう、思う?」

 だんだんと声が小さくなり、お伺いを立てるように見てくる大和に、司は、困ったような顔だが、やがて仕方ないなあという風に微笑んだ。苦笑と言ってもいい。

「……わかった。大和がそこまで考えてるなら、大和の意思を尊重するよ。でも、本当にこれからは身体は大事にしてくれよ。もう、一人だけの身体じゃないんだから」

 まさか、自分の旦那からそんな定型文を聞くと思ってなかった大和は、苦笑してしまった。いつかもした会話が、今はとても重く、大切なものに聞こえた。

「うん。これからは、ちゃんと大事にするよ。自分の事も、この子の事も、もちろんお前の事も。もっと大事にする」
「うん。そうして、大和」

 自然に顔が近づき、二人は触れるだけのキスを交わした。久しぶりの、穏やかな触れ合い。
 顔を離すと、司は、泣きそうだが穏やかに微笑んでいた。

 このアルファを、一生大事にして幸せにすると誓ったのは、少し前の事だった。
 そんな事すら思い出せていなかった今までの自分。
 これからは、また、新たな気持ちで大切にしていこう。司も、この子も。そう、大和は決意を新たにしていた。







 ふと、大和は夜中に目を覚ました。辺りは真っ暗で、起きる時間はまだまだ遠いようだ。

 あの後、触れるだけのキスを何度も交わしたが、そういう雰囲気にはならず、一緒にベッドに横になった。抱きまくらのようにしがみつかれながら。

 大和は、無意識に腹をさすっている自分に気づいた。
 未だに信じられないが、ここに命が宿っている。
 無意識だが、自分はちゃんとわかっていたのだ。だから、警告するように二度も倒れた。そう、大和は思っている。

 そっと、目の前の司を見上げると、安らかに眠っていた。寝顔は特に愛おしい。暗くても良く見える。

 今日は、無害そうな、犬のような寝顔をしているこの愛おしい男の、底知れない愛を感じた日かもしれない。
 だけど、それを嫌ったり嫌だったりしないのは、こいつがそれだけじゃないのを知ってるから。
 そして、本当に手に入れたいと思っていたのは、自分だったのだ。

 大和は、自分からも司にぎゅっと抱き着いた。



 一緒に、育てていこう。
 一緒に、成長していこう。
 オレ達も、この子も。
 間違っても、失敗しても、一緒に。
 これからも、ずっと。


 静かに星が瞬く夜、側にある温もりを感じていた。



 終わり。











――――
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
このあと、結婚編に続いていくので、結局幸せ家族計画だったって、コト。ただ、大和は自分がしたい事は諦める結果となりました。だけど家族との幸せを天秤にかけて選択した事なので、後悔はしていないと思います。総務はかなりのホワイトです(笑)

これにて、本当に完結です。お読み頂き、ありがとうございました!
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