お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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後日談 幸せな家族の話を聞いて欲しい 後

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 訪問者を確認したのに反応しないくせ毛の青年に、さすがにおかしいと思った短髪の青年が、うつらうつらしている子供を抱っこしたまま近づいた。

「司、どうしたの……って、おじいさんじゃん」

 短髪の青年が、驚いたような声を上げる。
 戸惑ったような、どうする? という顔をして、くせ毛の青年が短髪の青年を見る。青年はちょっと考えていたようだったが、鍵を開け、ドアを開けて訪問者を招き入れた。

「こんにちは。珍しいですね」

 しごく当たり前のように話しかけると、玄関先にいた白髪の老人は少し気まずそうに帽子を取った。

「こんにちは。お邪魔しても良いかね」
「もちろんですよ。さあどうぞ。ね、司」

 かたまっているくせ毛の青年に向かって短髪の青年が言うと、ハッとしたように頷いた。
 それを見て、老人は杖を突きながら高価そうな靴を脱いで、家の中に入った。それとなくサポートするくせ毛の青年には、隠しきれない緊張が見て取れる。

 老人をダイニングのテーブルに座らせると、くせ毛の青年は当たり前のようにコーヒーを淹れにキッチンに行った。
 短髪の青年は微笑みながら、少年を抱っこしたまま老人の前に座る。

「実は、先ほどまでうちの母たちと姉も来てまして。おじいさんも来てくれるなんて。珍しい日で、嬉しいです」
「そうかね」

 穏やかに話しかけると、少し、気まずそうに答える老人。

「そうだ。ようやくさっき起きたばっかりなんですが、抱っこしますか? もう、結構重くなったんですよ」

 そう言うと短髪の青年は立ち上がり、有無を言わさず老人の前に立ち、少年をその膝の上に降ろした。

「お、おい」
「ほら~、りひと。ひいじいちゃんだよ~」
「いい、じい、た」
「そうそう。うまく言えたね~」

 子供をおしつ……もとい預けて、短髪の青年はもとの席に戻った。

「かわいいでしょう。母さんたちが、今が一番かわいい時期だから、って押しかけてくるんですよ」

 はにかみながら言うと、老人は戸惑っていたようだが、次第にその幼子を受け入れて膝の上に座らせていた。少年も、嫌がるでもなく大人しく座っている。まだ眠たいだけかもしれない。

「……律昭りつあきの小さい頃は、本当に落ち着きが無くてな。静かなのは、寝てる時ぐらいだった」

 ぼそり、と老人がつぶやいた名前は、老人の息子でくせ毛の青年の父親である、現在魚釣りをしている人そのひとであった。

「だが、一回寝ると、火事になろうがどれだけ騒ごうが全く起きない子でな」

 昔を語る老人の目が、優しくなっている事に短髪の青年は気づく。微笑んだまま応える。

「この子達もそうですよ。一体誰に似たんだかと思ってましたが、まさかお義父さんの小さい頃と一緒だったとは思いませんでした」
「そうか。なかなか素直には起きんだろう」
「そうなんですよ。もー、これからの保育園とか幼稚園とか、先が思いやられます」

 老人が、皺が深くなってもなお厳しい顔をしてきたであろうアルファの老人が、うっすら微笑んだ。

「はい、お待たせしました。どうぞ。って、大和?」

 そこでようやくコーヒーを淹れて戻ってきたくせ毛の青年が、我が子が老人の上で半分寝ているのを見て、母を見る。短髪の青年は笑っているので、良いのだろうと判断して自分の席に座った。

「おい司。お前のオヤジさんも、小さい頃から寝起き悪いんだって?」
「そうらしいよ。良く知ってたな大和。母さんから聞いた?」
「いや、今おじいさんから聞いた」
「えっ」

 驚いたようにくせ毛の青年が老人を見ると、老人はコーヒーを少し飲んで微笑んでいた。そんな風に笑っているのを見た事が無かったくせ毛の青年は、ちょっと驚いた顔をしてしまった。

「父さん、小さい頃からおじいさんは家に居なかったって言ってたから、びっくりしました。父さんの小さい頃、知ってるんですね」

 驚いた感想そのままを口にすると、老人が少しムッとした。

「何を言う。あいつのオシメを変えて、風呂に入れてやったのは、儂だぞ」
「へー」

 老人の孫は、素直に驚いた顔をした。
 老人は少し溜息を吐き、肩を落とす。

「……あいつにも、お前たちにも、すまない事をしたと思っている」

 頭を下げたのかうつむいたのか定かではないが、老人のその行動に、くせ毛の青年が目を見開いた。

「えっ、あの、いやオレたちは別に」

 慌てるくせ毛の青年をよそに、どこか自嘲気味に老人は続ける。

「側にいるオメガが、普通にベータ出身であれば、儂はおそらく絶対に許してない。だが、運命の番だと言われてしまっては、儂も頷かざるを得ない。……だが、それで良かった。こうやって、孫に会えただけでなく、ひ孫まで膝に乗せる事ができるとは、思いもしなかった。望みもしなかったが……やはり、子は可愛いな」

 おじいちゃんの目から、少し光るものが見えた。膝の上にいる幼子は、いまだうつらうつらしている。

「そうでしょう。オレと、司の子ですからね。かわいくないわけないです」

 短髪の青年がふふんと自信満々に声をあげる。その内容に、老人は苦笑した。

「全く。あんたの、大した自信家ぶりは変わらんな」
「あなたの孫に愛されてるので。それだけで、大した自信とやらがわいてくるんですよ」

 笑いながら短髪の青年が言うと、横にいたくせ毛の青年がなぜか感極まったような表情で、横の青年を見つめる。

「大和~」
「嫁に敵わぬは、世界共通か」

 老人が、首を振って笑う。笑ったのだ。あの、厳しい顔しか見せてはいけないと信じているようだった、頑固爺が。
 その頑固爺の膝の上では、少年がいよいよ本格的に二度寝をはじめていた。その様子にも、笑みがこぼれて仕方ないようだった。
 それは、名家というものを背負いアルファという性を受け入れ粛々と義務をこなしてきた老人ではなく、ただのひ孫が可愛い曾祖父の顔だった。

「よしよし、もう眠たいな。ほれ、寝始めてしまった。寝かせてやってくれ」
「はいはい。ほら、りひと。お布団いこうな~」
「やぁら~」

 眠たいくせに、抱っこされるのを拒否する幼子。これには、その場にいる三人共が笑うしかなかった。





「では、そろそろ儂は帰る。邪魔したな」
「いいえ。いつでも遊びに来てください」
「またどうぞ」

 むずがる少年をなんとか布団に戻した後、老人は立ち上がった。

 玄関で帽子をかぶりなおし振り返ると、孫夫婦からの暖かい言葉。
 老人は帽子を更にま深に被ると、

「ああ、ありがとう。では」

 そう言い、杖をついてエレベーターの方に歩いて行った。
 おそらく、一階には老人の秘書が待っているハズだ。エレベーターまでたどり着いたのを見送って、二人はようやく頭を引っ込めた

 玄関の扉が閉まった、瞬間。

「あああー、マジでびっくりしたぁ」

 くせ毛の青年が、ずるずると座り込んだ。その様子に苦笑しながらも、短髪の青年がその背中を撫でる。

「お疲れ、司」

 その言葉に、膝に埋めていた顔を上げて、短髪の青年を見上げた。

「ありがと、大和。お前とりぃが居なかったら、オレ、マジで何もできない所だった」

 その言葉に、短髪の青年は苦笑を深くした。
 アルファ同士というのも、色々大変だ。
 自分はオメガだからこそ言えた部分が無くはない。今も、結婚式の時も。
 あの頑固爺に、未来を信じていると大見えを切ったが、くせ毛の青年は今の所、全くあの祖父に勝ててない。
 だけど、いつかはその背中を追い越さないといけない、いやいける筈だ。あの時祖父と対峙した事は秘密にしているけど、いつか背中を超えられた時には、笑い話にして話してやろう。

「頑張れよ、司。応援してるからな」
「大和! オレ、大和とうちの子らがいたら、頑張れるよ!」

 短髪の青年の応援に、くせ毛の青年はしゃんと立ち上がった。
 ヘタレだと思っていたが、最近ちょっと頼れるようになってきた。
 良い傾向だ。短髪の青年が笑う。

「おう。頑張れ」
「もちろん!」

 くせ毛の青年も、それに笑って応える。
 二人は見つめ合って、自然にキスをした。軽く、触れるだけのもの。
 それだけでも、心が温かくなる。

「大和、いま、幸せ?」

 くせ毛の青年が、短髪の青年の身体に腕をまわしながら聞く。その腕に抱かれながら、短髪の青年はニッと笑った。

「もちろん! だけど、もっともっと幸せになれるよ、オレら」
「そうだな。もっと、幸せになろうよ。四人で。ううん、みんなで」
「うん!」




 日が落ちて、やがて甘やかな夜がくる。
 そしてまた、太陽が昇る。
 明日が、くる。
 慌ただしく起きて、準備して、仕事に行って。ご飯食べて、子育てして、お喋りして、寝る。そしてたまにえっち。
 そんななんでも無い日が、幸せなんだと知っている。



 そんな幸せを噛みしめて生きる、家族のお話。
 これにてお終い
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