お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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後日談 幸せな家族の話を聞いて欲しい 前

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 ピーンポーン

 穏やかな昼下り。
 とある新築のマンションの一室。
 土岐とき、と表札の出ているドアの前で、チャイムを鳴らして待つ女性。
 彼女はチャイムを一回慣らした後、我慢出来なかったのか十秒も待たずにもう一度チャイムを鳴らした。

 ピーンポーピンピンピン!!

「だぁっ! うるせえ、待てって言ってんだろ、姉ちゃん!」

 ガチャ! とチャイム連打に負けないぐらいの勢いで中から扉を開けたのは、短髪の青年。その青年の前にふんぞり返るようにして仁王立ちしている女性は、彼の姉だった。

「遅いわよ、大和。せっかく、理人りひとくんと瑞穂みずほちゃんに買ってきたプリンが腐るじゃない」
「腐らねーよ。ったく。どーぞ」
「邪魔するわよ」

 ふんっと笑って、デパ地下で買った有名な菓子店の箱をこれみよがしに見せつけながら、女性はそのマンションの一室に入っていった。
 部屋の中は新築というのもあり綺麗だったが、それ以上に、この弟のパートナーの功績が大きいのだろう。パートナーは薄暗くした一室の中から出てきて、女性を見てふんわり笑った。

「あ、やっぱりゆうちゃんだった。いらっしゃい。ごめんね、今さっき二人ともお昼寝しちゃって」
「謝る必要はないぞ、司」
「えー、残念」

 女性は手にもった菓子店の箱をダイニングの机に置くと、お昼寝しているという幼子二人の顔をそっと覗きにいった。途端に、胸がきゅーんとしたような顔になるのを短髪の青年は肩を竦めて笑い、パートナーであるくせっ毛の青年は穏やかに笑って見ていた。

「でも、あのチャイムでも起きないなんて、誰に似たのかしら」

 女性は綺麗に染めた茶色のボブの髪をかき上げながら、天使のような寝顔の兄妹の顔を覗き込み、小さな声で呟いた。

「それは、間違いなく司だな。こいつ、今でも寝汚いもん」
「そういえば、司、昔大和に置いていかれて半ベソかいてたわね」
「いつの話だよっ、ゆうちゃん」

 慌てて抗議の声を上げるくせ毛の青年に、もともとの姉弟である二人は同時にしーっというジェスチャーをした。それに気づいて、二人とも苦笑する。

「んで、なんだって急に遊びにくるなんて言い出したんだよ、姉ちゃん」
「はい、ゆうちゃんもコーヒーどうぞ」
「ありがと、司。あんたは大和と違って、ほんとに気が利くわ~」
「姉ちゃんっ」

 大人の三人は揃って幼子が寝ている部屋から離れて、キッチンにあるダイニングテーブルについた。
 三人の前には、くせ毛の青年が淹れた美味しそうなコーヒーと、先ほど女性が買ってきた菓子店のプリンが置かれている。上品な模様が描かれた、しかし決して身構えてしまうような繊細なものではないコーヒーカップに一口、口をつける。ほぅ、と女性はため息を吐いてカップをおろした。

「おいしいわぁ。あんた、本当に昔からなんでもできるわよね。羨ましい通りこして、呆れるわ」
「そうかな? 結構、できてない事の方が多いと思うけど」

 苦笑する青年に、続けてコーヒーを飲みながら女性が肩を竦めて話しかける。

「ねえ司。あんたの知り合いに、フリーのアルファいないの。ちょっと紹介しなさいよ」

 まるで絡み酒のような事を言い出した姉に、短髪の青年が呆れたように声をかける。

「なんだよ姉ちゃん、また婚活パーティ失敗したのか」
「失敗じゃなわよ。私の眼鏡にかなう相手がいなかっただけっ」

 その女性の言葉に、くせ毛の男性が苦笑する。
 彼は、この二人の姉弟と幼い頃から本当の姉弟のように育ってきたが、姉の方は小さい頃から少々気が強い。それが悪い事ではないだろうが、合う合わないというのはあると思う。
 実際、弟の方とは結婚したかったが、姉の方と結婚したいとか付き合いたいと思ったことは、一度もない。向こうもそうだろう。理想も高そうだし、難儀な事だ。

「なに笑ってんのよ、司。あんた、私を笑うなんて、良い度胸してんじゃない」

 こういう所がなあ。くせ毛の青年はまた苦笑した。

「誤解だよ、ゆうちゃん。いや、ゆうちゃんは昔から変わら……ブレないなって」
「なによ。ブレなきゃいけないわけ? 今さら、か弱い女子のふりしろって? ごめんだわ」

  やけになったように女性は自分の買ってきたプリンの蓋を取り、パクパク食べ始めた。

「まあ、姉ちゃんそろそろ管理職にって言われてんだろ。そりゃ、か弱い女子じゃいられないよなあ」

  弟の方が茶化し半分褒め半分でそう言うと、姉も応える。

「そうなのよ。ふっつーにセクハラ親父とかいるからね。舐められたら、たまったもんじゃないわ」
「姉ちゃんの所にもいるんだな。結構大きい会社だろ」
「大きかろうが小さかろうが、居る所には居るのよ。後輩ちゃんとかも結構やられてるみたいでね。今度管理職になったら、絶対あいつらしめる」
「さっすが姉ちゃん。下の人間からは、頼りにされるよな」
「もっと姉褒めたたえなさい。この傷心中の姉をっ」

 くせ毛の青年自身は一人っ子だったので、姉弟のこういう会話についていけない時がある。が、面白いのでずっと聞いていたい、というのもある。

「いや、実際姉ちゃんはすげーと思うよ。そのまま突っ走った方が良いと思うけどなー。オレも、会社に姉ちゃんいたらセクハラなくなりそうだから、その会社の後輩たち羨ましいよ」
「はあ?! 大和セクハラ受けてたのか! 早く相談してよ、どこのどいつ? 出るとこ出て」
「ああもう。違うから、落ち着け、司」

 短髪の青年の何気ない一言に、くせ毛の青年ががバツと立ち上がった。のを、どうどうとなだめる青年。

「オレじゃなくて、同僚の女性の話。オレも、さりげなく助ける事しかできないからさあ。どうにかして欲しいとは思ってるんだけど」

 短髪の青年の言葉にスンっとテンションが下がって、くせ毛の青年は大人しく椅子に戻った。その様子を見て女性は、犬のようだと思ったとかなんとか。

「まあ、相談できる上司か、人事なり総務なりにとりあえず相談ね。それでダメなら、外から圧力かける方法とかもあるから、その子が良いなら連絡先教えて。助けてあげられるかも」
「おー、良いの姉ちゃん。ありがと、今度聞いてみる」
「まかせなさいよ」

 ふふん、と笑って弟を見下ろす姉。見下ろされながら弟は、だから女性にモテて男性にモテないんだろうなあ、なんて失礼な事を考えていた。

「んで、司。あんた、いないの。知り合い」

 話題がひと段落した所で、話題が戻ってきた。
 話題をふられたくせ毛の青年は、苦笑して頬をかいた。

「あー、うん、いない事はないけど。あんまり、おすすめしないかなあ」
「なんでよ」

 歯切れ悪くいう青年の言葉に、女性は不服そうだった。青年は一つ溜息を吐く。

「生まれた時からアルファとして育てられた人達って、結構ナチュラルにこっち見下してくるんだよね。そう育てられたから仕方ないんだろうけど、あんまり普通のベータの家庭の女性が近づいて、愉快な人種とは思えないなあ」

 苦笑しながら話しているが、その話の内容は、辛辣。
 それをちょっと引きながら聞いていた女性だが、確認を取るように弟を見た。見られた弟は、姉の視線に対して頷いた。

「そうだね。生粋のアルファの家系、に産まれた奴らは関わらないほうが良いよ。世界が違う。お金持ちだかアルファだか知らないけど、そんな人が親戚になったらちょっと大変だと思う」

 既にもう親戚になってる人もいるけど、と最後にボソッとつぶやいたのを姉だけが聞こえた。

「そ、そんなに? あー、でも確かに、うちの専務とかそんな感じだわ」

 嫌な事を思い出した時の顔が姉弟そっくりだなー、とくせ毛の青年は思う。そして、ピーマンを嫌がる我が子にも似ている。と思って、ちょっと笑ってしまった。

「なによ」
「いや、本当に二人ともそっくりな表情するからさ」
「似てないわよ」
「似てないだろ」

 同時に返事する姉弟に、今度こそくせ毛の青年は声を上げて笑った。そして、その我が小さな怪獣さんたちが先ほどようやく昼寝したのを思い出し、慌てて口をふさいだ。

「あーもー、ほんっとうまくいかないわー」

 女性が、プリンを食べ終え机に突っ伏した時、またしてもピーンポーンとチャイムが鳴った。

 短髪の青年がいち早く立ち上がり、玄関に様子を見に行った。
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