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第35話 『ねこと聖獣さま、心が折れる』

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「あー」



ジルはラフなタンクトップにGパン姿で呻いた。



「今日は休業する」

「…お前、夏はお仕事増えるんじゃないの」



ジルは首をぶんぶん振った。



「やだ。昨日、俺は超頑張った。指名制度が来ても絶対断る」



セミの鳴き声がうるさいくらいに店の中にも響いてくる。

店の中は涼しいが、セミの情熱的な鳴き声が、暑さを錯覚させる。



そう。

夏だ。

ジルが苦手な季節。

その隣で、レンもげっそりしてカウンターに頬を押し当てていた。



「ジルに賛同する。私たちは昨日命をかけて戦った。今日は休業だ」



ジルの服を借りているのか、彼はTシャツにGパン姿だ。

美しい顔とちょっとミスマッチしている。

街の本屋で売られている服飾雑誌ファッションペーパーの表紙のイケメンはどんな安い服を着ても似合う。

が、レンの顔は整ってはいるがイケメンとは違う部類で、水晶のように研ぎ澄まされていて、浮世離れてしているから服を選ぶのだ。



彼らは決して、夏バテしている訳では無い。

神族が、ただ暑いだけでへたることはない。

たとえ今年が例年より遥かに暑い異常気象だとしても。



彼らが参っているのは、昨日行った異常気象で増殖した虫型の魔物の駆除だった。



「俺、虫系の魔物大嫌いなんだよね」

「Sランク冒険者のお前にも苦手なもんってあったんだな」



レクゼルが物珍しそうに青ざめてカウンターに突っ伏しているジルを見下ろす。

特に、



「コックローチ死ね」



コックローチ系は、強い訳では無いがー、見た目が強すぎる。えぐい。

あと数が多い。暑い時期、特に異常気象でいつもより暑いこの夏は繁殖しやすい。



大して強くないのに、見た目のえぐさと群れやすさで、駆除対象としてAAAランクに指定されている。絶対おかしい、とそのひとつ上のランクであるジルは思う。



「というわけで俺は今日は指名制度来てもぜってー断るかんな」



この街に常駐するSランク冒険者はジルだけだ。

他は色々回っているし、何かと彼は押し付けられやすい。

聖獣という強力な戦力も持っているだけに。



コックローチ―いわゆるGKBRは人くらいの大きさがある魔物だ。

余りにも多くなりすぎると群れで大挙して街に押し寄せてくる可能性があるということで昨日、ジルは冒険者ギルド直々にコックローチ殲滅が依頼された。

ジルは半泣きで、押し寄せてくる大軍を前にナイフを投げまくった。

ナイフが尽きればダガーを振るいまくり、メスが残していく卵鞘を焼き払い、レンも泣きそうになりながら三節棍をぶん回して、終わった頃には2人とも虫汁で紫色に染まっていた。



報酬は破格だったが、もう二度と受けたくない。

というか、AAAランクの『精霊火砲』のジーンが所属するパーティもいた。

あちらのパーティの方が有利だったはずだ。

たが、彼らは断った。『マジでキモイからやだと』。上手く召喚獣が暴れて森林破壊するとか、という理由でごまかされた。

『精霊火砲』の名が通るジーンがごり押ししたから、その言い分は受け入れられたらしい。

それでジルにおハチにまわってかきたわけだ。



受付嬢に泣きつかれた。



『この街がコックローチ…GKBRの群れに襲われたらどうするんですか!!冒険者ギルドからの指名制度は、大怪我などのよほどの事情を抱えていない限り受けてくださいよ!』

『ジル君、頼む。…君が虫が大嫌いなのはわかるが、ギルドマスター直々の依頼ということで受けてほしい』



ギルドマスター、コウエンに、権力まで使われた。

ジルの戦闘は基本、単体戦で、魔物の大量殲滅は専門ではないのに。



「もう森ごと広域殲滅魔法で焼き払えばいいのに」



しかし、現実はそうはいかない。

生態系を守るために、森は大切なのだ。

荒地になれば、街に供給される食糧も減る。



「現世で初めてこんなにおぞましいものを見た」

「…レンも嫌だっんだな」



カウンターでジルと一緒に青ざめているレンを見て、レクゼルが苦笑いした。

レンが使う魔術も、その広大すぎる魔力から広域殲滅型だ。

森の外に誘導してぶちかます方法もあるが、街道があるのでそれもできない。

というかクレーターができる。

それをやったら今度はその賠償金を払わなくてはいけなくなる。



「せめてね、蜂ビーとかだったらね、いいんだよ。でもコックローチの系の魔物は無理」



楕円形の艷めく体。

それだけでおぞましい。恐怖を感じるのは何故なのか。



もう絶滅すればいい。



その時だった。

昼間でもあるに関わらず、『本当に必要な用事があるもの』が訪れるときに鳴るベルが、ちりんちりんと鳴った。

ジルは寝そべったまま振り返る。

白衣にメガネをした、にこにこと笑顔の青年が立っていた。

研究者といった風情だ。

そして、肩から虫かごをかけている。



ジルの本能が、警鐘を鳴らす。

それは強い敵を相手にしたときのものではなくて、厄介な仕事が舞い込んできたことに対する勘だ。



「いらっしゃい。何か用?」

「ここに、先日『コックローチ』の群れを殲滅したジルさんはいますか?」



小声でジルは、レクゼルに頼んだ。



「いないって言って」

「いや、用があるやつを断るわけにはいかない。そこのTシャツでへばって『今日はもう絶対仕事しない』とか言ってる奴がジルだ」



ぱああ、と青年の顔が明るくなった。

興奮した様子で、



「初めまして、僕ソラと申します!!虫型の魔物の研究家です!!」



ジルは凍り付いた。



「ジルさんがコックローチの群れを殲滅させたのを伺いました!ぜひ、森で僕で希少なGKBR、希レッドコックローチを探すのを、護衛をかねて手伝ってくれませんか!?ギルドには絶対指名制度で依頼しました!!冒険者ギルドも賛成してくれました、災害級のコックローチが出るのは危険ということで」



絶対指名制度。

それは、断ることができる指名制度とは違って、本当に破格の金と共に引き換えに、よほどの事情がない限り断れない指名だ。

ジルは泣きそうになった。

昨日頑張ったのに、なぜ今日もアレに遭遇しなくてはならないのか。

アルビノのベヒーモスを狩ったときのことを思い出した。

少し前に護衛したヤタという商人は本当に胸糞悪い思い出だったが、それよりも胸糞悪い―というか恐ろしい依頼が舞いこんで来るとは思わなかった。

いろいろな死線を潜り抜けてきたジルの中でも、指三本の中に入るくらいの嫌な依頼だ。

しかも絶対指名。

体調不良でもない限り、断れば罰則金。

昨日気を抜いて怪我でもしとけばよかった、と思った。



青年はなおも熱く語り続ける。



「ジルさんはブラウンコックローチの群れを殲滅したんですよね!!だったら、今度は貴重なレッドコックローチが出やすいと思うんです!」



レッドコックローチ。

それはブラウンコックローチより、ソラが告げるとおり本当に希少で、実はベヒーモスと同じ災害級に指定されている。

その巨大さと凶暴さ、繁殖能力の高さから。



「………」

「ね、お願いします!絶対指名制度まで使ったんですから!!」

「俺は虫が大嫌いだ。今の俺は昨日の依頼で心が大怪我している。だから無理だ」



絶対指名制度でも、依頼者本人が諦めれば、絶対指名制度で使った金は戻ってくる。

苦しい言い訳だが、自分のやる気のなさをアピールして、諦めてほしかった。

ジルからギルドへ断るのは辛い。

罰則金は、高給取りではあるが、武器や義手の手入れが必要な身としては痛い。

ランクごとに払う罰則金は異なっていて、それこそSランク級の冒険者が依頼を断ることは、かなり高い罰則金とペナルティ(下手したら降格)があるからだ。

ソラは尚も迫ってくる。



「心がへたれてもでも身体は元気ですよね!?」



ちょっと誤解を招きそうな会話だ。



「……」



もう無理だ。

ジルは諦めて立ち上がった。

準備するから明日ーとか言わずに、もう今日中に仕留めて終わりにしてやろう。

レンが泣きそうな顔でこちらを見ている。

ごめん、付き合ってくれ。



「…ジルが行くなら、私はどこまでもついていこう」



彼はとてもけなげだった。

彼は、愛する番のためなら何でもする。

それが例え、苦手なGKBRでも。



「ああ、そちらが聖獣さまですか。聖獣さまがいれば百人力ですね!でも生きて捕らえたいんです。だから、殺さないようにお願いします」



せめて殺やらせてくれ。



「…生け捕りは出来るけど、アレ災害級のコックローチだろ。怪我は負わせるぞ」

「いいんです!生きてさえいれば!!」



青年はぱん、と肩から下げていた虫かごを叩いた。



「この虫かごは『虫加護』という加護があって、虫型の魔物ならどんなに大きくてもでも、弱ってさえいれば収納できるんですよ。だから、死なない程度に弱らせてください」

「……」



せめて縄で締め上げて引きずって帰らなくてもいいのが、救いだった。



「…ちょっと準備させてくれ。今の服装だと死ぬから」



二階の部屋に戻って、ジルはクローゼットから別の服とタクティカルベストを取り出した。

スピカ特性の、虫型の魔物が苦手な炎属性のナイフをセットして(いつもより多め)、腰にはダガー。

―ベヒーモスと同じように、ジルが得意とする単体戦だ。

だが、虫が大嫌いなのでレッドコックローチとの戦闘は初めてだから油断はできない。

主に心理的な理由で避けていた。



レンもまた、あの幻獣特有のゆったりとした服に着替えていた。

彼の眼は潤んでいた。



「…ジル。私たちは唯一無二の番だ。お前が行くというのなら、私はどこまでもついていく。例え相手がGKBRでも」

「レンー!!」



ジルは本気でレンを抱きしめた。

ああ、唯一無二の番。ジルだけの番。

本当に彼がついてきてくれるのが嬉しかった。



「じゃあ、…さっさと終わらせるか」



準備ができたので一階へ降りる。

ジルの眼はもはや殺気立っていた。

さっさと終わらせて、早く帰ろう。



森の中を進む。

猫耳を様々な角度に動かして、音を集める。

かさかさ、と嫌な音はしたが、昨日よりは少ない。

多分、これで森にレッドコックローチがいないことが証明されれば、依頼は失敗ではない『対象がいない』という理由で終わる。

くん、と空気の匂いを嗅いだ。

…猛烈な虫臭がした。

コックローチの匂いを何倍も濃くしたような。

―運悪く、それはいる。



レンも震えている。



「ね、どうですか!いるんですか!」

「イマスネー」



ジルは早足になった。

さっさとぶっころ…じゃなくて弱らせて、こいつの虫かごにいれて終わりにしてやる。

森の木々をなぎ倒す音がした。



「―――――!!」



虫特有の、甲高い鳴き声がする。

ソラの目が輝いた。



「僕、鳴き声だけはきいたことあるんです!これ、レッドコックローチです!!」

「下がれ、ソラ」



駆けだしそうなソラの首根っこを掴んで、ジルは止めた。

捕獲も兼ねて護衛の依頼も受けている。

彼を危険にさらすわけにはいかない。



「もうちょっと、先っちょだけ見せてくださいよ!」

「何卑猥なこと言ってんの、お前。護衛が俺の仕事なの。失敗させんなよ」



ジルはソラを無理矢理背後に下がらせた。



「…レン。その狂った研究者の護衛を頼む」

「……承知した」



レンだと多分、本気で殺してしまう。

彼はベヒーモス10頭が同時に襲い掛かってきても平気だと言っていた。



「じゃあ、コックローチが大好きな匂いを流しますね」

「ちょ、それをここでするな!お前まで襲われる!」

「うへへ、近くで見たいんですよ、先っちょだけでも!それに聖獣さまが護衛をしてくれるんでしょ?」



…匂いがつくのを嫌がってか、レンがソラの後ろに下がった。

ソラが白衣から取り出したお香を炊き始める。

風の方角を読んで、ジルも避けた。

ただでさえ虫汁だらけになるのに、そんなもの浴びたらまた残りのコックローチが襲ってくる。

独特の匂いが空気中に広がっていく。

それを辿るように、木々をなぎ倒して歩いてくる足音が近づいてくる―



ソレが姿を現したとき、ジルは猫耳と尻尾の毛を本気で逆立てた。



「うわああー!」



ソラが歓喜の声をあげる。

それは木々より巨大な、真っ赤などでかいコックローチだった。

木々と同じ太さの六本の脚が、ぶきみにうごめく。

下から見上げる蛇腹が禍々しい。



「…レン。下がれ」

「…ジル」

「いいから下がれ。俺がこの場は何とかするから先に行け」



死亡フラグのようなセリフを言って、愛しい番を下がらせた。

レンが、ソラの腹を抱えて後方へと地面を蹴って飛ぶ。



「もうちょっと見せてくださいよー!!先っちょだけ!!」



ソラの木霊する叫びと共に、森林の中に、レンは消えた。

ジルはダガーを構える。

コックローチの生態は、昨日殲滅依頼を受けているときに事前に調べている。

まず、触角が周囲を探るセンサーであること。

そこを切り取り、相手の動きを封じる。



「―闘気零式」



ジルは最初から切り札を切った。

それくらい早く仕留めたかった。

幸い、神族化で生命力が爆発的に上がったのと、欠かさぬ修練のおかげで、ただの人間だった頃より、より長い時間彼は『闘気零式』を使い続けることができる。

相手がおぞましかった。

自分に言い聞かせる。

―自分はできる。ありとあらゆる依頼をこなし、死線を潜り抜けてきた冒険者だ。

今度は心が死線に立つとしても、俺は負けない。



歯を食いしばって、ジルは高く跳ねた。

闘気零式によって爆発的に上がった身体能力が、ジルの身体を一気にレッドコックローチの頭部にまで押し上げる。

赤い闘気をまとった刃が、触角を切断しようとして、



「ちょっと待ってください!!触角はGKBRにとって大事な部分なのでやめてください!!」



ソラの声が聞こえて、ジルはGKBRの触角の間に着地した。

すぐ横で、野太い触角が蠢いている。

吐きそうな気持ちで、飛び降りる。

これ以上森林に被害がでないことを最優先にし、脚を切り取ることにする。



「あ、節足部分は残してくださいね!!」



あの研究者、要求が多すぎる。

まさにそこを切り取って動きを封じようと思っていたのに。

ジルは『疾風』の名に恥じぬ速度で、地面を駆け抜けた。

多分今までで一番『疾風』のごとくかけぬk多。

脚がぶちぶちと切断されていく。

やっぱり虫汁がとんだ。

歯を食いしばった。

まずは右。

今度は後方を回って、円を描くように、左から攻める。

ぶちぶちとダガーは容易く脚を切り裂いていく。

節足から先を失ったレッドコックローチが、バランスを崩して轟音を立ててひっくり返った。

見るもおぞましい蛇腹が見えて、ジルは吐きそうになった。

まだ抵抗しようというのか、魔術を発動しようとする魔力の凝縮を感じる。

-ああ、こいつ。魔力を持ってるんだ。



「レン!相手は魔術を使う気だ!!」

「―任せろ」



相手が魔術を使おうとしている瞬間に、闘気零式でぶっさすのは危険だ。

相手が凝縮している魔力の規模から、『限界突破リミットブレイク』でも使わなければ、ジルはそれをかいくぐることができない。

そして、それをしたらレッドコックローチを殺してしまう



ジルが一旦退こうとしたところで、銀に輝く障壁が、ジルの前に現れた。

レンが放ったものだ。



―だが。



「これ!レッドコックローチの群れを呼び寄せるやつですよ!!すごいすごい!!」



かさかさ。がさがさ。

すさまじい足音が近づいてくる。



ジルの猫耳と尻尾の毛が、また恐怖に逆立った。

だが、それに応じてレンの結界が変化した。

ジルを囲む形になる。



「―ジル。それだけしか出来なくて済まないうわあああああこっちに来るなあああ!!」



レンの悲鳴が聞こえてきた。



「やったー!コックローチの群れだ!!」



がしょん、ぶち、ばし、ぶちっ、と音が響いてきた。

レンが三節棍を本気でぶん回している。



「殺さないでくださいよ!」

「わ、私が受けた命令は、護衛だ。私はGKBRを危険だと判断する。そして主の生命の危機(主に心)の危機だ。レッドコックローチの捕獲という目的を達するために、これは成さなければならないうわああああああ」

「聖獣さま!!」



結界の外側に、GKBRが群れる。

その集まる大群に、ジルは泣きそうになった。

結界から見るそれは、本当に生々しい。

その群れから逃げるように、ジルは高く跳ねた。



「レン。結界を解除してくれ!!」



レンの結界がある限り、ジルの闘気零式は相手に貫通させることができない。

そして、ぶっ殺してもいけない。

ジルはあのおぞましい蛇腹に着地した。

ダガーはぶっさしてはいけない。恐らく腹は、弱点だからだ。

相手が魔力を持っていてくれて、良かったと思った。

そのやっぱりおぞましい蛇腹に、吐き気を催しながら手を当てる。



「―反転」



威力を弱めた『気』によって、レッドコックローチの魔力を逆流させる。

緩やかな魔力の逆流に、レッドコックローチが更に暴れだす。



「うわっ」



ジルは思わず『気』の力を強めた。

レッドコックローチの動きが鈍る。



「今です!!」

「こら!!うわああああああああ」



レンの絶叫をおいてきて、ソラが飛び出してきた。

ソラはレンが張った結界の中で、コックローチの群れにまみれながら歓喜に満ちた声で叫ぶ。



「捕獲せよ!『虫加護』!!」



淡い青色の光が、レッドコックローチを取り囲む。

万が一自分も捕獲されてはたまらないので、ジルはその辺の木の枝に飛び降りた。

―が。がさがさ。



「うわあああああ昇ってくんなあああああ!!」



ジルは絶叫してGKBRを蹴り落とした。

更に後方からきた奴は、長年の勘と反射神経でダガーで切り裂く。

ソラが置いたお香のせいもたって、それは大群だ。

また殲滅を命じられそうで、ジルは泣き顔になった。

絶対に従ってなるものか。



「ああああああああ!!」



レンの絶叫も聞こえてきた。

青い光が収束し、レッドコックローチの大きさが小さくなり―『虫かご』に納められる。

それを見届けて、ジルはソラの元へと飛んだ。

彼を小脇に抱え、全力で走る。それこそ『疾風』の如く。



幸い、GKBR達は、ソラがたいたお香にたかるばかりで、ジル達を追ってはこなかった。



「ちょっと!もう少し観察させてくださいよ!!」

「俺たちの仕事は護衛とレッドコックローチの捕獲だ!!それは依頼に入っていない!!!!」



全力で、ジルはレンを伴って森を駆け抜けてラグナロクシティへと帰還した。

虫汁まみれのまま、ジルは小脇にソラを抱えて力なくギルドの門を開いた。



「うわっ!!」



虫汁特有の匂いに、冒険者たちが引く。

ジルはソラを下ろした。

ジルは半泣きのまま、ギルドの受付嬢に告げた。



「……依頼、達成しました」

「……一応、確認しますね?ソラさん、『虫かご』を見せてください」

「はい、どうぞ!!」



唯一元気なソラだけが、虫かごを受付嬢へと渡した。

その小さな窓の中で、赤いコックローチがうごめいている。



「……確かに確認しました」

「…おねーさん。俺、もう心が折れた」



おねーさんも申し訳なさそうだった。

そこでギルドマスターのコウエンが出てきた。



「うわっ」



ジルとレンが被った虫ジルの匂いに、彼が引いた。

ジルは半泣きでまくしたてた。



「俺は単体スタイルが基本なの!!んで虫が大嫌いなの!!!!それなのに『精霊火砲』がうまく言いやがったからって俺に押し付けて!召喚獣なら主の命令で手加減できるだろ!!レンだってうまくやってたぞ!!」

「…そうだな。彼の言い分を受け入れすぎてしまった」



コウエンが苦笑いする。



「君はよほど虫が大嫌いなんだな」

「心が大怪我しました。虫関係の依頼は当分心に大きな傷を負っているという理由で断らせていただきます。例え指名制度が来たとしても」



絶対指名制度をされたら、逆らえないが。



「…そんな中、よく依頼を達成してくれたね」

「指三本に入る最悪の依頼でした」

「だが、ありがとう。これで魔物の研究が進んで、より我々の生存の確率が高くなるからね。ところで他のGKBRはどうだった」

「また大量繁殖してました!!多分レッドコックローチの繁殖力ですよ!!



ソラが目を輝かせている。



「そうか。じゃあ、ソラ君。くれぐれも危険のないように、研究をたのむよ!」

「はい!!」



せめてソラの研究でGKBRが絶滅し、自分の労苦が報われることを、ジルは本気で願った。
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