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第24話 『聖獣さまは『親』をさがす』2

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その後も小物の魔物が出たりしたが、ジルは丁寧に、ヤタに見せつけるように排除していった。

ヤタはその様子を不機嫌そうに見ていた。

ジルに言いがかりをつけようにも、彼が丁寧に護衛するからだ。

2日の旅程を経て、無事にクラウン=ポートについた。



「じゃあ、僕は荷物を届けに行きますので。宿は酒場も兼ねてる『アスレイン』にとってあります」



その店の名に、レンが硬直する。

ヤタはぱかぱかと馬車を走らせて去っていった。

ベヒーモス2頭及び、ジルが道中で別にしとめて馬車に放り込んでいた色違いの狼の死体は、既にしっかり回収済みだ。

うっかり忘れてちゃっかり売られるのは嫌だ。



「…アスレイン…」

「気が急くのは分かる、レン。でもだいぶ荷物が嵩張ったから、まずはそれを預けてから話を聞こう」

「…ああ」



ヤタから貰った地図を手に、レクゼルの店『ラグナロク』のような、酒場兼宿屋に向かう。



「…『ラグナロク』より立派だわ」



それは灰色の石造りの、赤い屋根を載せた大きな建物だった。

中に入る。

床はつやつやで、綺麗に板がそろえられている。

レクゼルの『ラグナロク』は結構適当だ。

カウンターもきっちり磨かれ、椅子も上等なものが並んでいる。

もはや酒場というよりバーといった感じだった。

壮年の、灰色の髪を撫でつけ、綺麗に襟のたったシャツと黒いベストを着た、ロマンスグレイというべき男性が、2人を迎えた。



「いらっしゃいませ、お客様」

「ヤタ様の名前で、宿の予約をとった護衛です」



店主は宿帳をめくった。



「…ああ。ヤタ=ナブディス様が2部屋とってなさってますね。護衛の方は『エコノミークラス』の201号室です。2階に上がってすぐですよ」



キーを渡される。



「ありがと、マスター」



酒場ではどこでも店主をマスターと呼ぶのが、冒険者の癖だ。

大荷物を抱えて、部屋に行く。

ベヒーモス2頭及び狼の死体を入れた袋を下ろす。



「ベヒーモス、血抜きしても結構重いわ」

「…行こう、ジル」



いつもとは逆に、レンがジルの手を引く。

とりあえず大事な獲物をとられるのはごめんなので、扉と窓はしっかりと施錠した。

レンが、足早に階段をかけ下りる。

そして、カウンターで単刀直入に、マスターに問うた。



「店主が、サラスティ=カウス=アスレインか」

「はい、そうですが何か?」



サラスティはにこにこと笑っている。

レンは無言で大剣アスレインを呼び出した。



「これに見覚えはあるか、店主」

「あ…」



店主が磨いていたグラスを取り落とした。

足元でかしゃん、とガラスの砕け散る音がした。



「聖剣アスレイン…それじゃあ、あなたは」

「私はレン=カウス=アジェスト。誰かが放棄したアストラルから生まれ、それ故に『親無し』と呼ばれる聖獣だ。お前は私の『親』か」

「…懐かしいな」



店主の手が、レンが握る凶暴な牙を剥いた大剣アスレインを撫でた。

スピカから聞いた話は、ビンゴのようだった。



「事情は奥で話します。ハンナ」



店主が呼びかけると、彼と同じくらいの年齢の、赤い髪の女性が顔を出した。



「はい、サラスティ。なあに?」

「ちょっとこのお客様と話すことがあってね。暫くカウンターを任せてもいいかい?」

「ええ、勿論。…冒険者様方かしら、私、ハンナと申します。サラスティの妻です。ようこそ、『宿屋アスレイン』へ。ゆっくり旅の疲れを癒していってくださいね」



彼女はにっこりと笑った。





カウンターの仕切りを通されて、ジルとレンは奥の部屋に入る。

途端に、アスレインがレンに頭を下げた。



「済まない。君には辛い思いをさせた」

「どういうことだ」



アスレインが顔を上げ、苦笑いした。



「私の昔の名前は、アスレイン=カウス=ハージゥス。もう誰も覚えているものもいない、神話級聖獣だったものだよ。君は私が放棄したアストラルから生まれた」



レンが息を飲む。



「…アストラルを放棄したなら、この剣も存在しないはずだ」

「私が放棄したアストラルは、制御を失って、不完全な幻獣が生まれる可能性があったからね。その『子』のために、残したんだよ」



レンが呆然として呟いた。



「…その『子』が、私か」



レンは実際、聖獣まで登りつめたものの、不完全だ。

スピカがいうように、幻獣なら当たり前のはずの、己の名を冠する武器を持っていない。

サラスティが―アスレインが、語りだす。



「…私は、人間の女性を愛してね。自分が人間になることを、選んだんだ」



ひゅ、とレンの喉がなった。

レンがジルに求めたものとは真逆の行為だったからだ。



「何故。神話級聖獣なら、体の一部を食わせずとも、神族化させることはたやすかろう」

「…私はね、『人間』として、限りある時間を生きる彼女が好きだったんだよ。それを汚したくなかったから、アストラルを放棄して、人間になった」



アスレインが苦笑いする。



「ーとはいえ、やはり神族だったからかな。彼女には執着してしまって、何度も輪廻転生を繰り返しては、彼女と共に生きているよ。たまに彼女が男性に生まれ変わって、私が女性だったこともある」

「……」

「君の剣は、私が引き取ろう。見たところ、君にはもう必要なさそうだからね」



視線が、ジルに移る。

アスレインが微笑んだ。



「その代わり、この剣を形成する、私が残した最後のアストラルを君に渡そう、レン。それで君は、抑えられている本当の力を発揮できるようになるはずだ」



アスレインが、ちらりとジルの義手を見た。

レンが受肉による制限を受けていることを、悟ったようだった。

レンは黙って、大剣アスレインを、アスレインの手に託した。

それは、銀色の光の粒子となってー



「さあ、受け取りなさい、私の『子』」



それが、レンへと吸収されていった。

レンは己の両手を持ち上げて、じっと見つめー



「来い、『アジェスト 』」



彼は、自分の名前を呼んだ。

それに呼応するように、槍がーいや、槍の形を形成した三節棍が、彼の手に収まる。



レンはそれを軽く振った。

じゃりじゃり、と鎖が鳴って、節目から鎖に繋がれ銀色の棒が別れ、蛇のように宙を走る。

最後に、レンはじゃこん、とそれを槍の形に戻し、消した。



アスレインが拍手する。



「君らしいいい武器じゃないか。…私の身勝手で、君を苦しめた。本当に済まなかったね」

「いや」



レンは首を振った。



「あなたが人間になって、制御を失ったアストラルを残してくれなければ、私は生まれず、ジルに会うこともできなかった。…恨んではいたが、私のために、あなたは大剣アスレインを残してくれた。そのおかげで、私は戦って、生き残れた」

「そうか」



アスレインの表情は、重い荷物をおろしたかのように穏やかだった。



「許してくれてありがとう、レン」



しかし、謝罪を受けたレンは、眉間に皺を寄せた。



「…最後に聞きたいことがある」

「何だい?私に答えられることならなんでも」

「私がジルを神族に引き入れたことを、真逆のことをしたあなたは、どう思っている」



アスレインは笑った。



「それは個人によって答えは違うよ、レン。そこの彼が了承した上で君の番になったのなら、それでいいじゃないか」



レンの視線が、ジルに向けられる。



「…後悔、していないか」

「今更聞く?」



ジルは笑い、レンにちゅ、とキスをした。



「あなた、今お話している方に会いたいという方がー」



その時、ひょっこりとハンナが顔を出しー

鼻血を盛大に吹いてしゃがみこんだ。



「!」

「大丈夫か?!」

「ああ、またか」



アスレインが苦笑いした。

彼女のもとに歩いていって、どくどくと鼻血を流す彼女を抱き起こす。



「だいじょうぶだよ。…その、ハンナは男性同士のカップルを見るのが大好きでね」

「尊い…」



鼻血をだくだくと流しながらも、彼女の目はジルとレンを見て輝いていた。



「ここは私に任せて。君たちは呼ばれているんだろう?」

「あ、はい」



先にジルが駆けていく。

その後を追おうとして、レンは一瞬だけ足を止めた。



「…私を生み出してくれて、ありがとう」



そして、ジルの背を追った。



早足で出ていく青年と自分の『子』である聖獣を見送って、アスレインー否、サラスティは困った顔で呟いた。



「…なんで彼女ハンナは何度輪廻しても、必ず男性同士のカップルが好きなんだろう…」



カウンターに戻ると、ヤタがいら立った様子で、かつかつと片足で床を叩いていた。



「遅い。依頼主が呼んでいるんだ、迅速に来い」



ジルは額に血管を浮かせながら笑った。



「俺たちの仕事は、『ラグナロクシティとクラウン・ポートの往復の護衛』で、それ以外は自由なはずだけど?」

「アルビノをよこせ。最後通牒だ」

「獲物をよこせは依頼に入ってないよな?」



ヤタはにやりと唇をあげる。



「繰り返すが、いいのか?お前のせいで、ラグナロクシティは困窮するんだ」

「ああ、そうですか。別にいいですよ」



ジルはヤタを真似るようににやりと笑い返した。

レンだけは、心配そうにジルを見ている。



「俺たちはお役所から受けた依頼があるから、どーしてもあなたの要望は受け入れられないんですよ」



本音としては、こんな高く売れるものを、父親の七光りを振りかざしてタダでよこせというクソガキには渡したくない。

それにお役所の任務を、普通のベヒーモス一体でごまかし、アルビノをヤタに渡したことがバレたら、それこそジルは信用を失うし、下手したら冒険者の資格をはく奪されたり、色々とシバかれる。



「そうですか。あーあ、ラグナロクシティ、かわいそうに」



ジルは動揺せず、煽るように笑うだけだ。

ヤタの顔が怒気で真っ赤に染まる。



「絶対に、お前を後悔させてやる!!」





201号室に戻る。

ヤタは502号室、『ラグジュアリークラス』の部屋だった。

ジルとレンは、一番ランクの低い、『エコノミークラス』の201号室だが、それでも立派で、やっぱり拠点にしているレクゼルの宿とは違う。

―が、あの粗雑な感じが、ジルは好きだ。



「よしよし。荷物は無事だな?」



念のため、ベヒーモス達を解体した袋を確認する。



「…ジル。大丈夫なのか」



最近お金の概念を理解し始めた聖獣は、やっぱり心配そうだ。



「だいじょぶだいじょぶ。ラグナロクシティは合理的で、正しいルートで金を回す方が一番楽なんだよ。心配ないから」



ジルはレンを安心させるように優しくほほ笑んだ。
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