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第一話 『裏切りと出会い』
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「あ、ああああああっ!」
ジルは絶叫した。
彼を中心に描かれた魔法陣が紫色に輝く。
左腕が、みちみちと嫌な音をたてて肘から先がちぎれ―
「来た!!」
魔法陣の外で、友人―友人だと信じていた―の召喚士の歓喜の声が聞こえた。
幻獣を召喚するとき、召喚士は己の体の一部か、生贄を提供する。
召喚した幻獣に、現世で受肉する媒体を与えるためだ。
これは生贄型だった。
一緒に魔法陣の調査をしてほしい、と頼まれたジルは、油断してまんまとその罠にかかり、今、こうして生贄としてささげられている。
血しぶきが派手に飛び、ジルの左腕の肘から先がはじけとび、紫色の粒子となって消えた。
食われたのだ。
「受肉は成った!あとは契約すれば―…僕も、Sランク召喚士になれる―っ!」
友人―ユージーンはちぎれ飛んで消えたジルの腕を見て歓喜の声を上げた。
ジルは物理的痛みと心の痛みに顔をゆがめて、変わってしまった友人を見つめる。
駆け出しのころから一緒に冒険を重ねてきた。
ジルはSまで行ったが、彼もAAAランク冒険者まで、一緒に上り詰めた仲間。
今でも十分な召喚獣を従えているというのに、なぜそこまで彼は権威を欲したのか。
「お前が悪いんだよぉ!ジル!」
ジルの視線に気づいたのか、唾を飛ばして、顔をゆがめてユージーンが叫んだ。
「お前が、お前だけがっ、いつも先に進むからあっ!」
同じ孤児院で過ごしている時、ユージーンはいじめの対象で、ジルはそれをかばってきた。
それから冒険者として二人で出発して、一緒に戦ってきた。
彼が召喚獣を従えてからは、ジルは彼が召喚獣に指示を出している間、的確に背中を守ってきたつもりだった。
「お前はぁっ!いつもぉっ!僕を下にみてるううっ!」
「…ああ…悪かったな…」
ごふっ、とジルは血を吐いて魔法陣の中に倒れた。
自分が良かれと思ってやっていたことは、ユージーンのプライドを傷つけていたのだ。
安全な戦闘のスタイルとしてジルが信じていたことは、友人を傷つけただけだった。
「だからさあ、いつも僕を守ってくれるならあっ!生贄にだってなってくれるよなぁっ!?」
その瞬間だった。
銀色の風が凪、閃光が走った。
ジルは目を見開いた。
ユージーンが、見知らぬ者に右腕一本で頭を掴まれて持ち上げられ、壁に押し付けられていたからだ。
長く美しい銀色の髪を低い位置で結び、青いゆったりとした衣をまとった細い体躯の青年だった。
「私を呼んだのはお前か」
静謐ながら、水晶を鳴らしたように澄んでいて、それでいて底の見えぬ深淵を感じさせる声だった。
ユージーンを持ち上げる銀色の髪の男の顔は見えない。
だが、声からしてきっと青年は美しいのだろう、とジルは自分がどんな状況かも忘れて思った。
「そ、そうだ、俺だあっ!ユージーン・グリムハンド!僕と契約しろ、レン=カウス=アジェスト」
ユージーンは歓喜の声を上げて手足をばたつかせた。
だが、レンと呼ばれた召喚獣の返答は、非常に端的だった。
「断る」
その言葉に、再び手足をばたつかせてユージーンが叫んだ。
「なんでだあっ!受肉させてやっただろうが!それはつまり契約を意味―」
「受肉したからといって、契約を意味するわけではない。それに何より私は、“犠牲型”の幻獣ではない。契約するなら―左腕を私にささげたあの男だ」
レンの手にぐ、と力が入った。
「ぐ、ああああああっ」
頭を掴む手に圧が入って、ユージーンが苦しみもがきだす。
それを見て、ジルは思わず叫んだ。
「や、やめてくれ!」
その時、初めて青年が振りかえった。
声から想像していたとおり、彼は美しかった。
紫色の目に銀色の髪、そして恐ろしいほどに整った目鼻立ちだけで凄みを感じさせる美貌だった。
青年が眉をゆがめる。
「幻獣界から見ていたから事情は知っている。このものはお前を犠牲にして私と契約しようとしたのだぞ。許せるのか」
「そ、それでも、と、ともだち、だった」
血を吐きながら、ジルはレンの足元へと這いよった。
先のない左腕を、必死に浮いたユージーンの足元へと伸ばす。
「ころさないで、くれ」
レンがわけがわからない、という風に首を傾げた。
「まだ友達などというか。…まあ、生かすも殺すも自由だが、ならばこちらからも条件を出そう」
「なんでも、なんでもきく!」
血を吐きながらジルは叫んだ。
こうして殺されかけても、ユージーンが殺されるのを見るのは寝覚めが悪かった。
「お前が私と契約してくれ。受肉してしまった以上、私は誰かと契約しなければならない。契約条件を定める。次にこの男がお前に危害を加えたら、お前が止めても私がこいつ殺すことだ」
「おれ、と」
ジルはレンを陶然と見上げた。
ユージーンの命が、天秤にかけられている。
それに、自分がこのままでは失血死しかねない状況だとしても、レンはそれを忘れさせるほどに美しかった。
美しいものが、自分のものになると告げている。
こんな甘美で、友人を守るための取引は断る理由がなかった。
それでも背中を、得体のしれないものへの恐れが這いよる。
それでも断れない。
「契約…する…」
「わかった。…ユージーンとやら。運がよかったな。次にこのものを殺そうとすれば、主がそれを止めたとしても私がお前を殺す」
レンが手を離した。
「ひ、ひいいいっ」
ユージーンが四つん這いで逃げ出した。
血なまぐさい部屋に、ジルとレンだけが残された。
レンはジルのもとにしゃがみこんだ。
「…さて。このままでは死んでしまうな。さっさと契約を済ませてしまおう」
「あ…何…するんだ…?」
ジルは既に意識がもうろうとしていた。
先ほどまで気力で保っていた意識の糸が、ユージーンが逃げ出した途端に切れてしまったようだった。
「大丈夫だ。契約どおり、あれが手を出してこない限りこちらから手出しはしない。どうかもうすこしだけ意識を保って、名を教えておくれ、優しすぎる冒険者」
そう言って、聖獣がジルに意識させるように、ジルの腹に跨る。
「…ジル…ジル・ラジェンダ…」
「ジル、か。良い名だ」
そういって、レンはジルのかすむ視界の中でほほ笑んだ。
彼の頭上で、ユージーンが展開したものと似て非なる形の魔法陣が展開する。
魔法陣が輝き、光の粒子がジルの腕に降り注ぐ。
光の粒子を浴びたジルの左腕の出血が止まり、傷がふさがる。
左腕の残った部分に、蔦が這うようにして召喚獣との契約の「紋章」が刻まれる。
「私が次の言葉を言ったら、了承すると答えてくれ。我、聖獣レン=カウス=アジェストはジル=ラジェンダに契約を要請する」
「了承する…」
紋章が答えるように淡く輝いた。
それを最後に、ジルは意識を失った。
「-――!」
がば、とジルは体を起こした。
気が付くといつになくふかふかのベッドに寝かされていた。
部屋の内装を確認する。調度品、壁、床に至るまで豪奢な部屋で、枕は二つ、ベッドは一つ。
隣から安らかな寝息が聞こえてきた。
ジルが見下ろすと、見覚えのあるあの凄みのある美貌の青年が、幸せそうにに緩んだ顔を晒しながらすぴすぴ眠っていた。なぜかジルの腰をがっしり掴んで。
「いやいやいやいや、どういうことですかこれ」
ジルは記憶をさかのぼろうとし―頭痛を覚えて頭を抱えた。
レンと契約したところまでを思い出した。だが、そこから先が思い出せない。
仕方ないので、ジルは腰にしがみつくレンを起こすことにした。
思いのほか力が強く、はがれそうにないので揺り起こす。
「レン。レーンー」
「…ん?」
寝起きが悪いのか、十回くらいゆすったところで、ようやくレンが目を覚ました。
かと思えば、またジルの腰をがっしりつかんだまま眠ろうとする。
「こら!」
「猫はいいにおいがする…」
「猫扱いか!」
確かにジルは猫牙族で、尾も猫耳もあるが、このように猫扱いされたのは初めてだった。
「ちっくしょ」
何とかレンを引きはがそうとして―ジルは、左腕が肘から先がないことに気づき、硬直した。
レンも空気の温度が変わったことに気づいたのか、もそもそと毛布から出てきた。
「…すまなんだ。できるだけ犠牲を少なく受肉しようとしたが、…これがその結果だ」
「いいよ、別に」
レンは申し訳なさそうだった。
ジルは無理に笑った。
上位の幻獣や聖獣を従える召喚士は、一貫して四肢か内臓を欠損していることが多い。
受肉のために、それだけのものを捧げることを要求されるからだ。
この世界で幻獣が肉体を得た状態で力を発揮するためには、それだけの対価が必要だということだ。
逆に腕、左腕の肘から先のみで済ませたレンの方は、良心的と言えるだろう。
多分、代償としてレン自身の力は、かなり制限されている。
「…それで。どうしてこうなった」
「いや、ジルの匂いがよくて」
「そっちじゃない。俺が気を失った後のこと」
「ああ…それなら」
ジルが契約して気を失った後、レンはジルを背負って外へと出た。
そして、街まで歩き、道行く人に湯あみが出来て二人で眠れる宿屋がないかと尋ねた。
道行く人が案内してくれたのがここ、というわけだ。
(…たぶんレンの顔で勘違いしたんだな…)
とジルは頭を抱えた。
「それで、だな…」
レンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「宿泊費がべらぼうに高くてな…この世界の通貨はどうなっているのだ…」
「あ“-!」
ジルは財布を見て思わず悲鳴を上げた。
多分あとご飯一食分しかない。
「三日眠っていたぞ」
「…と…とりあえず仕事行こう、仕事」
体はほぼ回復していた。
衣服もそういう宿なだけにきちんと洗濯されていて、着心地はよい。
ある意味レンは選択を間違えなかった。
とりあえず、ジルはレンを伴って冒険者ギルドへと来た。
残りの路銀で食堂でもりもりお昼を食べながら、ぶつぶつつぶやく。
「…とりあえず一食食べて、キャラバン系の依頼で義手を作れる街まで移動できればな…あ、それより先に…」
ユージーンの報告をしなければ。
食べやすさを考えて選んだチャーハンだが、皿を支える左手がないとひどく食べにくかった。
それで気づく。
自分に護衛の力があるのかどうかと。
「私を使えばいいではないか」
思考を読んだように、ジルの口元についたチャーハンを指で取りながら、レンが言う。
そして、そのまま自然にぱくりとご飯粒を口に含んだ。
その動作がなまめかしくて、ジルは思わず息を呑んだ。
「あ…今の…!」
「うむ。これは…こーしんりょーというやつだろうか。旨い」
「……」
この無自覚美貌が…と思いながらジルはチャーハンを左肘で何とか抑えながら食べた。
何故か周囲の視線が熱い気がする。
「ねえ、今の…」
「あの人きれい…」
「どっちがどっちかな…」
どっちがどっちとは果たして何がどっちでどっちなのか。考えたくもない。
食事を終えてから、ジルは周囲の視線を引きずりつつ、レンに支えられつつ、ギルドカウンターで事の顛末を伝えた。
カウンターの受付嬢は、2人にユージーンは既にあの日のうちにギルドから抜け出したと伝えた。
召喚士ギルドからも抜け出したらしい。
それから、2人は別室に呼び出された。
聖獣レンという存在があまりにも強大なので、騒ぎにならないようにクエストカウンターとは別室に案内されたのだ。
「…どうやら、本当に聖獣のようですね。低級ではありますが」
鑑定に来たギルドの召喚士が、レンを見てごくりと息を呑んだ。
それだけでわかるものらしい。
「通じてよかった。私は聖獣だ」
「今はジル様の召喚獣ということですね。ジル様は召喚士として登録すれば、今後もギルドでの活躍に問題はないと思いますよ。レン様がいますから」
ギルドの召喚士がアドバイスしてくれた。
その通りだ。ジルはレンを戦力として使役できるし、レンもそのつもりのようだった。
ただ、今まで己の身体一つで戦ってきた身としては、召喚士として登録というのは、どうも腑に落ちなかった。
「…やっぱり義手探すか」
「義手をおつくりになるのでしたら、、ラグナロクシティ行のキャラバンの仕事がちょうどありますが、いかがですか?鍛冶屋ギルドの本部がありますし、腕のよい鍛冶屋が集まっています」
そういって受付嬢がクエストの依頼を見せてくれた。
行程は7日間で、報酬7万ゴルド。三食つき。
「いく!いくいく!」
ジルは周りが引く勢いで叫んだ。
召喚士としては結局登録はしなかった。
表向き、知り合いがつけてくれた幻獣ということにした。
ギルドの配慮で、レンは聖獣ではなく「上位幻獣」ということになっている。
聖獣の召喚は召喚士にとっても難易度が高く、それだけで騒ぎになるからだ。
現在、彼らはキャラバンの護衛の隊列整備などの準備を行っていた。
「どうしたんだよ、その左腕」
知り合いの冒険者に聞かれた。
「いやー、うっかり左腕なくしちゃってさ。だから戦えるように幻獣つけてもらったんだ」
ジルはそれなりに名の通った冒険者だ。
それがいきなり左腕がなくなった上に美貌の幻獣がついているという事実に、キャラバンの護衛に参加している人間たちはざわめいていた。
ジルは適当にごまかしながら、レンの手を引いて歩く。
「戦えるのかあ?そのほそっこい体で」
一人がレンに絡んだ。
レンは無表情にそいつをビンタした。
そいつは勢いよく数十メートルは吹き飛んでいった。
「…これでよいか?」
「…あ、はい」
はやし立てていた冒険者たちが黙り込んだ。
ジルも黙り込んだ。
ジルは絶叫した。
彼を中心に描かれた魔法陣が紫色に輝く。
左腕が、みちみちと嫌な音をたてて肘から先がちぎれ―
「来た!!」
魔法陣の外で、友人―友人だと信じていた―の召喚士の歓喜の声が聞こえた。
幻獣を召喚するとき、召喚士は己の体の一部か、生贄を提供する。
召喚した幻獣に、現世で受肉する媒体を与えるためだ。
これは生贄型だった。
一緒に魔法陣の調査をしてほしい、と頼まれたジルは、油断してまんまとその罠にかかり、今、こうして生贄としてささげられている。
血しぶきが派手に飛び、ジルの左腕の肘から先がはじけとび、紫色の粒子となって消えた。
食われたのだ。
「受肉は成った!あとは契約すれば―…僕も、Sランク召喚士になれる―っ!」
友人―ユージーンはちぎれ飛んで消えたジルの腕を見て歓喜の声を上げた。
ジルは物理的痛みと心の痛みに顔をゆがめて、変わってしまった友人を見つめる。
駆け出しのころから一緒に冒険を重ねてきた。
ジルはSまで行ったが、彼もAAAランク冒険者まで、一緒に上り詰めた仲間。
今でも十分な召喚獣を従えているというのに、なぜそこまで彼は権威を欲したのか。
「お前が悪いんだよぉ!ジル!」
ジルの視線に気づいたのか、唾を飛ばして、顔をゆがめてユージーンが叫んだ。
「お前が、お前だけがっ、いつも先に進むからあっ!」
同じ孤児院で過ごしている時、ユージーンはいじめの対象で、ジルはそれをかばってきた。
それから冒険者として二人で出発して、一緒に戦ってきた。
彼が召喚獣を従えてからは、ジルは彼が召喚獣に指示を出している間、的確に背中を守ってきたつもりだった。
「お前はぁっ!いつもぉっ!僕を下にみてるううっ!」
「…ああ…悪かったな…」
ごふっ、とジルは血を吐いて魔法陣の中に倒れた。
自分が良かれと思ってやっていたことは、ユージーンのプライドを傷つけていたのだ。
安全な戦闘のスタイルとしてジルが信じていたことは、友人を傷つけただけだった。
「だからさあ、いつも僕を守ってくれるならあっ!生贄にだってなってくれるよなぁっ!?」
その瞬間だった。
銀色の風が凪、閃光が走った。
ジルは目を見開いた。
ユージーンが、見知らぬ者に右腕一本で頭を掴まれて持ち上げられ、壁に押し付けられていたからだ。
長く美しい銀色の髪を低い位置で結び、青いゆったりとした衣をまとった細い体躯の青年だった。
「私を呼んだのはお前か」
静謐ながら、水晶を鳴らしたように澄んでいて、それでいて底の見えぬ深淵を感じさせる声だった。
ユージーンを持ち上げる銀色の髪の男の顔は見えない。
だが、声からしてきっと青年は美しいのだろう、とジルは自分がどんな状況かも忘れて思った。
「そ、そうだ、俺だあっ!ユージーン・グリムハンド!僕と契約しろ、レン=カウス=アジェスト」
ユージーンは歓喜の声を上げて手足をばたつかせた。
だが、レンと呼ばれた召喚獣の返答は、非常に端的だった。
「断る」
その言葉に、再び手足をばたつかせてユージーンが叫んだ。
「なんでだあっ!受肉させてやっただろうが!それはつまり契約を意味―」
「受肉したからといって、契約を意味するわけではない。それに何より私は、“犠牲型”の幻獣ではない。契約するなら―左腕を私にささげたあの男だ」
レンの手にぐ、と力が入った。
「ぐ、ああああああっ」
頭を掴む手に圧が入って、ユージーンが苦しみもがきだす。
それを見て、ジルは思わず叫んだ。
「や、やめてくれ!」
その時、初めて青年が振りかえった。
声から想像していたとおり、彼は美しかった。
紫色の目に銀色の髪、そして恐ろしいほどに整った目鼻立ちだけで凄みを感じさせる美貌だった。
青年が眉をゆがめる。
「幻獣界から見ていたから事情は知っている。このものはお前を犠牲にして私と契約しようとしたのだぞ。許せるのか」
「そ、それでも、と、ともだち、だった」
血を吐きながら、ジルはレンの足元へと這いよった。
先のない左腕を、必死に浮いたユージーンの足元へと伸ばす。
「ころさないで、くれ」
レンがわけがわからない、という風に首を傾げた。
「まだ友達などというか。…まあ、生かすも殺すも自由だが、ならばこちらからも条件を出そう」
「なんでも、なんでもきく!」
血を吐きながらジルは叫んだ。
こうして殺されかけても、ユージーンが殺されるのを見るのは寝覚めが悪かった。
「お前が私と契約してくれ。受肉してしまった以上、私は誰かと契約しなければならない。契約条件を定める。次にこの男がお前に危害を加えたら、お前が止めても私がこいつ殺すことだ」
「おれ、と」
ジルはレンを陶然と見上げた。
ユージーンの命が、天秤にかけられている。
それに、自分がこのままでは失血死しかねない状況だとしても、レンはそれを忘れさせるほどに美しかった。
美しいものが、自分のものになると告げている。
こんな甘美で、友人を守るための取引は断る理由がなかった。
それでも背中を、得体のしれないものへの恐れが這いよる。
それでも断れない。
「契約…する…」
「わかった。…ユージーンとやら。運がよかったな。次にこのものを殺そうとすれば、主がそれを止めたとしても私がお前を殺す」
レンが手を離した。
「ひ、ひいいいっ」
ユージーンが四つん這いで逃げ出した。
血なまぐさい部屋に、ジルとレンだけが残された。
レンはジルのもとにしゃがみこんだ。
「…さて。このままでは死んでしまうな。さっさと契約を済ませてしまおう」
「あ…何…するんだ…?」
ジルは既に意識がもうろうとしていた。
先ほどまで気力で保っていた意識の糸が、ユージーンが逃げ出した途端に切れてしまったようだった。
「大丈夫だ。契約どおり、あれが手を出してこない限りこちらから手出しはしない。どうかもうすこしだけ意識を保って、名を教えておくれ、優しすぎる冒険者」
そう言って、聖獣がジルに意識させるように、ジルの腹に跨る。
「…ジル…ジル・ラジェンダ…」
「ジル、か。良い名だ」
そういって、レンはジルのかすむ視界の中でほほ笑んだ。
彼の頭上で、ユージーンが展開したものと似て非なる形の魔法陣が展開する。
魔法陣が輝き、光の粒子がジルの腕に降り注ぐ。
光の粒子を浴びたジルの左腕の出血が止まり、傷がふさがる。
左腕の残った部分に、蔦が這うようにして召喚獣との契約の「紋章」が刻まれる。
「私が次の言葉を言ったら、了承すると答えてくれ。我、聖獣レン=カウス=アジェストはジル=ラジェンダに契約を要請する」
「了承する…」
紋章が答えるように淡く輝いた。
それを最後に、ジルは意識を失った。
「-――!」
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気が付くといつになくふかふかのベッドに寝かされていた。
部屋の内装を確認する。調度品、壁、床に至るまで豪奢な部屋で、枕は二つ、ベッドは一つ。
隣から安らかな寝息が聞こえてきた。
ジルが見下ろすと、見覚えのあるあの凄みのある美貌の青年が、幸せそうにに緩んだ顔を晒しながらすぴすぴ眠っていた。なぜかジルの腰をがっしり掴んで。
「いやいやいやいや、どういうことですかこれ」
ジルは記憶をさかのぼろうとし―頭痛を覚えて頭を抱えた。
レンと契約したところまでを思い出した。だが、そこから先が思い出せない。
仕方ないので、ジルは腰にしがみつくレンを起こすことにした。
思いのほか力が強く、はがれそうにないので揺り起こす。
「レン。レーンー」
「…ん?」
寝起きが悪いのか、十回くらいゆすったところで、ようやくレンが目を覚ました。
かと思えば、またジルの腰をがっしりつかんだまま眠ろうとする。
「こら!」
「猫はいいにおいがする…」
「猫扱いか!」
確かにジルは猫牙族で、尾も猫耳もあるが、このように猫扱いされたのは初めてだった。
「ちっくしょ」
何とかレンを引きはがそうとして―ジルは、左腕が肘から先がないことに気づき、硬直した。
レンも空気の温度が変わったことに気づいたのか、もそもそと毛布から出てきた。
「…すまなんだ。できるだけ犠牲を少なく受肉しようとしたが、…これがその結果だ」
「いいよ、別に」
レンは申し訳なさそうだった。
ジルは無理に笑った。
上位の幻獣や聖獣を従える召喚士は、一貫して四肢か内臓を欠損していることが多い。
受肉のために、それだけのものを捧げることを要求されるからだ。
この世界で幻獣が肉体を得た状態で力を発揮するためには、それだけの対価が必要だということだ。
逆に腕、左腕の肘から先のみで済ませたレンの方は、良心的と言えるだろう。
多分、代償としてレン自身の力は、かなり制限されている。
「…それで。どうしてこうなった」
「いや、ジルの匂いがよくて」
「そっちじゃない。俺が気を失った後のこと」
「ああ…それなら」
ジルが契約して気を失った後、レンはジルを背負って外へと出た。
そして、街まで歩き、道行く人に湯あみが出来て二人で眠れる宿屋がないかと尋ねた。
道行く人が案内してくれたのがここ、というわけだ。
(…たぶんレンの顔で勘違いしたんだな…)
とジルは頭を抱えた。
「それで、だな…」
レンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「宿泊費がべらぼうに高くてな…この世界の通貨はどうなっているのだ…」
「あ“-!」
ジルは財布を見て思わず悲鳴を上げた。
多分あとご飯一食分しかない。
「三日眠っていたぞ」
「…と…とりあえず仕事行こう、仕事」
体はほぼ回復していた。
衣服もそういう宿なだけにきちんと洗濯されていて、着心地はよい。
ある意味レンは選択を間違えなかった。
とりあえず、ジルはレンを伴って冒険者ギルドへと来た。
残りの路銀で食堂でもりもりお昼を食べながら、ぶつぶつつぶやく。
「…とりあえず一食食べて、キャラバン系の依頼で義手を作れる街まで移動できればな…あ、それより先に…」
ユージーンの報告をしなければ。
食べやすさを考えて選んだチャーハンだが、皿を支える左手がないとひどく食べにくかった。
それで気づく。
自分に護衛の力があるのかどうかと。
「私を使えばいいではないか」
思考を読んだように、ジルの口元についたチャーハンを指で取りながら、レンが言う。
そして、そのまま自然にぱくりとご飯粒を口に含んだ。
その動作がなまめかしくて、ジルは思わず息を呑んだ。
「あ…今の…!」
「うむ。これは…こーしんりょーというやつだろうか。旨い」
「……」
この無自覚美貌が…と思いながらジルはチャーハンを左肘で何とか抑えながら食べた。
何故か周囲の視線が熱い気がする。
「ねえ、今の…」
「あの人きれい…」
「どっちがどっちかな…」
どっちがどっちとは果たして何がどっちでどっちなのか。考えたくもない。
食事を終えてから、ジルは周囲の視線を引きずりつつ、レンに支えられつつ、ギルドカウンターで事の顛末を伝えた。
カウンターの受付嬢は、2人にユージーンは既にあの日のうちにギルドから抜け出したと伝えた。
召喚士ギルドからも抜け出したらしい。
それから、2人は別室に呼び出された。
聖獣レンという存在があまりにも強大なので、騒ぎにならないようにクエストカウンターとは別室に案内されたのだ。
「…どうやら、本当に聖獣のようですね。低級ではありますが」
鑑定に来たギルドの召喚士が、レンを見てごくりと息を呑んだ。
それだけでわかるものらしい。
「通じてよかった。私は聖獣だ」
「今はジル様の召喚獣ということですね。ジル様は召喚士として登録すれば、今後もギルドでの活躍に問題はないと思いますよ。レン様がいますから」
ギルドの召喚士がアドバイスしてくれた。
その通りだ。ジルはレンを戦力として使役できるし、レンもそのつもりのようだった。
ただ、今まで己の身体一つで戦ってきた身としては、召喚士として登録というのは、どうも腑に落ちなかった。
「…やっぱり義手探すか」
「義手をおつくりになるのでしたら、、ラグナロクシティ行のキャラバンの仕事がちょうどありますが、いかがですか?鍛冶屋ギルドの本部がありますし、腕のよい鍛冶屋が集まっています」
そういって受付嬢がクエストの依頼を見せてくれた。
行程は7日間で、報酬7万ゴルド。三食つき。
「いく!いくいく!」
ジルは周りが引く勢いで叫んだ。
召喚士としては結局登録はしなかった。
表向き、知り合いがつけてくれた幻獣ということにした。
ギルドの配慮で、レンは聖獣ではなく「上位幻獣」ということになっている。
聖獣の召喚は召喚士にとっても難易度が高く、それだけで騒ぎになるからだ。
現在、彼らはキャラバンの護衛の隊列整備などの準備を行っていた。
「どうしたんだよ、その左腕」
知り合いの冒険者に聞かれた。
「いやー、うっかり左腕なくしちゃってさ。だから戦えるように幻獣つけてもらったんだ」
ジルはそれなりに名の通った冒険者だ。
それがいきなり左腕がなくなった上に美貌の幻獣がついているという事実に、キャラバンの護衛に参加している人間たちはざわめいていた。
ジルは適当にごまかしながら、レンの手を引いて歩く。
「戦えるのかあ?そのほそっこい体で」
一人がレンに絡んだ。
レンは無表情にそいつをビンタした。
そいつは勢いよく数十メートルは吹き飛んでいった。
「…これでよいか?」
「…あ、はい」
はやし立てていた冒険者たちが黙り込んだ。
ジルも黙り込んだ。
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BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
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