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第二部
28.イミナバコ4
しおりを挟む聖女は王家に輿入れする。
法律で定められているわけではありません。ですが、それは当事者には義務として降りかかります。
他ならぬ私も……そうでしたから。
ですが、聖女様の出現は不定期です。
王妃様は普通の人間なのです。先代王妃様は聖女様でしたが、生きていれば九十を過ぎていたでしょう。五十半ばの彼の妻であったとは思えません。
私が生まれてこの方、聖女様の出現について聞かされたのはリュクレース・ガーヌのみです。『聖女様は短命』などと言った話も、聞いたことがありません。
大衆には知らされていない聖女様の出現があったということでしょうか。
だとしたら、なぜ……?
◇◆◇ ◇◆◇
「奥様……? え、どういう……」
施設長は私たちを拒絶するかのような雰囲気を漂わせていました。
いえ、拒絶ではありませんね。これは……否定――。
「妻が聖女だと、分かったとき――人はみな、私に言ったよ。
『聖女様が見つかったのは喜ばしいことだ。この国の未来のため、陛下に喜んで献上すべきだ。そんな誉れ高いことができるお前が羨ましい』……のだと!!!
何が義務だ、何が誉れだ!!!」
狂気に満ちた叫びに、圧倒されます。
ジャン様が私を彼からかばうようにしてくれなければ、過剰防衛の何かが発動してしまったかもしれません。
「それは、本当にあなたの奥方なのですか?」
ジャン様が落ち着いた口調で施設長へ問いかけます。
「そうだ! ……愛する妻だ……アイツラが奪った! 奪い尽くし死後の安らぎすら与えなかった!!!」
「……そう、ですか。それは、むごいことを――」
ジャン様は、すぐに施設長を制圧しようとはしません。
彼の叫びを聞いて、思うところがあったのでしょう。彼に、自分の意思で呪具から手を放させようとしているようです。彼の身の安全を確保したいのであれば、呪具への執着を自ら断ち切ってもらわなければなりません。
強制解呪を行った場合、どのような反動が彼の身に降りかかるのか想像がつかないのですから。
施設長の話を整理すると、彼の奥様は聖女と認定され、王家に取り込まれたのでしょう。けれど、正式な輿入れとはならなかった。
そして二度と……彼の下へ戻ってくることはなかった。
それにしても――――『忌み箱』が奥様?
ミントは言っていました。王宮内には、大量の『忌み箱』がある、と。
古いものから新しい物まで――まさか、全部が聖女様から作った『忌み箱』?
歴代聖女様は、死ぬまで国のために働かされて、死んでからも呪具として用いられていた?! いえ、まさか……そんなことを精霊たちが許すとは思えません。
ですが――『忌み箱』の中身が愛し子であったから、精霊たちは異物として認識できなかったとも考えられます。死んでいるから、魂を探ることもできない――。
『王宮でモニカ様が闇に引き込まれかけたのも、これらが影響していたのかもしれません。……全然、気付きませんでした』
そういうミントの表情は悔しげです。
ミントたち、いにしえの精霊軍は愛し子様にあまり執着がないようですが、大精霊・マクマはどうでしょう?
この状況下でも、マクマは動きません。施設長が持っている箱に興味があるのかないのか――――――――それ以外なのかも、分かりません。
私には。
「なのに……なぜ…………なぜ、アイツラは……!」
ジャン様の肩越しに、施設長の目が鋭く離宮を捉えたのが見えます。
その視線に込められているのは、強烈な憎しみです。その憎しみが、彼の腕の中の『忌み箱』に伝わったのでしょうか?
ですが、本来『忌み箱』はそのような使い方はできないはずです。
憎しみの念は作成段階で入れなければなりませんし、呪詛の対象の生活基盤となる敷地内へ忍ばせるもの――だったはず。
「見捨てられただと? あれほど……あれほど、有無を言わさず私から何もかもを奪ったくせに……!!!
…………返してくれ…………私の妻だ………………………………!!!」
悲痛な叫びを上げる施設長の声を聞かずに、近衛は己の職務に忠実に動き出します。ですが、まるで見えない壁にはじかれるように、彼らは施設長へ触れることすらできずに吹き飛ばされました。
「何っ?!」
ジャン様の警戒レベルが跳ね上がりました!
コロロが町屋敷に置いていたらしい聖剣を持ってきたので、それをジャン様に手渡すと慣れた様子で構えます!
先代聖女様――彼の奥様のことについては、後ほど陛下に全て話をしていただくとして、今は、目の前の施設長の対処が先決のようですね。
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