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第二部
27.イミナバコ3
しおりを挟むとても舞踏会への参加をしにきたような姿ではありません。
いくら馬小屋といえども、ここはれっきとした離宮の敷地内なのです。そんな場所へ、招待客でもない彼がいるのはおかしいです。仮に招待客であったとしても、このような場所にいるのは不自然極まりません。
うっかり迷って足を踏み入れてしまうような場所でもないのです。
「なぜ、貴方がこのような場所に?」
そう問いかけるジャン様の顔色が悪化していくのが気になります。
やはり、ここに元凶の品があることは間違いないでしょう。
なのにこの場に一切の穢れを認めることができません! 早く、早く祓ってしまわなければならないのに!
「パック!」
『無理です、モニカ様。ここには我々が祓うべき穢れが存在しません』
――なんとかミントから新しい情報を得なければ! このままいたずらにジャン様を呪いにさらし続けることなんてできません!
「施設長……貴方、何を持っているんですか?」
マリニャック様にジャン様が、苦しげな声でそう問いかけます。
「何を仰っているのか分かりかねますな」
相手は飄々とした顔で答えます。
その様子に、引っかかりを覚えました。そのような顔をする人を、私は知っています。決して不快ではない、その必死な嘘を。えっと……誰でしたっけ?
「嘘ですね。今の貴方は……嘘ばかりついていた頃の兄上にとても似ています」
――! そう、ですね。ウェルス様ですね。彼はずっと、ご両親や妹君のことを信じている風を装っていましたから。信じられない自分に、気付かない振りをして。
――今はそちらより、目の前の問題解決を優先しなければなりませんね。
施設長が手にしているもの、それは……。
「『忌み箱』……なのですか?」
「え?」
自信なさげな声になってしまった自覚はあります。
そんな声を出した私を、ジャン様が驚いた顔で見ます……。肝心なところでお役に立てず申し訳ないです。
直径二十センチ弱でしょうか、両手で余るほどの大きさをした木箱。
それを、施設長は手にしていました。『忌み箱』に、とてもよく似ています。確かに似ているのですが、穢れの気配を感じません。穢れの気配は感じないのですが、何とも形容しがたいものを感じます。
禍々しくもあり、懐かしくもあるのです。
ジャン様が指摘しなければ、彼の手にある品を不審物として警戒することはなかったでしょう。
この禍々しさは、濃さが問題となっているだけで込められた念自体はどこにでもあるものです。妬みや嫉み。今まで解呪してきた『忌み箱』とは、明らかに異なります。あれらには『強烈な憎しみ』が込められていました。相手を殺してやろうという、明確な殺意も。なのに、これにはそれがありません。
呪いを肩代わりしているジャン様が、何かを感じるというのであれば、私はそちらを信じます。
けれど……穢れでないとしたら、私の神聖魔術は効くのでしょうか……?
『分からないの無理はないわ。これに詰められているのは……愛し子ですもの』
「……え?」
ミントの言葉が、理解できません。
「……かつてこの国の王たちに仕え、死して後、呪具として利用された……歴代聖女たちのなれの果てか!」
ミントの言葉を理解できたのか、アンデル殿下が楽しげに笑います。
待って下さい、どういうことですか?! 何を言って――。
「……そんなものの為に……俺の国はっ!!! それをよこせ! 俺が屠ってやる!」
なぜか突然激昂しだしたアンデル殿下が施設長に飛びかかろうとして、ジャン様に制されました!
「ジャン様! 無茶をしないで! ――パック!」
パックにアンデル殿下を押さえてもらい、改めて施設長へ向き直ります。『忌み箱』を大事に大事に両手に抱えています。呪具に対する扱いとしては不自然です。
あんなに強く触れていては、呪いが己に及ぶかもしれません。
彼に、呪具に関する知識がないことは、医療施設の惨状を見れば一目瞭然です。
「施設長、その『忌み箱』をこちらへ渡――」
「これは呪具などではない……っ! これは……これはっ! 私の妻だっ!!!」
――――え?
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