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第二部
25.イミナバコ
しおりを挟む一族郎党を呪い殺すことができるような呪具を宮殿に忍ばせるとは、大胆不敵というかなんというか……。警備体制、一体どうなっているのでしょう?
偽・聖女様騒動以来、この国の王室は落ち着きませんね。
◇
「えっとともかく、フレデリック殿下を呪詛している『忌み箱』がどこにあるのか、分かる?」
『我々が感知できるのは、モニカ様の魂に関連する事柄のみです』
ミントが良い笑顔で微笑みます。
――無理だということですね。では、どうしましょうか……。
『異物と感じる穢れは祓っているのですけれど……』
生き字引にも分からないとは、どういうことでしょう?
今のところはパックが常にフレデリック殿下を浄化し続けているので、小康状態にあるようですが油断はできません。
「たっ助けてくれ……! あんな恐ろしい呪具、お主以外に対処できる者などおらぬ!」
威厳をどこに忘れてきたのですか、陛下。
「お待ち下さい、陛下」
私にすがりつこうとする陛下を制したのは、リシュタンジェル公でした。予想外の展開です。
「それはどのような意味でしょうか。まさか、呪詛返しに娘を利用しようというのではありませんか?!」
「いや違う! そ、そのようなことは……」
聞き慣れない言葉をリシュタンジェル公が吐き出します。
しかし、対する陛下の腰がずっと引けている方が若干気がかりです。あまり追い詰めすぎて、重大な秘密を隠されると面倒なので。
手に負えなくなってから丸投げしてくる権力者など、山ほど見てきました。
陛下とリシュタンジェル公のやり取りに気を取られていると――、
「これは国の一大事です。貴女も他人事ではいられないのではありませんか?」
腰の引けた枢機卿に、高圧的な物言いをされました。
狼の形態を取っているパックに怯えつつも、リシュタンジェル公が陛下の相手をしているすきをついたようです。
頑張りますね。立場的には、私よりも上のお方ですので、侮られてはならないと考えているのでしょう。構いませんよ? 彼の立場ではそうする権利がありますから。ただ、私がそれに唯々諾々と従う義理がないだけで。
地位と権力は、地位と権力に縛られているものからしか守ってはくれないというのに。『枢機卿には絶対服従』などという法律はありません。
――なので。
枢機卿に背を向けて、今にも枢機卿に食ってかかろうとしていたジャン様を振り返り、今後の対策を練ることにしました。
「禁書でも結局、『該当の呪術は危険』という記述しか確認できませんでした。
仕組みも由来も効果も範囲も全てが未知数と考えてよいでしょう」
「精霊たちはなんと?」
ジャン様の疑問に、私は返答に困りました。
私から指示をすれば、解呪はするでしょう。でも、私だって全てを的確に指示できるとは限らないのです。
何しろ、あんな呪術については、つい最近知ったばかりなのですから。
「あの子たちも、異物として感知できるものは排除しているみたいなのですが……」
「呪具の威力が強すぎて精霊が対処できないということは?」
「それほどまでに強い呪術なら、穢れでその位置を特定することができそうなものなのですが……」
やや離れた所から、完全に指示待ち状態に入っている精霊たちを見て、途方に暮れたくなります。『穢れを祓え』とあれだけうるさかったマクマまで、完全に指示待ち状態。
さて、どうしたものか…………。
「この呪い、私に移せないかしら?」
「モニカ嬢?!」
うーん、やはりジャン様が激しく抵抗を見せます。
ですが発生源が不明で、精霊たちには殿下を呪詛している対象を見つけることができない。……私の魂が関与しているのなら、探し出すことができる、と。
『……些末な人間のためにモニカ様の魂を穢すのは……あまり喜ばしいことではないのですけれど』
ミントが人間らしいためいきをつきながら頷きました。
「何を言っているのですか! やめて下さい! 貴女がするくらいなら俺がする!!」
『それでも構いませんよ。彼の魂も探れます。彼の情報は大量にありますので』
――自慢げなミントの発言は軽く無視しましょう。
「ミントが言うには、私でなければ無理らしいので――」
そう言ってジャン様を説得しようとしたのですが……ジャン様の目が……。
「嘘をついていますね?」
「…………」
鋭くなりましたね、ジャン様。でも、こんな危険なことには――――
「貴女が俺に危険なことをさせたくないように、俺だって貴女に危険な真似はさせたくないんです」
「でも……っ」
「おお! そうだ、それがいい! そうしろ!」
忘れていましたが、ここにはアンデル殿下もいるのでした。
「安心しろ、貴様に何かあったとしても俺様が――」
「――死にます」
「は? お、おいっ?!」
「え、ちょ……モニカ嬢?!」
「ジャン様にもしものことがあったとしても、私はジャン様のものにしかなりません。これから先も、ずっとです。それは忘れないで下さい」
だって、元々、貴方のいないこの世界に、私は何の価値も見出していないのです。
意識が途切れたあの日から、ずっと――――……。
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