クズは聖女に用などない!

***あかしえ

文字の大きさ
上 下
69 / 82
第二部

23.聖女の噂4

しおりを挟む

 悲鳴と同時に、人だかりの中央と思しき場所から大量の穢れが吹き出し始めました! ウェルス様の号令で、殿下を囲む集団へ駆け寄ろうとしていた衛兵たちの足が止まります! 集団はあっという間に黒く覆われ、私の視界では確認できない状態となってしまいました! ……前にもありましたね、こんなこと……。

「モニカ嬢! 下がって下さい!」
「え? あの、ジャン様っ?!」
 ジャン様が穢れから私をかばうように構えを取ります!
 気遣いは嬉しいのですが、このままでは彼に被害が及んでしまいます! もう危ない真似はして欲しくないというのに!

 ――周囲の混乱を見る限り、穢れは他の人にも見えているようです。
 穢れも、低濃度では多くの人の目には止まらない。それを考えると、これは非常事態と言ってよいのでしょう。
 視界を遮るほどの穢れが瘴気のように、広く頭上から降りて来ようとしています!

 パニックに陥り、我先に逃げだそうとあがく人々という見覚えのある光景が目の前で繰り広げられています。私が言うにも何ですが、この類いのトラブルは初めてではないはずなのに、経験を生かせていないようですね。

「ジャン様、私は大丈夫ですので、ジャン様こそ避難を――」
「おい、お前っ! 俺を守れ!」
 ジャン様の身を案じている私の邪魔をするのは誰ですか?!

 つかみかからんばかりの勢いで人にものを言ってくるのは、アンデル殿下です。
 彼についても、若干引っかかるところはあります。何かものすごい恐怖を受け付けられてしまったのか、と思うと情状酌量の余地はあるでしょうか。
 アンデル殿下含め、目の前で繰り広げられる喧噪は、収束する気配を見せません。
 自力で落ち着いていただくのは無理そうなので、仕方がありませんね。

【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ龍勅ヲ還セ】
 これは心を落ち着かせる呪文です。
 以前、アントワーヌ様がやらかした際にも使用させていただきました。この場は危険なので、皆様には冷静に避難して頂きましょう。

【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
 これは瘴気を祓う神聖呪文です。
 ですが瘴気化した穢れにも効果があるようなので、これで穢れを祓います!
 効果てき面とは言えませんが、避難のみに目的を絞れば及第点でしょう!

【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ御霊以テ……迷イシ羊ヲ去ナセ!】
 意志の弱い人間を追い払う呪文……なのですが……はい、結構な確率で効いていますね。まあ、皆様混乱している最中でのことですし、意志の強さとは関係ないのかもしれませんね。ええ、きっとそうなのでしょう!
 皆様、静かに出入り口からゆっくりとこのフロアを去って行きます。誘導は衛兵の皆様が何とかされるでしょう。

 ――騒乱の元となっている殿下の下へ急がなくては!
 犯人たちはいまだにあそこにいるのでしょうか? 殿下がどうなっているのか、全然分からないのです!
 再度、高濃度の穢れが殿下の周りを取り囲んでいます。遠くから放った神聖魔法では祓い切れなかったようです。

「おい! みな避難してるだろう! お前も来い!」
 アンデル殿下もこの場に残っていたのですね。この人の性格を考えたら、対比していてくれた方がよかったです。
「ここは危険だろう! おいお前!」
 私に対して叫んでも意味がないと判断したのか、今度はジャン様に向かい――。
「ここは危険だ! 貴様も分かっているだろう! まさか……貴様、自分が助かりたい一心で、彼女を危険にさらす気か?」
 嫌な言い方をされます。
 そんな言い方をしたら、ジャン様が迷うではありませんか。
 ――案の定、ジャン様は言われて少し迷っているようす。私の意思は伝わっているので、それを受け入れるべきか否か悩んでいるのでしょう。

「貴方の価値観に、他人の私を巻き込まないで下さい。貴方と分かり合えなくとも、私は一向に構いません。邪魔さえしないでいただけるのであれば」
 アンデル殿下に向かって神聖魔術をぶっ放したくなってきましたが……今は、それどころではありません。




 彼を放置して、ジャン様と共に殿下の下へ急ぎ、殿下を取り囲む高濃度の穢れに対し、除去魔術を直接打ち込みます!

【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】

 その場のを取り除くことには成功しました!
 視界が良好となり分かったのですが、ウェルス様があの集団からフレデリック殿下を守るように立ちはだかっていました。その手には、が握られています。
 お二人の周囲には、取り囲むように数人の男女がいました。
 膝をつき、苦しげにもだえている数名の女性たち。それと、少し離れたところでその様子を遠巻きにしてうろたえるだけの男性たち数名――。

 彼女たちからかすかに、『忌み箱』の気配を感じます。
 ――そうですね。ふんわりと膨らんだドレスならば、手の平サイズの小箱を持っていたとしても目立ちませんね。
 見目麗しい少女から妖艶な大人の女性まで、多種多少な女性が殿下の周りを固めていたようです。
 誰か一人でもフレデリック殿下の目に留まり、私室へ滑り込むことができれば計画は成功。広い部屋です。手の平大の小箱などどこへでも隠すことができるでしょう。


 『忌み箱』の解呪はパックに頼み、犯人連中を押しのけて、ウェルス様とフレデリック殿下の下へと急ぐことにしました!


「助かったよ、悪いね二人とも。そこにいる女性たちがフレデリック殿下を取り囲んだ直後に、あのような事態になってしまってね。彼には事前に『忌み箱』の話はしていたんだが……これは一体、どういう状況なのかな」

 ウェルス様は若干憔悴されているようですが、お体は無事のようです。
 対する殿下は、少々衰弱が激しく見えます。彼にもたれかかり、辛うじて立っているような状態です。
 背後でパックが破壊活動を行っている音が聞こえてきます。無事、任務完了でしょうか。

「兄上、殿下をこちらへ」
「ああ分かった」
 ジャン様がブローチを使ってフレデリック殿下を治療しはじめました。治癒魔術について、私はまだ修行中の身なので……。

「せっかく借りてきたこの布も、あまり意味はなかったみたいだね」
 ウェルス様が手にしていた光る布ですね……神聖魔術を感じますね。キラキラと光る模様が踊るように浮かび上がっています。
「その布は……神聖魔術ですか?」
「よく分かったね。教会から借りてきたんだ。あの箱を無力化できるようなものが必要かと思ってね」
「できるのですか? それ」
「実物は見たことがないから何とも」

 効果はあるのでしょうか……と考えを巡らせた瞬間でした。再び穢れが発生し始めたのは!
「パック?! 箱は壊したんじゃないの?!」

 殿下及び彼を取り囲む女性たちに再び穢れがまとわりつき始めています!

 殿下を治療中のジャン様も穢れに取り込まれてしまいました!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...