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第二部
23.聖女の噂4
しおりを挟む悲鳴と同時に、人だかりの中央と思しき場所から大量の穢れが吹き出し始めました! ウェルス様の号令で、殿下を囲む集団へ駆け寄ろうとしていた衛兵たちの足が止まります! 集団はあっという間に黒く覆われ、私の視界では確認できない状態となってしまいました! ……前にもありましたね、こんなこと……。
「モニカ嬢! 下がって下さい!」
「え? あの、ジャン様っ?!」
ジャン様が穢れから私をかばうように構えを取ります!
気遣いは嬉しいのですが、このままでは彼に被害が及んでしまいます! もう危ない真似はして欲しくないというのに!
――周囲の混乱を見る限り、穢れは他の人にも見えているようです。
穢れも、低濃度では多くの人の目には止まらない。それを考えると、これは非常事態と言ってよいのでしょう。
視界を遮るほどの穢れが瘴気のように、広く頭上から降りて来ようとしています!
パニックに陥り、我先に逃げだそうとあがく人々という見覚えのある光景が目の前で繰り広げられています。私が言うにも何ですが、この類いのトラブルは初めてではないはずなのに、経験を生かせていないようですね。
「ジャン様、私は大丈夫ですので、ジャン様こそ避難を――」
「おい、お前っ! 俺を守れ!」
ジャン様の身を案じている私の邪魔をするのは誰ですか?!
つかみかからんばかりの勢いで人にものを言ってくるのは、アンデル殿下です。
彼についても、若干引っかかるところはあります。何かものすごい恐怖を受け付けられてしまったのか、と思うと情状酌量の余地はあるでしょうか。
アンデル殿下含め、目の前で繰り広げられる喧噪は、収束する気配を見せません。
自力で落ち着いていただくのは無理そうなので、仕方がありませんね。
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ龍勅ヲ還セ】
これは心を落ち着かせる呪文です。
以前、アントワーヌ様がやらかした際にも使用させていただきました。この場は危険なので、皆様には冷静に避難して頂きましょう。
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
これは瘴気を祓う神聖呪文です。
ですが瘴気化した穢れにも効果があるようなので、これで穢れを祓います!
効果てき面とは言えませんが、避難のみに目的を絞れば及第点でしょう!
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ御霊以テ……迷イシ羊ヲ去ナセ!】
意志の弱い人間を追い払う呪文……なのですが……はい、結構な確率で効いていますね。まあ、皆様混乱している最中でのことですし、意志の強さとは関係ないのかもしれませんね。ええ、きっとそうなのでしょう!
皆様、静かに出入り口からゆっくりとこのフロアを去って行きます。誘導は衛兵の皆様が何とかされるでしょう。
――騒乱の元となっている殿下の下へ急がなくては!
犯人たちはいまだにあそこにいるのでしょうか? 殿下がどうなっているのか、全然分からないのです!
再度、高濃度の穢れが殿下の周りを取り囲んでいます。遠くから放った神聖魔法では祓い切れなかったようです。
「おい! みな避難してるだろう! お前も来い!」
アンデル殿下もこの場に残っていたのですね。この人の性格を考えたら、対比していてくれた方がよかったです。
「ここは危険だろう! おいお前!」
私に対して叫んでも意味がないと判断したのか、今度はジャン様に向かい――。
「ここは危険だ! 貴様も分かっているだろう! まさか……貴様、自分が助かりたい一心で、彼女を危険にさらす気か?」
嫌な言い方をされます。
そんな言い方をしたら、ジャン様が迷うではありませんか。
――案の定、ジャン様は言われて少し迷っているようす。私の意思は伝わっているので、それを受け入れるべきか否か悩んでいるのでしょう。
「貴方の価値観に、他人の私を巻き込まないで下さい。貴方と分かり合えなくとも、私は一向に構いません。邪魔さえしないでいただけるのであれば」
アンデル殿下に向かって神聖魔術をぶっ放したくなってきましたが……今は、それどころではありません。
彼を放置して、ジャン様と共に殿下の下へ急ぎ、殿下を取り囲む高濃度の穢れに対し、除去魔術を直接打ち込みます!
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
その場の穢れを取り除くことには成功しました!
視界が良好となり分かったのですが、ウェルス様があの集団からフレデリック殿下を守るように立ちはだかっていました。その手には、光る布が握られています。
お二人の周囲には、取り囲むように数人の男女がいました。
膝をつき、苦しげに悶えている数名の女性たち。それと、少し離れたところでその様子を遠巻きにしてうろたえるだけの男性たち数名――。
彼女たちから微かに、『忌み箱』の気配を感じます。
――そうですね。ふんわりと膨らんだドレスならば、手の平サイズの小箱を持っていたとしても目立ちませんね。
見目麗しい少女から妖艶な大人の女性まで、多種多少な女性が殿下の周りを固めていたようです。
誰か一人でもフレデリック殿下の目に留まり、私室へ滑り込むことができれば計画は成功。広い部屋です。手の平大の小箱などどこへでも隠すことができるでしょう。
『忌み箱』の解呪はパックに頼み、犯人連中を押しのけて、ウェルス様とフレデリック殿下の下へと急ぐことにしました!
「助かったよ、悪いね二人とも。そこにいる女性たちがフレデリック殿下を取り囲んだ直後に、あのような事態になってしまってね。彼には事前に『忌み箱』の話はしていたんだが……これは一体、どういう状況なのかな」
ウェルス様は若干憔悴されているようですが、お体は無事のようです。
対する殿下は、少々衰弱が激しく見えます。彼にもたれかかり、辛うじて立っているような状態です。
背後でパックが破壊活動を行っている音が聞こえてきます。無事、任務完了でしょうか。
「兄上、殿下をこちらへ」
「ああ分かった」
ジャン様がブローチを使ってフレデリック殿下を治療しはじめました。治癒魔術について、私はまだ修行中の身なので……。
「せっかく借りてきたこの布も、あまり意味はなかったみたいだね」
ウェルス様が手にしていた光る布ですね……神聖魔術を感じますね。キラキラと光る模様が踊るように浮かび上がっています。
「その布は……神聖魔術ですか?」
「よく分かったね。教会から借りてきたんだ。あの箱を無力化できるようなものが必要かと思ってね」
「できるのですか? それ」
「実物は見たことがないから何とも」
効果はあるのでしょうか……と考えを巡らせた瞬間でした。再び穢れが発生し始めたのは!
「パック?! 箱は壊したんじゃないの?!」
殿下及び彼を取り囲む女性たちに再び穢れがまとわりつき始めています!
殿下を治療中のジャン様も穢れに取り込まれてしまいました!
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