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第二部
22.聖女の噂3
しおりを挟む「ほう……お前も来ていたのか、モニカ・リシュタンジェル。こっちへ来い、特別に俺様が踊ってやる」
「結構です」
ジャン様がすぐ隣にいるというのに、どこかの馬鹿が私にそんなことを言ってきました。ああもう、強引に手を取ろうとして来るから……後方へ派手に吹っ飛んでいく羽目になるんですよ。
ちなみに、犯人は狐です。相手が狼ではないからでしょうか? 吹っ飛ばされた殿下が、また元気に起き上がり再戦を挑んできました。
ですが……今度は、ジャン様が立ちはだかったようです。ジャン様は、私の婚約者ですから!
「何をされているのか分かりませんが、おかしな遊びに私の婚約者を巻き込まないで下さい!」
「部外者は黙っていてもらおうか! 貴様には未来永劫理解できないことなのだからな!」
ものすごいドヤ顔で、アンデル殿下は言い切ります。それはアドバンテージにはならないと、何度も言っているはずなのですが。
◇
ジャン様とアンデル殿下が、終わらない戦いを繰り広げている間も、挨拶に訪れ方々はいらっしゃいます。中には、アンデル殿下に紹介してもらおうと近づいてくる方もいるようですが――そのような方には、アンデル殿下は良い顔をしません。
「類は友を呼ぶという言葉を知っているか? 権力に群がるハイエナの如く、醜いなお前の縁者は」
「それは……っ」
そういう連中を疎んじているのは、ジャン様だって同じです。大変な苦労をさせられたことも、私は知っています。
――今思い出しても……腹立たしい……。
「モニカ嬢!」
「え、ええ……大丈夫です」
ジャン様に要らぬ心配をかけてしまったようです。反省しなければ……。
彼が私を心配してくれている間も、アンデル殿下は何が気に入らないのか喚き続けています。一国の王太子がこれでよいのでしょうか。フレデリック殿下とは大違いです。
………………おや? 周囲の雰囲気が変わりましたね。
この独特な空気感は、高貴な方々がいらっしゃる前の、期待と緊張をはらんだもののようです。ですが、一時期と比べ、熱気は少々控えめのようです。色々ありましたからね。
以前は、婚約者がいようが恋人がいようが、そのお姿を一目見ようと若い娘たちは色めき立っていたものです。
王族専用の扉を通りフレデリック殿下が現れると、私たち臣下の者は一度、恭しく頭を垂れました。一礼が終わると、フレデリック殿下の王族の風格を過不足なくただよわせた流麗な挨拶が始まります。
噂では色々と損なわれてしまっているフレデリック殿下の魅力ですが、実物を目にしてしまえば、容易に払拭できてしまうようです。近づけば近づくほど、残念なアンデル殿下とは大違いです。
・
・
・
フレデリック殿下の演説が終わったようです。
フロアには再び音楽が流れ、和やかな雰囲気が戻りました。壇上にいるフレデリック殿下に挨拶をしようと、多くの方々が押し寄せています。
――――? 何でしょう?? 何か、おかしな感じがします。
「モニカ嬢?」
「えっと……何と言いますか……この場で口にするのは憚られるのですが」
しかし、言わないといざという時にご迷惑をおかけするしかできないので。
「誰かが『忌み箱』を持ち込んだようです。それも大量――いえ、これは大勢の人間が何も知らずに持ち込んだ……のかもしれません。パック!」
ジャン様に事情を打ち明けつつ、パックにとりあえず穢れを祓ってもらうことにしました。収容所でも、小さい『忌み箱』であれば、宙の光の精霊であるパックが瞬殺していたので。
「精霊か! ……やはり、お前は選ばれ――」
「アンデル殿下、邪魔です」
殿下が大きな声で何を言おうとしていたのかは知りませんが、この場で『精霊か!』などと発言しないでいただきたい。しかも大声で。
ジャン様はこのフロアにいる貴族連中から、精霊につながりのある人物としてマークされているのですよ! ああ、ほら!
周囲の皆様の視線がジャン様に集中し始めてしまいました! もうっ!!
「きゃっ!」
「わっ!」
「なんでっ?!」
「くっ、くそっ、ここまで来てこんな……っ!!!」
遠くの――殿下のすぐ傍にいる集団から、驚きと怯えが混ざった声がします。
『忌み箱』の気配が少なくなりましたね……。あの人たちは――黒です。
「モニカ嬢、あれは――」
「『忌み箱』を持ち込んだ可能性があります! あの方たちをご存じですか?」
「いえ――でも、ここは離宮です! そう易々と不審者が侵入して来たとは考えられません!」
「じゃあ――」
「その者たちを捉えろ!!!」
――え、この声は……?!
なぜそのような場所にいたのか分かりませんが、近衛が控えている壁際からそう叫んだのは、ウェルス様でした。
彼が身にまとっていたのは近衛の軍服ではありません。
ですが、金や銀といった煌めく装飾品を身につけていないことと、色彩自体が似ていたことから、気付きませんでした。
「兄上?! あ、あの人はなんであんな所に……モニカ嬢、兄があそこにいるということは、あの者たちは確信犯の可能性があります」
どのような信念を抱いているのかは分かりませんが、その行為を正しいと信じている政治犯――ですか。
この離宮に正体不明の不審者が立ち入ることなど、できるはずはありません。まして、この国の王太子殿下のあれほど近くに歩み寄ることなど。
殿下の周囲に集まる人々は、一人の例外もなく貴族らしい煌びやかな装いをしています。王家の求心力が低下しているゆえの行いでしょうか。
無用な混乱を招いたのは、私が中途半端に『聖女役』を買って出てしまったからなのだとしたら、この騒動は私にも責任があるということ。
あの時、私は国の未来のことなど考えてはいなかったから……。
「――それに触るなっ!!!」
聞いたこともない声で、怯えと焦燥と、他の様々な感情が交ざり合った声で叫んだのは、アンデル殿下でした。
あれの恐怖を、その威力を、その絶望を……もしかしたら彼は、知っているのかもしれません。だからこそ聖女を求めるのでしょう。
――私には、関係のないことですが。
アンデル殿下がフレデリック殿下を取り巻く群衆の中へと分け入って、姿が見えなくなって数秒後。
「きゃあああああっ!!」
「うわあああああっ!?!」
――周囲に悲鳴が響き渡りました……!
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