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第二部

21.聖女の噂2

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 リシュタンジェル邸での小規模な社交パーティを無事クリアした私はこの度、離宮で開催される舞踏会へ参加することになりました。

 しかし、それは表向きの話。
 実際は呪詛問題の解決を求められているのであろうことは、すぐに分かりました。

 王宮からの招待状が舞い込んできたとき、あの頃の記憶がないリシュタンジェル公は酷く迷っていました。最終的に私の意志に任せるといった判断をされたようです。



 ◇◆◇ ◇◆◇


「あまりいい予感がしないのは今までの積み重ねがあるからでしょうか?」
 私は隣に座るジャン様にそう問いかけてみました。ジャン様は苦笑して、私の手を取り――、
「楽しめる分は、楽しみませんか?」
 そう言って微笑みます。……弱いなあ、この顔。悪い気はしないんです。
 ……そうですね。楽しめる間は、楽しむことにします。せっかくの舞踏会ですから。


 馬車の中でのそんなやり取りから、私は舞踏会へ少し期待をしていました。楽しいひとときを過ごせるのではないかと。
 ……確かに、楽しいひとときを過ごすこともできました。
 つい先程まで、穢れだの呪いだの禁書だのといった類いのものに、私の認識回路は占拠されていましたから。それが今は、きらびやかなそれに塗り替えられていきそうになっています。
 完全に塗り替えられないのは、まあ……性格のせいでしょうか。



 舞踏家の会場となっている離宮は、外観からして随分とカラフルな代物でした。私がまで目にしてきた建造物は、建材の素材や質感が激しく自己主張しているものが多かったのです。
 だからこのような、水色やらオレンジやら赤やらといった鮮やかな色彩を持った建物は……とても革新的だと評判のようです。
 到着すると、ダンスフロアへ通されたのですが……細やかで美しい紋様が描かれた青い壁紙と金で装飾を施された支柱、白亜の大理石製の床……見た事もない豪奢な造りです。
 ――ですが、小精霊の光を自覚してしまった今は……少々、物足りなく感じてしまいます。人が絢爛豪華な光を求めるのも、ある意味間違った行いではないということでしょうか?



 ――窓の外に……あれは、小離宮?

 会場となった離宮からは、ウェルス様が仰っていた『忌み箱』が見つかった小離宮を望むことができるようです。影響がないと良いのですが――。
 この舞踏会は、王宮内の権謀術数渦巻く催し物だということは理解しています。ですから、ある程度の穢れは想定の範囲内……でしょうか。私自身、穢れに免疫があり気にならないだけの可能性もありますが。
 空が明るい昼間であれば、視覚で異常性を認識できるのですが、夜は真っ暗。でも起きない限り分かりません。
 以前、学園の夜会の時もそうでしたけど。




「メルセンス卿! この度は――」
「メルセンス卿、ワタクシこのような者でして――」
「お時間よろしいでしょうか、メルセンス卿――」

 フロアに入るなり、ジャン様に挨拶をするため人々が集まってきました。
 個人的な付き合いがある方から無い方まで色々と……。

 様々な方がいらっしゃいましたが、彼らの関心事は同じでした。メルセンス領に現れた『聖女様』の噂に興味津々なのです。
 しかも、収容所の一件が面白おかしく脚色されて広まっているようなのです。
『メルセンス領は聖女様の加護がある』と……。

 他領のことはよく知りませんが……どなたも、思っているようです。
『自領に巣くう問題は穢れが原因ではないのか』
『聖女様がいらっしゃれば、全ては解決するのではないか』

 ――学習能力ないのでしょうか?


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