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第二部
18.呪いと聖女3
しおりを挟む突然現れたウェルス様に気を取られている間に――。
アンデル殿下がマリニャック様を懐柔しようとしていたのですが……制裁されていました。――マクマ、ミント、パック、コロロに。
「兄上?! なぜここに……」
「ああ、これを必要としていると聞いてね届けに来たんだ。
ついでに、何か面白そうなことになってるようだから見せてもらおうかと思って」
ウェルス様の手に抱かれていたのは、古く大きな分厚い書籍でした。
光る蛇のような紐で括られています。あの紐は確か、教会図書館の持ち出し禁止を示す印だったはず……勝手に持ち出したのですか? 大丈夫ですか?
「教皇と枢機卿が留守にしていたから、そのまま持ってきたんだけど……君なら解呪できるよね?」
「できますけど……本当によいのですか?」
責任を追及されたりしませんか? ――ああ、なんだか良い笑顔ですね。
当の本人が腹黒く笑っているので、気にせずに解呪することにします。
「では屋敷に戻ってから解呪を――」
「うーん、どこでやっても同じじゃないかな? どうせ、君の精霊が結界を作るんだろう?」
「そう、ですけど……」
ウェルス様が急いで事を進めようとするので、ジャン様へお伺いを立てます。
「――兄上、コトを急ぐ理由をお聞かせいただいても?」
「お前は可愛くなくなったね」
困ったように肩をすくめるウェルス様でしたが、その顔は嬉しそうにほころんでいました。兄弟愛というものでしょうか。よいものですね。
リシュタンジェル公の御子息たちもほとんどが、既に自立してしまっているのでこのような光景を目にする機会はありませんでした。ホーグランドの家は言わずもがな。なので……微笑ましいですね。
「この箱に見覚えは?」
ウェルス様が提示してきたのは、私がたった今解呪した『忌み箱』と同じ形の物でした。大きさは異なります。大きいのです。え、解呪は?
『ご安心を。これの呪いは既に死んでいます』
突然出された箱に、殿下とマリニャック様は大層慌てふためきましたが、ミントの言葉を伝えると安堵から脱力したように座り込んでしまいました。
ですがジャン様は、咄嗟に私をかばうように立ちはだかって下さいました!
それを見て、ウェルス様が笑うから、またしても兄弟喧嘩勃発です。
全員、ウェルス様の腹黒的洗礼を受けたショックから立ち直れていないようですね。中でも……アンデル殿下の様子が、若干気がかりです。
魂に染みついた恐怖が読み取れます。
彼はもしかしなくとも……あの呪いの、被害者なのでしょうか? ミントがおかしなことを言っていましたね。
ジャン様が望むのならお手伝いするのも吝かではないのですが、どうなのでしょう?
「この箱が発見されたのは、王都の主要な観光スポット……愉快な聖女サマがパレードで訪れた場所なんだけどね」
嫌な記憶を……というか、え、それって――。
「いくつ見つかったのですか!?」
ジャン様が驚いた様子で叫びますが、私も同じ気持ちです。少なくとも、私が王都にいた間は穢れの異常を感じることなどできませんでした!
「君がいなくなった隙をついたのかもね」
――ということは、一連の『真の聖女騒動』を知っている人物ですか。
あの、ジャン様とウェルス様、アンデル殿下を疑わしいまなざしで見るのは……。
「俺じゃない!!!」
――はい、分かっています。
◇
廓清パレードの順路をなぞっているというので、てっきり聖女を屠りたい方でもいるのかと思ったのですが。逆に聖女を、あぶり出したいからという理由も考えられますね。
だとすると……私は聖女出現に邪魔だと思われているのでしょうか?
いえ、ただの偶然と考えた方が正しそうですね。私個人はそこまで人の印象に残らないはずです。記憶も消していますし。
ひとまず、ウェルス様が教会から持ってきた禁書の拘束を解くと、早速、中に該当の呪術や呪具の記述がないかを確認しました。
比較的簡単にその記述を見つける事ができました。作成方法から危険度まで、しっかりと書き込まれています。想像以上に、危険な代物と認識されているようです。
こういう人間の見解も知りたかったのです。
ミントはまるで、魔術が施されているけれど『所詮はたかが小箱』と言わんばかりの様子なので。
起源は不明――移民、古代の原住民と諸説あり。
解呪は不可能、箱の大きさによって呪いの威力や範囲が変わる……と。
箱の中には、その……とても恐ろしい物を入れ、呪術をかけたい対象へ贈る、もしくは住処に忍ばせる。
正常に機能していれば、一週間ほどで効果が現れるようです。効果は――物によっては対象者のみならず一族全ての命を奪う、良くて精神を完全に破壊されるだけですむ……といった内容。
――ほら!
精霊たちの話を鵜呑みにしていたら、『事後対応でいいや』なんて思ってしまった可能性を否めません! 危険です、この呪具!
『書物など漁らなくとも、お聞き下さればお答えしますのに』
「人間の見解を知りたかったの。ミントたちの意見は参考にできない」
「モニカ嬢?」
ジャン様の隣で私がいきなりミントと会話をはじめたので、ジャン様が不思議そうにこちらを振り返りました。慌てて彼に事情を説明しようとすると……。
「ははっ! 分からんのか! やはり、貴様には宝の持ち腐れなのではないか?
精霊と心を通わせることすらできない分際で、聖女の傍へ侍ろうなど――」
アンデル殿下が最後まで言葉を継ぐことはできなかったようです。
四精霊にボコボコにされています……。えっと……精霊と心を通わせるという話であれば、アンデル殿下よりも遙かにジャン様の方が、この子たちと心を通わせているのですが……。
うーん、やはり価値観の相違でしょうか。
本当に精霊の力が必要なら、その辺から意識を改善させていかないと、百回生まれ変わったとしても無理だと思いますよ?
「えっと、すみませんモニカ嬢。俺のせいで――」
「全然問題ないです。ジャン様は、いつだって私の言葉を一番に聞いてくれるではありませんか。他の誰も……してくれないことです」
忘れないで下さいね?
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