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第二部
17.呪いと聖女2
しおりを挟む「君などよりも……世の中には、遥かに『聖女』を必要としている者がいると思わないかね? 愛だの恋だのと、そんな些末なもので……君は、彼等から彼女を取り上げるというのかね?!」
◇◆◇ ◇◆◇
収容所は、某火山山麓で採取される火山灰やら石灰やらで生成される、人造石製の、長方形の無骨な建物です。しかし、経年劣化によるものなのか所々明らかにもろくなっている箇所も多くありました。
元々は籠城設備として設計されたのか、窓はないかあってもとても小さく、とても暗いです。けれど建物内に照明設備はありません。松明が用いられているようですが、吸気と排気のバランスが悪いのか有効活用はされていないようです。
そういった様相を呈するこの施設には、治る見込みのない病人たちが収容されている。そんな彼等の看護をするのは、身寄りの無い子供たちや生きる術を持たない……医療知識を持たぬ者たち。
……宜しくないですね、このような構図は。
アンデル殿下は早々に離脱して、馬車の中で待っていることになる――と思っていました。ですが……妙に慣れているようにも見えるのが気になります。
そう言えば、彼は革命の波に呑まれた王族でした。
私の想像など及びもつかない辛酸を嘗めてきたのかもしれません。
だとすると……精霊を求めるのも仕方のないことなのでしょう。
であるならば、なおさら、他者に縋るのではなく己の力で乗り越えなければ、意味がないのではないでしょうか。
だって、彼の下に精霊たちは行こうとしないのですから。
――ああ、そう言えば、先日出会った荒くれ者たちですが、今はこの施設の隔離房に収容されています。若干ではありますが、精神が蝕まれていたようです。
それでも、彼等はギリギリ間に合っていたらしく、過去には、あの場で人生終了となってしまった方々が沢山いたそうです。なぜ、ミントはそのようなことまで知っているのでしょう……。
施設内を一通り見て回り、残っていた『呪具』の『解呪』を行いました。
この建物自体が呪詛となっていた原因の一つに、大量の呪具の存在があったということでしょうか。結果として、呪詛がだいぶ薄まってきたので。
最後の呪具は、一般病棟の端にある倉庫に放置されていました。
ミントによると、この呪具は人間が触れると発動するタイプの代物らしいです。そしてこれは、誰の手にも触れていなかったため呪術は未発動。穢れも漂う程度で済んでいたようです。
確かに、倉庫の周囲は真っ黒状態になっていませんでした。
……私は穢れで視界が黒く埋め尽くされていないと、気付きにくいようです。
精度を上げたいですね。どうしたら精度が上がるのでしょうか?
「それが呪具か?! おい、見せろ!」
――正気ですか?
「モニカ嬢! 触れて大丈夫ですか!? 危険なら俺が――」
――ジャン様、ご心配ありがとうございます。
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
パックにはこの建物全体の穢れを祓ってもらっているので、こちらは自分で行います。小さな小箱ですが、拾った直後はそれなりに重さがありました。中に鉛と水が入っているような感覚も。
穢れを祓うと全てなくなってしまいましたが。
箱を見つけた直後、アンデル殿下が「見せろ! 触らせろ!」と、とてもうるさかったです。くれてやればよかったでしょうか。
「モニカ嬢! 本当に貴女は大丈夫なのですか?!」
「はい。ご心配には及びません」
やっぱり、私の身を案じてくれるような奇特な方はジャン様しかいませんね。
「い……今のは……どういうことなのですか!?」
いつから背後にいたのでしょうか……施設長マリニャック様が驚愕もあらわに私たちを見ていました。
◇
施設長であるマリニャック様は普段、事務室でお仕事をされているようです。
施設長室といった個人の部屋は設けていないご様子。事務室に並べられている書類のほとんどは、未決の請求書でした。
財政難にあえいでいる状態であることは、皆まで聞かずとも分かります。
専門の事務員もいないらしく、書類の整理をする者はいないようです。数々の請求書から始まり、権利書、手続き書、申込書、辞退届、許可証、申請書……多種多少な書類が雑多に放置されています。
医療物資を請求したくても、資金もなければ手配する伝手も人手もない状態のようです。
政治的な話はジャン様と施設長に任せ、私は余計な口を挟まないようにアンデル殿下を通せんぼしていたのですが……。
「あれ、呪具なのか?」
「そう言ってますけど」
どうにもアンデル殿下の様子がおかしいです。
「あの飾り箱……もっと大きなヤツも……あるのか?」
『……あるわよ』
ミントは低い声で答えます。
今まで徹底的に無視し続けてきたというのに、このタイミングで返答をするということは……その事象は無視することのできないものなのでしょうか?
『アンタ…………呪われてるわね?』
知の泉の精霊から夜の闇の精霊にクラスチェンジしたのかと思うほど、暗く艶めく笑みを浮かべています。アンデル殿下への悪感情を抱くのはミントの自由ですが、気になることを言っているので、今は我慢してもらいましょう。
「アンデル殿下、今のはどういう意味なのでしょう? ここでは話しづらいというのであれば場所を変え――」
「そうだな。ちょっと来てもらおうか」
「え――」
アンデル殿下は、純度百パーセントの俺様気質をお持ちのようです。
ちょっと油断すると、こうなってしまうのですね。
「彼女に触れるのは控えて下さい」
殿下が私の手をつかもうとするより早く、いつの間にこちらに来ていたのかジャン様が間に割って入っていました。
――まあ、殿下は結構大きな声で話をされていましたから。それに、彼が辿ってきた変遷を思えば、何かあると思うのも当然のこと。
ジャン様とマリニャック様も、殿下の様子を気にされていたのでしょう。
「あ、あの……貴女は……聖女様なのではありませんか?!」
――なぜこっちに来るのですか? 高貴なるお方に注目していただけませんか?
「いえ、違います。私は慈悲深く国民を愛し、王と共にこの国を守っていこうとは欠片も思っておりませんので」
マリニャック様が固まりました。なんでしょう? 『落胆』や『失望』といった反応には慣れていますが……彼の胸中を推し量ることはできません。
「彼が……いるからですか?」
マリニャック様の視線の先には、ジャン様がいます。
「ならば、君が彼女に諭すべきではないのかね?!」
――――何を、言っているのでしょう。
「君などよりも……世の中には、遥かに『聖女』を必要としている者がいると思わないかね? 愛だの恋だのと、そんな些末なもので……君は、彼等から彼女を取り――」
マリニャック様が、最後まで言葉をつなげることは叶いませんでした。
彼の発言を止めたのは予想外の人物――……
「言葉には気をつけた方が良い。彼女は君が思うより余程、現実的で苛烈だ。
己の立ち位置は常に客観的に見る癖を付けておくといい……見捨てられたくなければ、ね?」
――――――ウェルス様でした。
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