62 / 82
第二部
16.呪いと聖女2
しおりを挟む「汚いな! なんだここは!!」
……殿下、少しはオブラートに包む技術を身につけて下さい。
アンデル殿下、悪目立ちしているようですが大丈夫ですか……?
私とジャン様は教会からやってきた修道士のような顔をして、施設内を見て回ることにしました。前回の視察では、特に穢れが気になった施設外部にあった小屋の処置で手一杯だったので。
そう……あの日は、領内の『穢れ集積所』に異常がないかを確認するため、朝早くから馬車で各所を回る予定となっていたのです。
・
・
・
『モニカ様、近くに『忌み箱』があるようです』
「イミバコ?」
地図で場所を確認しながら、馬車で次なる集積場へと移動している最中。
周囲に漂っている穢れの様子が異常であることに気付きました。ひどく空気が汚れていて咳き込みそうになった……と言えば伝わるでしょうか。
『人間……特に貧民と呼ばれる人間たちがよく作る呪具ですよ』
ミントはどこからこのような知識を得るのでしょうか。まあ、彼女は知の泉の精霊ではあるのですが……。
『あのような呪具は大量に存在しますが、そのほとんどが実際は機能しません。素人が作った代物ですからね。ですが時折……強力な力を持ってしまう物もあります。あれは、その特例に類する物のようです』
領内にそんな危険なものがあるのであれば、これは……放置するわけにはいきませんね!
馬が怖がり、現地へ向かうことができなくなってしまったため、馬をマクマにつなぎ変えました。『自分は馬ではない……』と主張が激しかったのですが、ミントとパックとコロロが問答無用でセッティングをしていました……。
大精霊なのよね……??
……馬車が空を飛びました……。はい、まあ……マクマですから。
目的地が、普通の人々は寄りつかない区画であったことが幸いしたと言うべきでしょうか。大勢に見られて騒ぎにならずにすみました。
身を隠していた荒くれ者が襲いかかってくることもありましたが、コロロ(狐)とパック(狼)が秒で片付けていたので、さほど問題ではないです。
まあ、神聖魔術の人払いを使ってもよかったのですが……。
私もあれから修練を積み、能力のレベルが上がったのか、誰も彼もを退出させずにすむようになりました。
それから、治癒能力も意識的に使えるようになってきました。
まだまだ習得したと言えるレベルに到達することはできていませんが……努力あるのみ、です。
穢れが取り巻いていたのは、荒くれ者たちが占拠していた木板で出来た平屋でした。見るからに脆弱な作りというか……人が住むには耐久性に問題がありそうな建物です。
こう思ってしまうのは、私があくまで貴族に類する人間だからでしょうか?
広さもさほどあるようには思えません。
中へ入るのは危険かとも思ったのですが、穢れの発生源を特定しなければ問題解決とはなりません。
調査中に小屋が潰れないよう『地の恵みの精霊』であるコロロに、今だけ崩れないように特殊加工してもらうことにしました。
小屋内は、荒くれ者たちが占拠していたにしては、やけに綺麗に整理整頓されているのが気になります。本当の拠点はここではないか、若しくは……ここでは安らげなかった、ということでしょうか。
小さなエントランスドアを開けると、廊下が延びていました。
人一人すれ違うのがやっとと思しき狭く短い廊下が。そんな廊下に扉は全部で五つもあります。左右に二つずつ、奥に一つ。
ここは、元々は独房だったのかもしれない……と思ったのは一瞬でした。独房にしては建物が貧弱すぎます。扉の一つを開けてみると、狭い空間にベッドが段状に積み上げられている様子を確認することができました。寝室……でしょうか。
使用人用の居住スペース……なのでしょうか?
え、そうすると……使用人の居住スペースに…………呪いの品が?!
当時の領主はどれほど恨みを買っていたのでしょうか。
突き当たりの部屋にのみ、鍵がかかっていました。頭領の部屋でしょうか?
扉を壊そうと呪文を頭の中で反芻していると――パックが扉を破壊する音が耳に飛び込んできました……。後で直さなければならないかな、と思いながら扉の奥へと視線を送るのですが――――何も見えません。
真っ黒で無効が何も見えない、再び、です!
穢れが強すぎて何も見えません!
穢れを祓う呪文、呪文……と、思い出そうと頑張ったのですが、光属性のパックが穢れを晴らしてしまいました……。
いえ、いいのですが……いいんですけどね? 私もできるのに…………。
呪具はすぐに見つかりました。
扉を壊した部屋には一切の家具がありませんでした。そこにあったのは、手の平大の小箱。木で作られた、正方形の小さな代物。
拾い上げようとして――激しい抵抗を感じました!
その箱から空気がはじき出されているような、体が押し戻される感覚がしました。それも、すぐにパックが中身を燃やし尽くしてなくなりましたが。
瘴気の発生源を無力化した後も、すぐに問題解決には至りませんでした。
濃度は薄くなっているようですが、黒い穢れの流れは健在です。さて、穢れをため込む媒介のような何かがあるはずなのですが……うーん。
頭領の部屋だと思っていたのですが、異様です。長いこと使われていなかったかのように、生活感が全く無い部屋だというのに塵一つ落ちていません。
綺麗? いえ、綺麗とはほど遠い、穢れに満ちた空間です。
まるで……塵芥すら糧として取り込み、増幅し続けているような……。この感覚は、あの、『披瀝灯』の事件の時に感じた、あの感覚ととても似ています。
披瀝灯の中に入っていた頭蓋骨……同様の穢れが発生していた小箱……。
中には一体、何が入っていたのやら。
荒くれ者の意識が戻るのを待って、事情聴取を行いました。
ですが、誰も彼もが『記憶にございません』を復唱していたので……ちょっとシメました。非常事態だったので。収容所には、看護が必要な多くの人々がいるとお伺いしてましたし……。
話を聞いている内に、施設の責任者が現れ――政治的なやり取りに発展しそうな気配がしました。なので、次期領主であるジャン様に話を聞いてもらった方が良いと判断し、早々に切り上げたのです。
・
・
・
――ということになっていたのですよ。
「お待ちしておりました。メルセンス子爵ジャン・コーベル卿」
年の頃は五十半ばでしょうか。
白髪が交じる鈍色の短い髪に、黒を基調とした祭服(神父が着る、くるぶし丈まである詰め襟の制服)の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。
彼の名は、タイタス・エトナ・マリニャック。
彼は、昨今の教会のあり方に疑念を持ち、教会を離脱した元・司祭です。
今でも祭服を身にまとっているのは。『教会に疑念を抱いてはいるが、神や精霊を疑っているわけではない』……という、せめてもの意思表示なのだそうです。
なので……本当に、面倒なんです。この方…………。
0
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる