クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第二部

16.呪いと聖女2

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「汚いな! なんだここは!!」
 ……殿下、少しはオブラートに包む技術を身につけて下さい。
 アンデル殿下、悪目立ちしているようですが大丈夫ですか……?


 私とジャン様は教会からやってきた修道士のような顔をして、施設内を見て回ることにしました。前回の視察では、特に穢れが気になった施設外部にあった小屋の処置で手一杯だったので。

 そう……あの日は、領内の『穢れ集積所』に異常がないかを確認するため、朝早くから馬車で各所を回る予定となっていたのです。
 ・
 ・
 ・
『モニカ様、近くに『ばこ』があるようです』
「イミバコ?」

 地図で場所を確認しながら、馬車で次なる集積場へと移動している最中。
 周囲に漂っている穢れの様子が異常であることに気付きました。ひどく空気が汚れていて咳き込みそうになった……と言えば伝わるでしょうか。

『人間……特にと呼ばれる人間たちがよく作る呪具ですよ』
 ミントはどこからこのような知識を得るのでしょうか。まあ、彼女は知の泉の精霊ではあるのですが……。
『あのような呪具は大量に存在しますが、そのほとんどが実際は機能しません。素人が作った代物ですからね。ですが時折……強力な力を持ってしまう物もあります。は、その特例に類する物のようです』

 領内にそんな危険なものがあるのであれば、これは……放置するわけにはいきませんね!


 馬が怖がり、現地へ向かうことができなくなってしまったため、馬をマクマにつなぎ変えました。『自分は馬ではない……』と主張が激しかったのですが、ミントとパックとコロロが問答無用でセッティングをしていました……。
 大精霊なのよね……??

 ……馬車が空を飛びました……。はい、まあ……マクマですから。

 目的地が、普通の人々は寄りつかない区画であったことが幸いしたと言うべきでしょうか。大勢に見られて騒ぎにならずにすみました。

 身を隠していた荒くれ者が襲いかかってくることもありましたが、コロロ(狐)とパック(狼)が秒で片付けていたので、さほど問題ではないです。
 まあ、神聖魔術の人払いを使ってもよかったのですが……。
 私もあれから修練を積み、能力のレベルが上がったのか、誰も彼もを退出させずにすむようになりました。

 それから、治癒能力も意識的に使えるようになってきました。
 まだまだ習得したと言えるレベルに到達することはできていませんが……努力あるのみ、です。



 穢れが取り巻いていたのは、荒くれ者たちが占拠していた木板で出来た平屋でした。見るからに脆弱な作りというか……人が住むには耐久性に問題がありそうな建物です。
 こう思ってしまうのは、私があくまで貴族に類する人間だからでしょうか?
 広さもさほどあるようには思えません。
 中へ入るのは危険かとも思ったのですが、穢れの発生源を特定しなければ問題解決とはなりません。

 調査中に小屋が潰れないよう『地の恵みの精霊』であるコロロに、今だけ崩れないように特殊加工してもらうことにしました。
 小屋内は、荒くれ者たちが占拠していたにしては、やけに綺麗に整理整頓されているのが気になります。本当の拠点はここではないか、若しくは……ここでは安らげなかった、ということでしょうか。

 小さなエントランスドアを開けると、廊下が延びていました。
 人一人すれ違うのがやっとと思しき狭く短い廊下が。そんな廊下に扉は全部で五つもあります。左右に二つずつ、奥に一つ。
 ここは、元々は独房だったのかもしれない……と思ったのは一瞬でした。独房にしては建物が貧弱すぎます。扉の一つを開けてみると、狭い空間にベッドが段状に積み上げられている様子を確認することができました。寝室……でしょうか。
 使用人用の居住スペース……なのでしょうか?

 え、そうすると……使用人の居住スペースに…………呪いの品が?!
 当時の領主はどれほど恨みを買っていたのでしょうか。

 突き当たりの部屋にのみ、鍵がかかっていました。頭領の部屋でしょうか?

 扉を壊そうと呪文を頭の中で反芻はんすうしていると――パックが扉を破壊する音が耳に飛び込んできました……。後で直さなければならないかな、と思いながら扉の奥へと視線を送るのですが――――何も見えません。

 真っ黒で無効が何も見えない、再び、です!
 穢れが強すぎて何も見えません!
 穢れをはらう呪文、呪文……と、思い出そうと頑張ったのですが、光属性のパックが穢れを晴らしてしまいました……。
 いえ、いいのですが……いいんですけどね? 私もできるのに…………。


 呪具はすぐに見つかりました。
 扉を壊した部屋には一切の家具がありませんでした。そこにあったのは、手の平大の小箱。木で作られた、正方形の小さな代物。
 拾い上げようとして――激しいを感じました!
 その箱から空気がはじき出されているような、体が押し戻される感覚がしました。それも、すぐにパックが中身を燃やし尽くしてなくなりましたが。


 瘴気しょうきの発生源を無力化した後も、すぐに問題解決には至りませんでした。
 濃度は薄くなっているようですが、黒い穢れの流れは健在です。さて、穢れをため込む媒介のような何かがあるはずなのですが……うーん。
 頭領の部屋だと思っていたのですが、異様です。長いこと使われていなかったかのように、生活感が全く無い部屋だというのに塵一つ落ちていません。
 綺麗? いえ、綺麗とはほど遠い、穢れに満ちた空間です。

 まるで……塵芥ちりあくたすら糧として取り込み、増幅し続けているような……。この感覚は、あの、『披瀝灯ひれきとう』の事件の時に感じた、あの感覚ととても似ています。
 披瀝灯の中に入っていた頭蓋骨……同様の穢れが発生していた小箱……。

 中には一体、何が入っていたのやら。



 荒くれ者の意識が戻るのを待って、事情聴取を行いました。
 ですが、誰も彼もが『記憶にございません』を復唱していたので……ちょっとシメました。非常事態だったので。収容所には、看護が必要な多くの人々がいるとお伺いしてましたし……。

 話を聞いている内に、施設の責任者が現れ――政治的なやり取りに発展しそうな気配がしました。なので、次期領主であるジャン様に話を聞いてもらった方が良いと判断し、早々に切り上げたのです。

 ・
 ・
 ・

 ――ということになっていたのですよ。




「お待ちしておりました。メルセンス子爵ジャン・コーベル卿」
 年の頃は五十半ばでしょうか。
 白髪が交じる鈍色にびいろの短い髪に、黒を基調とした祭服キャソック(神父が着る、くるぶし丈まである詰め襟の制服)の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。
 彼の名は、タイタス・エトナ・マリニャック。

 彼は、昨今の教会のあり方に疑念を持ち、教会を離脱した元・司祭です。
 今でも祭服を身にまとっているのは。『教会に疑念を抱いてはいるが、神や精霊を疑っているわけではない』……という、せめてもの意思表示なのだそうです。

 なので……本当に、面倒なんです。この方…………。


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