61 / 82
第二部
15.呪いと聖女
しおりを挟む問題の多かった後見人を片付けたところで、問題の解決にはなりません。
例の収容所についてですが――ちょっと困ったことになっています。
最悪、収容所を一度破壊しないとならないかもしれません。あの場には穢れが染みつきすぎ、一体化しているようにも見受けられました。
あの施設自体が、一つの大きな呪詛となっている状態です。
そのような説明を、本当であればジャン様にのみ行いたかったのですが……。
アンデル殿下は一向に立ち去りませんし、時間は有限ですし、仕方がないので全員の前で説明しました。
アンデル殿下は己の立ち位置をジャン様よりも有利に運ぼうと活動中です。
必死にミントに話しかけ『自分は精霊と意思疎通が図れる』とアピールをしています。ですが、肝心のミントは消えてしまいますし、狼状態のパックは己を見ることができないジャン様にべったりですし……。
この集団の中で、精霊を見ることができるのは、私とアンデル殿下のみなので彼の頑張りを……見届けています、はい。
◇◆◇ ◇◆◇
翌日、問題の収容所へと向かうことになりました。
ジャン様、私、アンデル殿下、そしてその他の護衛の皆様と……なぜか現れた神官の皆様で。
治安に不安の残る収容所の視察ということで、私とジャン様は修道服を身に纏い、護身用の武器を潜ませていましたが、殿下は……いつも通りの服装です。
強盗に襲われても知りませんよ?
私が乗っている馬車に同乗しているのは、ジャン様と神官一名。
アンデル殿下も同乗すると騒いでいましたが、話の邪魔なので追い出すことにしました。彼の目的は騒ぎを静めることではなく、騒ぎに乗じて精霊を手に入れることでしょう。そういう方々は初めてではありません。
ですが――無駄です。
精霊より力が弱ければ彼等の意志には逆らえません。強い力を持っているのであればそもそも精霊の力など必要ないでしょうから……。彼等は毎回、無意味な策を弄しては自滅しています。
そんな有象無象に、他国の王族を入れてしまってよいものか否か。
――今はそれどころではありませんでした。
「『術具』が、異常な穢れの原因……なのですか?」
ジャン様は今ひとつ、ピンと来ていない様な顔をされています。
気持ちは良く分かります。私も、はじめミントから説明された時はそうでした。
術具自体は、誰もが持っているどこにでもある代物です。
もし、全ての術具に『異常な穢れをまき散らす』作用があるのだとしたら、王都は今頃、阿鼻叫喚の巷と化していたはず。
術具は基本的に、足りない魔力の補填や難解な術式を無視して発動できるよう設計されています。生活必需品です!
ミントの見解では、その中に『呪い』という念を入れることができれば『忌み具』になる――らしいのです。随分と身近な存在なのですね……。
「――というわけで、元凶となったこれも術具の一つなのだそうです。
魔術に関する専門的な知識がある者たちが作った代物ではないそうですけど……。
もう『解呪』してあるので安全ですよ」
私はジャン様に、昨日見つけた手の平大の小さな小箱を見せました。
「変わった小箱ですね……ん? あの、これ、どうやって開けるんですか??」
「それ、私にも分からないんです……」
正方形の小さな木製の小箱ですが、開け口がないのです。
中に何か入っていたようなのですが、パックが全て燃やし尽くしてしまいました。なので、謎が謎を呼ぶ謎の小箱なのです。見た目は綺麗なのですが……。
まあ、使いたいとは思えません。
「えっとつまり、これが術具……なのですか? 確かに、我が家にある文献では見た事のない代物ですね。教会には資料があるかもしれません」
「教会……なるほど……あまり行きたい場所ではありませんが、仕方がありませんね。王都へ戻ったら教会へ行ってみます」
「俺も行きます! あそこへ貴女を一人で行かせたくないので……」
ジャン様の、私を守ろうとする強い意志を感じます。
……その節は、大変ご迷惑をおかけいたしました…………。
「俺一人で用を済ませることができたらよかったのですが……すみません」
「謝らないで下さい。ジャン様はいつだって、私のために戦って下さっているではありませんか」
その心配りが、とてもとても嬉しいのです。
「それにしても……専門的な知識を持たなくとも、それほどまでに影響力のある呪具を作ることが可能なのですか? 呪術を発動させて穢れの自然浄化を妨げてしまうほどの威力を持った代物を」
ジャン様はとても興味深そうに箱を眺めています。
呪具だというのに……怖くはないのでしょうか?
「ミントからの情報なのですが……呪いは魔術と異なり、正規の手順は必要ないそうです」
「えっと……」
ジャン様の胸中、お察し致します。
私も、ミントから初めて話を聞いたときは驚きましたから。
だって、それが本当ならもっと呪術は広く普及しそうなものなのに。
「つまり、『偶像』をこの箱に詰めて『アイツが憎い、アイツを殺してやりたい』等と願い続けていると、『呪術の種』ができるそうです。それを術具で成長させ開花すると、『強力な呪術』が完成する」
「まさかそのようなことが……本当に?」
「『偶像』には人体の一部が使われていることが多いとか」
「……っ?!」
ジャン様が青い顔で箱を凝視しています……。
「ミントの知識によると、正規の手順を踏まずに作られた呪具はとても危険な物なのだそうです。『属性』が定まっていないものが多いのだとか」
「属性のない魔術ですか…………あれ? 呪術にも属性があるのですか? 呪術は呪術という一つのくくりだと思っていました」
教会や学園では、呪術について詳しく教えるようなことはしません。知識を自分たちから求めるようなこともありませんでした。高貴な身分にあるような方は、特に。
「『属性』が定まっていないというのが、どういう状態なのか分からないのですが……それはどのような問題が?」
「通常の手段では、『解呪』が出来なくなるそうです」
神聖魔術には解呪関係の呪文も存在します。
その呪文が通用しないか、変化させなければ通用しない……ということらしいです。精霊は全てを無視して焼き払うことができるようですが。
0
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる