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第一部
最終話
しおりを挟む「あの、本当によかったのですか?」
「今更後悔ですか? ……捨てたりしたら呪いますよ?」
「しませんよそんな勿体ないこと。長いことかかってやっとここまで来たのに!
ですが、俺にはやっぱり精霊は見えないし……見える人が側にいた方がいいんじゃないかと……」
「使えない人ばっかりだったので不要です。結局、見えないジャン様がいなかったらあの場は収まりませんでしたし、ジャン様が国民のために動かなければ私だって何もしませんでした。
しかも、今回の騒動の発端はその精霊ですからね……」
私は今現在、あの日逃げ込んだ王都のコーベル邸に住み着いています。ジャン様はこの度新設された<メルセンス子爵>を賜り、学園卒業後は新しく整地されたメルセンス領を統治することになりました。陛下は侯爵位を封爵したかったようですが、ジャン様はご辞退なさいました。
その後、陛下とどのような話し合いが持たれたのかは分かりませんが、ジャン様は子爵位を賜りその一月後、私との婚約が決まりました!!!
妹がかなり騒ぎましたが権力をお持ちの方々が派手に動き回り、一月前、静かになりました。何をされたのでしょうか……。
ジャン様が気にされているのは、聖女であることを皆の記憶から消したことや、ホーグランドの家と絶縁同然で婚約を済ませていること……でしょうか。
私にとってはどちらも価値のないものなのに、本当にジャン様はお人好しですね。
何度となくジャン様には注意しているのですが……私は屑なので、と。
どうにも彼は私を、『心に傷を負った繊細で心優しい少女』と思い込んでいるところがあるようです。私、そんな繊細に見えるようなこと何かしたでしょうか?
コーベル嬢のところで死にかけたアレですか?
やっかいな刷り込みですね。
――ですがそれより!
差し当たって私には重大な問題が差し迫っているんです!
一通りの厄介毎が終わり、来週からは久しぶりに学園へ登校することが出来ます。色々ありましたから学業がおろそかになっていたので一大事です!
学業成績があまりにも悪いと少々恥ずかしいので……勉強しなければなりません!
「そんなに青くなりながら勉強をしなくても問題ないのでは?」
ジャン様は、やはり私を勘違いしているようです! 今までは、社交もせずに勉学へ邁進してきたので、それなりの成績を収めることができてきました。
しかし、今回なんだかんだと学園行事や国政催事に時間をとられてしまったため、勉強時間がかなり削られていました!
……良い成績を取る義務があるわけではありません。これはプライドの問題です! ジャン様の婚約者として、無様な成績を収めるわけにはいかないのです!
「モニカ嬢? どうしました?」
…………。
背後から私のノートを覗き込むジャン様……ち、近い……です。
いや、いいんですよ? 全然いいんですが…………なんだか照れくさいですね。
「あ、ここ間違ってますね」
「えっ?! ……分かるんですか?」
「ええ。一応、兄上から全カリキュラムを予習させられましたので」
……あの人、私が想っていたよりは、かなりちゃんとした<兄>だったようですね。こちらの長兄とは大違いです。
「羨ましいです……ジャン様は成績優秀だったんですね……」
「そうでもありませんよ? お恥ずかしい話、平民に殴られる程度には弱いですよ。特訓中です。モニカ嬢からいただいたブローチは重宝しています」
ばつが悪そうに、恥ずかしそうにジャン様はそう言います。
苦手を克服ですか……今までの私にはない概念です……。
「……私も、癒やしの力を使いこなせるように……頑張ってみましょうか」
「扱えているのでは? 俺のことも癒やしてくれましたよね?」
「そう……なんでしょうか?」
――あれは『非常時だったから』とか、『ジャン様だったから』とか、思い当たる節がいくつもあるので、『使いこなせた』うちに入らないのではないかと。
それに、自分自身のことも、そろそろ労ろうかと思います。
もしかしたら、ジャン様があれほどまでに私のことを繊細だの弱いだの思ってしまうのは、私が己のことを疎かにしていることも、原因の一つである可能性がでてきたので。
「精霊達は……まだ側に居るのですか?」
「今はいませんね。呼べば来るので、用があるのなら呼びますが」
「いえ、結構です!」
そう言えば、纏わり付いてきた問題児達が……呼べば来るのですが、側でイタズラをしていることがなくなりました。
新しい愛し子様でも見つかったのでしょうか?
……齢二十歳に見える黒服の美女やら、二メートル以上の黒い狐やら獰猛な狼擬きやら、禍々しいとしか言いようのない背中から骨擬きが生えている黒い馬が押しかけるわけですね…………………………………………大丈夫なんでしょうか?!
マクマ達はあの姿になってから、性格がすっかり変わってしまいました!
呼ぶと暗闇からすっと現れて、用が済むと恭しく頭を下げて暗闇へすっと消えるのです! ……私は悪の総帥ではありません!!!
しかもあの黒い出で立ちだと、ジャン様にも見えるのですよ!
「俺は気にしませんから、大丈夫ですよ」
と、ジャン様は笑って下さいますが――。
「モニカ嬢の好きなようにすればいいんですよ。誰も、それを咎めたりはしませんし……させません、約束します」
……そ、そうなんですね。誰かに守って頂くというのは、こそばゆいものですね。
――これから、こんな日々が続いていけばいいですね。
「来月には学園恒例の夜会があるようです。今度は一緒に踊れそうですね」
「……そうですね」
――了
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