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第一部
45話
しおりを挟む実を言うと、あの謁見の間で怒りが頂点に達した瞬間から、ジャン様にお声がけ頂くまでの数分間……記憶がないのです。
気付いたらジャン様が目の前にいて、怒りにまかせて行動しようとしていた私を宥めて下さっていました。
精霊達の話によると、私はあの瞬間、完全に精霊を支配していたらしいのですが……私が精霊を支配した? ありえません。
ジャン様の話では、精霊たちはあの人達を殺る気満々だったらしいので、止めていただいて助かりました。でなければ今頃、宮殿は疎か国中、血の海になっていたことでしょう。そうなっていたら……今のこの幸福は確実になかったでしょうから……ジャン様はやはりバカです。
……こんな愚か者を、側に置くと決めてしまったのですから。
結局、当初の予定通り、ミントに記憶除去の薬を作ってもらい、私に関する一切の記憶を、全ての人から取り除いてもらいました。一部の例外を除いて。
私は別に『死にたくなければ私に従え!』と、やりたいわけではありません。
……どうでもよいので。
なので現在、国民の認識上は、真の聖女は現れたけれど国の代表者が怒らせてしまったので雲隠れしてしまった! しかし、聖女は国民を見捨てたわけではないので、日々精進し続けていればこの国は守られ続けるだろう、ということで落ち着いているそうです。
情報操作は、王家と教会の皆様に頑張っていただきました。
あの場にいたのが王侯貴族だけならば、民衆へまで、あのような噂を流そうとは思いませんでした。けれど、あの場にはいたのです! 平民代表の議員が!
平民の皆様が自分達で選んだ議員です!! 貴賤を問わず私は怒っています!!!
◇◆◇
さて、それぞれ色々やらかして下さった皆様の処遇についてですが――。
まず、コーベル公は王命により、爵位を強制的にコーベル公の弟君へ引き継ぐこととなりました。トラブルを起こしたコーベル一族の方々は、とある監獄塔へ終生投獄されることとなりました。王都からかなり離れた、川の近くにある古く小さな城塞にある、政治犯を収容してきた監獄塔です。
――ですが、移送前夜にとある衛兵の助力で脱獄しようとして失敗、コーベル公は己を捕らえに来た軍人と揉み合いとなり、斬り捨てられ絶命したそうです。
コーベル夫人は移送中の馬車の中で、謎の死を遂げられました。私設兵が同乗していたらしいのですが、何があったのかは公にされていません。
結局、監獄塔へ移送されたのは、コーベル嬢ただ一人となりました。
窓も無い薄暗い塔の中で、コーベル嬢は生涯を終えることになるでしょう。
この他にも、コーベル夫人のお友達で、少々困ったことを仕出かしていた方々がいらっしゃったようで、教会に引き取られていきました。
ご婦人方の罪状は春鬻ぎだそうです。隣国の王侯貴族が、主なお取引相手だったようです。そうやって隣国との秘密のパイプを太くしてきたようです。
コーベル夫人のお友達なんて、私にはもう関係ありませんから、詳しく聞く必要はありませんね。罪人は引っ捕らえられた……それだけのことです。
コーベル嬢のお友達、アジェ辺境伯子息とコゼック伯爵子息は、穢れに晒され過ぎて魔力が汚染されてしまったらしく、教会で浄化中とのことです。一月以内に浄化が完了しなければ……教会が責任を持って対処するそうです。
それぞれのご家族にも騒動の責は及びました。
何しろ御子息達を気軽に留学させていらしたので、諸外国に不穏なパイプを作っている恐れがあると見なされ……爵位は強制的に王家へ返上、貴族位を剥奪され平民へ落とされました。苦しくとも大人しく過ごせば一生は安泰のようです。
……彼等に、禄を食む生活が送れるか否かは……想像に難くありませんが。
ガーヌ公は、現在行方不明のため、王も教会も血眼になって探しているそうです。ですが……最近、農道でよく似た背格好の中年男性の……遺体が発見されたそうです。しかし、既に沢山の追い剥ぎに襲撃された後のようで、身元を確認できるようなものは何もなく、顔は何者かに綺麗に剥ぎ取られていたそうです。
……乙女にグロい話を伝えないで欲しいものです。
聖女様は……妹君の呪いが、成就してしまったようです。
逃げ場の無い聖堂内の獄中で、変わり果てた姿で発見されました。何か余程怖い目にでもあったらしく、その形相は……いえ、これ以上は死人にむち打つようなものなので差し控えさせて頂きましょう。
聖女様の取り巻きのお家騒動につきましては、王家に間抜けな訴えをされていなければ無事で済んでいましたが、『全ての責はジャン・コーベルにある』などと訴えていた事実は消えません。
……皆さん忘れていらっしゃるようですが、貴族は元々、王が持つ特権を分け与えられているに過ぎない存在です。王家は以前より、財政難解消の一案として、納税免除者である貴族を減らす機会を虎視眈々と狙っていたのは、周知の事実です。
彼等の家はもう存続できる状態ではなかったようですが――。
故に、今回かなりの数の貴族階級にある人間が、整理されていくこととなったわけですが……その中に、実父ホーグランド子爵も含まれていました。
父の頭脳では、コーベル公の策略に加担することも、嵌まることもなかったわけですが……結局、無能との烙印を押され、代々続く爵位を召し上げられてしまいました。長兄は婿入りしていますし、弟は血筋的に問題ありらしく、継承の許可はおりませんでした。
……領民のためにも、これでよかったのかもしれませんね。
上に傅くばかりで、下の者へ適切な指示を出すことのできなかった父は、人の上に立つのに向いていない人間だったのかもしれません。子爵の一部下くらいが、本当はよかったのでしょう。
まあ、これからの納税生活で私財を食い潰さないとよいのですが……それはもう、私には関係のない話です。
実は、私はリシュタンジェル公爵の養女のままなのです。
リシュタンジェル公の中の記憶が、どのような理屈が改竄されたのかは分かりませんが……これは、私にとってとても都合の良い結果をもたらしました!
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