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第一部
39話
しおりを挟む車寄せで騒ぐ連中をおいて、再びジャン様の部屋に戻ったのですが――。
「――モニカ嬢?! どうしてここに……」
「まだ起き上がってはダメです!」
起き上がりまた仕事をしようとしているジャン様を、慌ててベッドへ促そうとしますが……無理です。力では敵いません。
「事務仕事なら、執事に任せればよいのでは?」
そもそも彼等の仕事ですよね?
「色々ありまして、彼等は関係書類に他の高位貴族の名前があると、萎縮してしまうようなので……」
欲深い連中の魔の手から、使用人を守ろうとは……私の父とはえらい違いです。
「あの、外が騒がしいようですが何かあったんですか?」
「マクマ達がウェルス卿と遊んでいるだけなので、お気になさらず」
「そう……ですか…………」
……? ジャン様、元気がなくなりましたか? 今の流れの何が……?!
「兄上にも、殿下にも……精霊の姿が見えるんですよね。
……俺はどうしたら、貴女と同じものが見えるようになるんでしょうか?
俺は、これから先も貴女を………………ずっと、守りたいのに………………」
――嬉しい。
こんな暖かな気持ちを、心の内に飼うことができるようになるなんて……一年前までは思ってもいなかった。
…………いなかった? 本当に?
「見えていてもいなくても、私をずっと守ってきて下さったのはジャン様です。
ジャン様だけですよ、貴方は変わり者です」
「モニカ嬢……」
別に虐めたわけではありませんが、ジャン様はすねた顔をしてしまいました。それを可愛いと言ったら、今度は口を利いてくれなくなるかもしれませんね。
その後、自分の屋敷へ戻るために姿見の件を謝罪すると、大層驚かれましたがいつでも来て良いと……言ってくれました。
「――モニカ嬢!」
姿見を使用していよいよ帰るぞ! となった段に、ジャン様の様子が少々おかしくなりました。やはりまだ疲れて……?
彼の側に戻ろうとしたのですが、我に返ったようにジャン様は私の帰宅を促しました。「用があるときはいつでも来て」と仰り微笑んではくれましたが、なぜか、優しく穏やかに微笑んでいるジャン様を見て……心が痛みました。
――なぜ? 分かっているはずなのに。
ジャン様は、私をずっと守ることはできない。
私も、ジャン様の側にずっとはいられない――――――――――――――――。
初めて会った時から……八年も前から、それは、分かっていたはずなのに……。
◇◆◇ ◇◆◇
教会から正式に聖女の件についてお話をいただいたのは、ジャン様が倒れてから三ヶ月後のことでした。教会のお偉方が我が家へやって来た際、父となぜか妹まで舞い上がって……二人そろって枢機卿に追い出されていました。
この期に及んで「わたしが本当の聖女!」説を披露するとは思いもしませんでした。父も妹も,他人から向けられる視線にあそこまで鈍感だったとは……。
私にもあの血、流れているんですよね…………最悪です。
我が家の礼拝堂で詳細をお伺いしたのですが…………随分と根回しの良い話に、思わず感嘆半分呆れ半分といったため息をもらしてしまいました。
全国民へ向けて正式通達、適切な高位貴族の家への養子縁組、聖女としての特権諸々の制定、そして王太子殿下との婚約……全て一月以内に済ませるらしいです。
「浮かない顔をされていらっしゃいますね? 何か問題でも?」
見知らぬ聖職者が、私の機嫌を平身低頭にして伺ってきます。
「…………いえ。私がお願いした例の件はどうなっていますか?」
「既に取りかかっております。一両日中には片が付くでしょう。良き報せをお届けすることができるかと」
「なら………………何も、問題はありません」
恭しい態度ですね。なぜでしょうか、私が只の子爵令嬢で、取るに足らない下位貴族の小娘である事実は変わらないというのに。
私が例の件――コーベルの期間限定での実質的な後見――をお願いしたのは、一週間前のこと。法に則った平和的なやり方で彼の身の安全を保証する、それは私にはできないことです。
彼に仇なす者を皆殺しにする――――――そんなことでは、彼の心の平穏を守ることはできない。
私は国を守りたいなんてさらさら思っていないのに。
清廉潔白で慈愛に満ちあふれた聖なる乙女とは決定的に違うのに。
未だに本当の聖女は別にいるんじゃないかと思っているのに。
思っているのに……なろうとしてる。
民を王を国を神を精霊を謀ろうとも、もう何とも思わない。
私が救いたいのも欲しいのも…………………………たった一人だけだから……。
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