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第一部
38話
しおりを挟むジャン様が怪我をしてから、意識を取り戻すまでの約二週間の間に――。
まず、ジャン様を襲った連中の詳細が分かりました。
私が彼等に望むことはただ一つですので、処遇は当事者であるジャン様にお任せすることにしました。
ウェルス卿は、私が彼等に何をするのかを見たかったようですが、見せませんよ?
以下はさらに後の事になるのですが――。
プランケット領・カルツ領・リンネ領・パリノフ領は、一旦、王家へ返還されることになったようです。詳細は分かりかねますが、御子息がコーベル邸へ押しかける前の段階で既に、御家は存続不可能な状態にあったようです。
事が事なだけに、親類縁者も表立って異を唱えることは憚られたご様子。
そして、元凶四人組の行方はようとして知れないまま――捜索は間もなく打ち切られました。
ジャン様の傷は完治しているはずなのですが……未だに、目を覚ましません。
なので、ジャン様へ無体を働いた民衆は、コーベル管理下の牢に繋がれてます。私設衛兵用の寄宿舎がある敷地内に監獄塔があり、そこに幽閉されているのだそうです。
◇
『賢者の石にある治癒の力は、体と魔力しか治せないんだ……』
マクマがジャン様の枕元によじ登り、心配そうに顔を眺めています。時折舐めてみているようですが、心労は癒やせないようです。
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ彼ノ者ヲ和セ】
……この術をかけないと熟睡できないようです。心理的疲労なのか、肉体的疲労が原因なのかは分かりません。
賢者の石と神聖魔術は、やはり異なるのでしょうか?
神聖魔術は思念で強さが変わる類いの魔術ですから、心労にも……いくらかは効果が見込めるようです。
――もっと早く、くればよかった…………………………我慢する必要なかった。
――「ジャン・コーベルは? ……なら起こせ! こちらは忙しいんだ! 子供の遊びじゃないんだよ。お前らのような賤民には分からんだろうが――」
部屋の外から、使用人と思しき礼儀正しい綺麗な声と、客人らしい横柄なダミ声のやり取りが聞こえてきます。……随分近いですね?
「来客のようです。すみませんが少々失礼させていただきます」
「はい」
背後でジャン様、精霊、そして私を観察していたウェルス卿が慌てて出て行きました。ジャン様が負傷しているというのに、五月蠅く騒ぐ客ですね。
――「君は忙しいだろう? 弟君と話をさせてもらえれば……」
――「いや、先日弟君と話をさせてもらった件でね……」
――「だから、弟君を…………」
……悪意を感じます。倒れて弱っているところを、一気に叩きのめしてしまおうと言う悪意を。……おやおや、流石屑ですね! 彼は私と同じ――屑ですね?
ウェルス卿が出て行った廊下へ通じている扉を細く開けてみると――。
「モニカ…………モニカ・ホーグランド!!! おおっ!
貴女が新しい聖女様ですな! お初にお目にかかります、わたくし――」
迷惑な客人は、ジャン様の私室の前まで来ていたようです。勝手に人を聖女呼ばわりして、自己紹介まで始めました。心の内が手に取るように分かります。
年の頃は、五十前後と言ったところでしょうか。
――陛下の命も待たずに、十代の爵位継承者ですらない子供を相手に、領地をかすめ取ろうだなんて…………犯罪ですよ?
話題のコーベル公の領地なら、混乱に乗じて好きにできる……とでもお思いになったのですか? ……あら? お顔の色が優れないようですね?
――どうされました? 祓って差し上げましょうか…………?
◇◆◇
――――お客様は速攻でお帰りになりました。
「あははっ! 君がいると楽でいいね! 聖女にあるまじき殺気だけど」
車寄せからお客様のお帰りを見送りながら、ウェルス卿がそう笑いました。明るい日の下で見ると、彼の顔もそれなりにやつれているのが分かります。
「私は聖女ではありません。当然、殺意の一つや二つは抱きます。それより……ずっとあんな調子だったのですか?」
「うん。……ジャンは、根が真面目だからね。ついでに理想主義者で要領も悪い」
「そこまで言わなくても……」
「そんな弟だから……好き?」
「…………」
「君がどれほど拒絶しようと近い将来、君は聖女に任命されるだろう。そして、否応なしに宮廷の権力闘争に巻き込まれることになる。
君が従えているのはただの精霊じゃない。<大精霊>に<いにしえの精霊>だ。
加えて君は致命的なまでに……………………危うい」
「何が仰りたいのでしょう?」
「君にはジャンのような理想主義者よりも、君の特性を理解し、君を支え導くことができる人間が必要だと思――」
『――近い』
ミントがウェルス卿の顔面を踏みつけながら現れました。
確かに、ウェルス卿近いですし言っていることも可笑しいですし、少々身の危険も感じました。ウェルス卿の顔面に足をめり込ませるのは如何なものかと思いますが、今回は不問に処します。やはりミントはマクマより頼りになりますね……。
しかしウェルス卿はまだめげてはいないようです。痛むだろう顔を押さえながら、再びこちらへ向き直り――――。
「僕と結婚しませんか?」
「え、イヤです」
「即答します? 普通」
「この場合、普通に速攻でお断りする確率の方が高いですよね? 家に持ち帰る必要すらありませんよね?」
「なぜです?」
「コーベル公の後継者と一子爵家の小娘が結婚など、できるはずがないではありませんか」
「貴女は聖女だというのに?」
「だから違うと……………………仮に! そうだとしたら、尚更無理ですよね?」
「先に既成事実でも作っ――」
ウェルス卿は現在、マクマ、ミント、パック、コロロにシメられています。
来世では善行を積んで徳のある人物を目指すと良いと思います。
――最近、サークレットがまともに動作しません。私の心は、これほどまでに荒れ狂っているというのに――。
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