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第一部
35話
しおりを挟む――毎日毎日、目障りな程に大量の厚顔無恥な輩が、私を囲い込もうと我が家に押しかけてきます。そんな来客の立ち居振る舞いは、父の陳腐な自尊心を大いに満たしてくれているようです。私は居留守と人払いの魔術を用いて、きな臭い方とは接触しませんが。
そもそも、彼等は事前連絡を無しにやってきているのですよ? 馬鹿にされているのです! 下に見られているのです! そしてそれに気づきもしない愚鈍の輩として、父を陰で嘲笑っているのですよ……。頭が悪いとは言いませんが、少しは落ち着いた対応を心がけていただくだけで、それなりの対応をしていただけるはずなのですが?
そんな彼等の目の前で、明らかに私に居留守を使われているその場で。
「娘の我が儘などワタシには通用しませんからな! ご安心ください! わっはっはっ! 早く開けんか! 愚か者が! 身の程をわきまえんか!!!
……いやいや、娘はワタシを恐れているようですな! 小さい頃から厳しく躾けてきましたからなぁ。なに、ワタシには絶対に逆らいません。わっはっはっ!!」
「皆様! 本日は態々遠くからお越し頂きましたのに、姉が無作法ですみませんですわ! その分、わたしがおもてなしさせて頂きますわ!」
「そうですな! 皆様、そうして下さい! ワタシの娘です! 気立ても良く美しく……自慢の娘なのです!」
「皆様、我が儘な姉の代わりにわたしがお相手しますわ!」
――と、父と妹が宣っているのを聞いたときには目眩がしました。これが相手を圧倒するための演技ならば大した物です。
コロロが父と妹の顔に、一生取れない鉄仮面を付けようとしはじめたので、止めるのが一苦労でした! アンタ、私の屑さを矯正しに来たんじゃなかった?!
家人には忠告をしたこともあったのですが……。
「お前は物の道理が分かっていないのだ! そんな醜い形で何を勘違いしている! 父はお前の無価値さを分かっているから言うのだ。全く! 本当にお前は使えん娘だ! お前のような虫唾の走る醜女が聖女だと? 馬鹿馬鹿しい! お前はこの父の言う通りにだけ動けばよいのだ! 口答えなど、十年早いわっ!!!」
父の拳が飛んでくるかな……と思ったのですが、コロロが作った見えない壁によって阻まれたようです。骨が折れる音がしました。ご愁傷様です。
この父も相当アレな性格をしているのですが、驚いたことに穢れは通常の範囲内にとどまっているのです。真性です。父は、真性のアレなようです。近いうちに勝手に自滅しそうなので残念です。
そして妹については――。
「ねえ、父さま! 思ったんだけど、わたしが聖女なんじゃないかしら!? 同じ家に住んでるから皆勘違いしているのよ! やだっ! 父さま、早く王様に言ってきて! わたし、王子様と結婚するのかしら!? かっこよくて素敵なのよね、あの王子様……」
一瞬、この子が聖女でも良いのではないかと思ったのですが、それでは前任者の二の舞になってしまうのでダメですね。父がああでも、妹がしっかりしてくれていれば、まだ救いはあったのですが……。
長年こちらの動向など気にも止めなかった長兄が、利用する気満々でやって来たので叩き出しました。兄は年若くはありますが、周りの大人に恵まれているのか、今のところは父のミニチュアにはならずに済んでいるようです。
しかし、利用価値が出てくれば速攻で気にかけてくる辺り、屑に定評のあるホーグランドの血を感じますね……。
◇◆◇ ◇◆◇
『モニカぁ、行ってきたぁ! ピカピカにしてきたぁ!』
「よしよし」
パックには日替わりで各集積場を回り、穢れを消去してもらっているのですが……民衆の目に精霊の姿は見えていないはずなのに、「真の聖女が現れた!」と噂になっているのです。姿見で確認したところ、「ホーグランド子爵令嬢」と名指しで認識されていました………………最悪です!
騒がれるのが嫌だから、パックに行ってもらっているというのに!
例のパレードの際、私は修道女の恰好をしていました。
なのに、なぜバレているのか……。父が余所で吹聴している可能性がある以上、動きを封じたくはありますが、父の職務内容を完全に把握しているわけではないので、それは得策ではないでしょう。兄はこれを好機と見ている節がありますし。
『人間って大変だねぇ。ねぇねぇ、今日はジャンは来ないの??』
――今日はマクマが催促をしてきました。
実はここ数週間……下手すると二ヶ月近く……ジャン様はお忙しいようで学園にも顔を出していないのです。心配です。
父は、城の地下牢に捕らわれたままのコーベル公を気遣うことは出来ても、現在職務を担っていると思われる、年若いジャン様やウェルス卿を労ることはできないようです。
『お二人ともお忙しそうにしていました!』
「……ウェルス卿も?」
『あのヤロウもです!』
ミントは徹底的にウェルス卿を嫌いになってしまったようです。コロロもそうなので、パックとマクマは……面倒なヤツ程度で収めてくれると……助かります。
『ジャン様は……ちょっと大変そうです』
そういうミントの様子が少々おかしかったので、全て吐かせると――。
コーベル公が投獄されると同時に、まず近隣領主による、詐術を弄した領地搾取の危機に晒されたようです。ウェルス卿が対処されているそうですが、敵も然る者、謀略に長けたウェルス卿より年若いジャン様の隙を虎視眈々と狙っているようです。
それ以外にも、コーベル嬢や前聖女様が起こした騒ぎによって、実際に損害を被った領民への賠償金支払いの最中、横やりを入れ我先にと多額の金銭を要求してくる貴族との、虚虚実実の駆け引きのせいで精神的にかなり疲弊しているようなのです。
行き過ぎた叱責が時に暴力となって、ジャン様に向けられることもあるといいます。それについては、精霊製ブローチの効果が働き無傷で済んでいるようですが、ジャン様はそれについても、守られているのは心苦しいと感じているようなのです。
こんな状況ですから、尚のことブローチは肌身離さずにいて欲しいです。
長い――――本当に長い間、ジャン様にはずっと支えられてきました。ですから、今度は私が! 何か、彼のためにできることをしたい。
姿見でコーベル公領の民の声を聞いてみましたが、危険な声はありませんでした。どれも、ウェルス卿とジャン様の働きを讃える声ばかりです。
中でも、コーベル嬢の後始末の為に身銭を切ったことは大変評価されているようでした。「事実を隠蔽されるかと思ってた」やら、「賠償してくれるとは思わなかった」等の声多数です。
コーベル公の評判は、さほど悪くはないと思っていたのですが、平民と貴族の間には、やはりそれなりの隔たりがあったようです。
では、今のジャン様を取り巻く悪意について検索をしてみると――――なんということでしょう!!!
分かりません。なぜ、彼等が率先し尚且つ被害者面で、全責任をジャン様に押しつけようとしているのですか? 頭が可笑しいのですか?
アジェ辺境伯、コゼック伯爵……コーベル嬢のお友達のお二方の御尊父が、全責任をジャン様に押しつけるような物言いで叱責しています!
(『貴様の姉君だろう! なぜこうなる前にお止めしなかったのだ!』)
(『民衆を守るために息子が怪我をした! 貴様は何をしていた?!』)
(『貴族の恥さらしが! 貴様には貴族の矜持がないのか!』)
(『貴様に聖なる剣など分不相応! 我が息子にこそ相応しい!』)
(『ホーグランドの娘と親しいのだろう? 伝を寄越せ!』)
(『貴様の側にいたのでは、真なる聖女様が穢れるわっ!!!』)
ご自慢の御子息が、あの場で優雅に裁判ゴッコをされていた事実を、ご存じないのでしょうか。寝言は寝ながら言うものです。重度の睡眠障害にお困りのご様子。
私が、治して差し上げましょうか――――?
しかも、このお二方が他の貴族を先導して、コーベル家を潰しにかかっているようです。それに……プランケット伯爵、宰相(カルツ侯爵)、リンネ侯爵、バリノフ子爵が便乗しているのはどういう了見なのでしょうか?
アベル卿、テオーデリヒ卿、グスタフ卿、エドアルド卿の御尊父等は、リュクレース・ガーヌに騙されたのはジャン様が裏で手を引いていたからだ、などと王家に訴え出ています!
良識ある大人の方々だと思っていたのですが……結局は、問題児の製造元。
御子息達は、それぞれの屋敷で謹慎中のようです。アジェ辺境伯子息とコゼック伯爵子息は、投獄されてもおかしくないと思っていたのですが……どういう判断が為されたのでしょうか。
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