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第一部
31話
しおりを挟む「きゃああああっ!!!」
皆が虚を衝かれ呆然と立ち尽くしていたその中で、最も早く正気を取り戻したのは……聖女様でした。彼女は甲高い悲鳴を上げると馬車から飛び降り、一目散に逃げ出しました。
そこから更に一呼吸置いて、周囲に悲鳴が響き渡り沿道に詰めかけていた人々が一斉に無秩序に逃走をはかりはじめました。……大混乱です! 逃げ惑う人々から新たな穢れが大量に生み出されています!!
「逃げましたわ! やっぱり……コレは、あの子の罪の象徴なのですわ!!!」
歓喜に満ちあふれるコーベル嬢のご様子が見受けられます。
どのような教育を受けるとあのような精神となるのか……ある意味<強い>と言えるのかも知れませんが、彼女の目には怯えて逃げ惑う民衆の姿が映ることはないのでしょうね。
――永遠に。
「マクマ! 心を落ち着かせる呪文なんかない?!」
『――<龍勅ヲ還セ>です!』
『何だっけっ?!』とパニックになっているマクマに代わり、答えたのはミントでした! 今日のミントは輝いています!
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ龍勅ヲ還セ】
効果覿面だったようです。穢れの増産に歯止めはかけられたようです。
「モニカ嬢!」
「――え、あ! 何をして――」
「貴女も逃げて下さい! 早く!」
いつの間に馬車から降りたのか、ジャン様は率先して逃げ惑う人々の避難誘導を行っているではありませんか! 流石です……。
諸悪の根源連中は未だ王宮前広場で呆然としているだけだというのに……!!
「ジャン様も逃げて下さい! 危ないので――」
「……俺はコーベルの人間です…………これ以上、罪の無い人々を傷つけるわけにはいかない……!」
私の背後を睨みつけるような視線に、その先にウェルス卿がいるのが分かりました。その瞳は、「貴方はそこで何をしているのか」と訴えかけていました。
姉君を止めるでもなく、民衆を逃がすでも無く、ただただ悲嘆に暮れているだけのウェルス卿に――。
『ジャンにはぼくがつくから大丈夫だよ! ジャンにコレを渡して!』
言うが早いかコロロが口から光る大きな剣を出しました。
……すっごい注目を浴びています……コロロの姿は見えなくとも、剣はこの場にいる全員に見えているようです?!?! ――今は時間ないので!!!
「ジャン様! 危なくなったらこちらお使い下さい!」
「え、あの、モニカ嬢これは一体……?!」
「すみません! あの、全部終わったら説明しま――――」
「どいてよっ! どきなさいよ!!! あたしを誰だと思ってるの?!」
「そ、そうだ、聖女様だぞ! お前ら平民如きとは命の価値が違うんだよ!」
「どけ! 殺すぞ!」
「邪魔すると斬り捨てるぞ!!!」
……ジャン様が民衆のために身の危険も顧みず避難活動を繰り広げている目と鼻の先で、なんとも何とも残念なやり取りが繰り広げられていました。
非常時だというのに、あまりの様子に脱力してしまいそうです。
「あたしじゃない、あたしじゃないっ! あいつらが勝手にやったのよ!
あたしは何もしてない!!! あたしは悪くないっ!!!」
聖女様が何を言っているのかは分かりませんが、今はあの化け物の対処を先に……と思ったのですがあの化け物、聖女様を追っている?
――まずい! このまま聖女様が民衆を押しのけて逃げ続けると、確実に押しのけられた民衆が化け物の餌食になります!
しかも民衆もそのことに気づき始めたようです。冷静さを取り戻させたことが災いしてしまったのかも――。
聖女様を追いかける骸骨の一体が逃げ惑う民衆に突っ込んできます! 周囲から悲鳴が起こる中――ジャン様は迷うこと無く私から受け取った剣を手に突っ込んで行きます! そんなジャン様をコロロが追いかけていきます。
「ジ……ジャン……? わたしを助けに来てくれたのね! ジャン、ジャン!
わたしはここよ! わたしを助けて!! そいつらなんかどうでもいいでしょ?!
わたしが好きでしょ?! ここから連れ出してくれたら、ジャンを一番愛してあげる!!!」
狂喜乱舞する聖女様のそのご様子は、不気味ですらあります。人々を守ろうとするジャン様の邪魔をしなければよいのですが――。
『モニカ! ジャンは大丈夫だから、あの大きい顔をこわしましょう!』
――そうでした! 今はこちらを優先しなくては!
コーベル一派のいた場所は、既に穢れに覆われていて私には一寸先も見えない状況となっています。ですが恐らく……向こうからは普通に見えるのでしょうね。
ですが、穢れを祓わないと何もできませんし………………ここは、致し方ありません。……後でミントにでも記憶を改竄する呪文か何かないか、聞いてみますか。
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
……成功。穢れは一時的になくなり、一味の姿が良く見渡せます。
皆様、地べたに座り込んで何をされているのですか? この国で一番古くから存在し、一番高貴なお家に連なる皆様が。
「……お……お前……」
さて、貴方はコゼック伯爵子息でしたか? それともアジェ辺境伯子息? 名乗ることも意味のある言葉を紡ぐことも出来ないようですね。
戦力になりそうもないので一味をこの場から連れ出して下さい、ウェルス卿?
ウェルス卿は私が言葉を発するより早く、意図を把握してくれたようで安心しました。コーベル公、彼が最後の砦のようですね?
――『ォ姉…………チャ………………許サ……ナ……ィ』
聞き覚えのある声が、披瀝灯の中からします。神官様から取り上げて中を検めると……………………………………納得です。
それで頭だけがあんなに大きく……。
――憎いのなら、報いを与えたいと言うのなら、そうさせてあげてもいいと考える自分がいます。無関係な市民を巻き添えにしても? ……そう。仕方がない。
それも運命なら受――――――――――――――――――……危なかった!!!
――行きます!
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
……断っておきますが、これは即死魔法ではありません。一撃必殺ですが。
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