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第一部
22話
しおりを挟む「これを……頂いて……よいのですか? 本当に?」
「はい。日頃のお礼です。お気に召しませんでしたか?」
「いや! ……ありがとう、本当に……嬉しいです」
ジャン様は、とてもとても喜んでくれました。
露天商の粗末な物だと言って渡したのに、それでも喜んでくれました。早速制服につけてくれました。改めて考えると……恥ずかしいですね。でも、嬉しいです。
私からの贈り物が、ジャン様の胸に輝いてるわけです。
……………………………………何とも言えない、気恥ずかしさが……!!!
パックとコロロがにやつきながら出歯亀しているのが少々しゃくですが、二人の功績なのでお説教は勘弁してあげます。
渡す際のやり取りで、私が異性にこのような贈り物をするのが初めてだとばれてしまいましたが、彼は嘲笑することなく楽しげに微笑んでくれました。
◇◆◇ ◇◆◇
まず、パレードの順路が発表された際に――。
次は、パレードに同行する面子が発表された際に――。
他は、パレードの警備体制のため、追加徴税があった際に――。
後は、パレードの沿道を意味なく飾り立てられる工事が始まった際に――。
とどめは、パレードの当日の流れが公表された際に――――人々の間に徐々に、聖女様に対する不信感が芽生え始めているようでした。
(『なんだこのルート? 王都の華やかな場所や観光名所ばっかり……聖女様、何考えてんだ?』)
(『なんで同行者に神官様がいないんだい?』)
(『連れ立つのは御貴族様ばっかり……おかしくない?』)
(『なにこの工事? 意味あるの?』)
(『外灯をお洒落な物に変えることが、廓清……なの?』)
(『ねえ、あの聖女様って学校の浄化実習から我先に逃げ出したらしいよ?』)
(『え……うそ……まさかそんな…………』)
――民衆の声がよく耳に届くようになったのは、ミントが自室の姿見におかしな細工をしてからのことです。その地に住む人々の噂話や集合的無意識の声が、鏡から聞こえてくるようになりました。対象の地は、好きなように指定できます。
そう言えば……ホーグランド領は貧乏ではありますが、比較的農耕生産量が安定しているため民衆は概ね平穏な日々を送っているようで安心しました。
領主の無理難題は、悉く天変地異で退けられているらしいです。
さて、問題はこれらの声ではありません。
今も、自室で姿見に向かってチャレンジ中なのですが――。
先日よりマクマに言われて気にかけていた、王都から遠く離れた風光明媚な田舎町の集合的無意識が不穏な上に雑音が多く……少々気がかりなのです。
(『この村には……来てくれないのか……もう……おしまいだ………………』)
映像として見ることもできるのですが、真夜中の光景なのでしょうか? 暗くて何も見えません。
『暗いんじゃなくて穢れが多いんだよ、この間と同じ。ボクたち単体じゃ近づけなくなっちゃったし』
「え……単体じゃ行けない? どういうこと? アンタ達好きなところに自由に出入りできるんじゃないの?」
『人間だって不衛生な場所に出入りしてたら、病気になっちゃうでしょう?!』
「……精霊って穢れるの?」
『当たり前だよ! ボクたちだって生き物なんだから!!』
マクマの言葉に、ミント、パック、コロロも同意するかのように頷いています。
『気になる? 行く? 行く?? 祓う? 祓っちゃう?!』
マクマの尻尾が、千切れそうな程に揺れていますね……。「行け! そして浄化しろ!」という無言の圧力を感じます。
他の三名からも、期待に満ちた眼差しが……。
そういうお願いは、聖女様にしなさいと何度も――――。
(『どうしたらいんだ…………俺たちはもうおしまいだ………………!』)
――マ、マクマ達の視線が痛い……こんな場所も不明な田舎町を、私にどうしろと?! どこの街でも村でも、大なり小なりのトラブルはあるものです。
苦しみしかないならいっ――――――――――――痛痛痛痛痛痛痛っ!!!!!
「――分かった分かった! 行きます! ここどこなの?!」
『ここ!』
……姿見の映像が、地図に切り替わりました。本当に、この子達は人の家具に何をしてくれているのでしょう?
「六日目に泊まる街から近い……ここなら、聖女様の観光中に処理できるかな?」
『うんうん!』
……マクマの思惑通りになっているようで、何だか癪なので犬のようになっている尻尾をぐしゃぐしゃにしてやりました。
抗議の声が上がりましたが、すっきりしました!
……まあ、どうせ聖女様が観光中、お世話役の私は暇ですからね。
本来、パレード中の聖女様の身の周りの世話は、見習いの修道女が行うのがしきたりです。――が、聖女様の常軌を逸した我が儘っぷりに倒れる者が相次ぎ終に、私に御鉢が回ってきてしまったのです!
どんな我が儘を言うと修験者を寝込ませることができるのか……ジャン様の様子が気がかりではありましたので、この提案は私にとって渡りに船ではありましたが……。
ただ、話を持ってくるのなら、屋敷ではなく学園でしていただきたかったです。
父は私が一週間程度、家を空けたところで気にも止めません。前にうっかり一月の間、人払いの魔術をかけっぱなしにしてしまったことがあるのですが、誰一人気づきもしませんでしたし……。
コーベル派を自称する父にとって、私がガーヌ公爵家のご令嬢に媚を売るような真似をしていることは、この世の終わりのような大問題だそうです。
教会からの使者にいい顔をして、二つ返事で了承したのは父であるのに、あれから毎日、私に無意味なお小言をぶつけてきます。意味が分かりません。
使用人を御すこともできない名ばかり子爵は黙っていれば良いと思います。
しかも最近、「混乱に乗じて死んでくれれば幸い」と、使用人に愚痴っているようなのです。……職場環境、最悪ですね。
想定の範囲内なので私は気にしていなかったのですが、マクマ達の屋敷の者達への反感が…………もう、大変でした。宥めるのが本当に本当に、大変でした。
今後、そういう話は精霊の目の届かない所…………を、頑張って探してお喋りして頂きたいものです。私が知らない間にマクマ達が発起してしまったら……もう、面倒なので放置したいところです。
『最近、ジャンさまとデートできませんね……新作お菓子をご用意したのに……』
マクマが己の尻尾を直そうと頑張っている最中、今度はミントがおかしなことを言い始めました。
デートとか、一度もしたことないですからね?
夜会? あれは………………学校行事です。
ジャン様は、聖女様の我が儘――私も人のことは言えませんが――で、パレードの同行者に選ばれ現在、事前説明やら準備やらに追われています。
ですが一部の生徒達からは、ジャン様が同行されるなら酷いことにはならないから安心……との意見も出ています。それは私も同意見ですが……。
ミントたちはなぜかジャン様に懐いているので、彼を心配し状況を探っては逐一報告してくるようになりました。……ジャン様の自邸での様子についても。
やはり、事の成り行きを家族から責められているようです……。
ミントの目が時折『殺っていい?』となっていて宥めるのが少々大変です。
なぜなら、私だってジャン様がそのように不当に責められるのは嫌なのです。
できることならどんな手段を使っても……彼に仇なす者を――――なんて、考えてしまっているのです。
パレードは一週間に亘り行わることとなっておりますので、私はその間ずっと聖女様に付き従うことになります。お世話係ということで、修道女の恰好をしてついて行くことにしました。聖女様ご一行からは嘲笑されますが、まともな人々からはお説教をくらいました。
……ですが、精霊達依頼の秘密のお仕事には、この恰好はうってつけなのです。
◆◆◆ ◆◆◆
(『終わるんだ……俺たちの村………………これでおしまいだ……』)
(『なんで……こんなことに…………』)
(『何が……聖女だ……金だけ取って……俺たちを……見捨てるんだ……』)
(『憎い…………………………』)
(『あのね、あたし……知ってるんだ』)
(『あの聖女様…………………………………………人殺しなんだよ』)
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