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第一部
20話
しおりを挟む聖女様への通達が行われたその翌日から、徐々にジャン様の心労が重なっているように見受けられるようになってきました。端から見ていることしかできないのが、少々歯がゆいです。
お休み中に遭遇することができれば、神聖魔術で癒やしを送ることができるのですが……。
勝手にコーベル邸へ偵察に行っていたミントからの情報では、「聖女様の化けの皮が剥がれるのは時間の問題なのだから、己の立ち位置を見直すように」と、連日かなり執拗に責められているようなのです。
ジャン様の過去の経緯は分かりませんが、今は、聖女様へ媚び諂っているわけではなく……私のわがままに付き合わせてしまっている状況なので、申し訳ないです。まだ……わがまま魔術が作用している……のでしょうか。
もうこうなったら……最悪、私は自分で自分を……………………。
◇◆◇ ◇◆◇
「どうかしたんですか? モニカ嬢」
心労が重なっているはずのジャン様から、逆に心配をされてしまったのは、午前の授業が終わり、空き時間を過ごすため向かったティールームでのことでした。
「何か、ありましたか?」
「いえ、全然何もありません!」
ジャン様は訝しむように私を見ますが、本当に何もないのです。父の下に何らかの通達があったとしても、私にまでは降りてこないでしょう。
基本的に外面の良い父のことなので、必要な情報であれば私のことをどれ程忌み嫌っていたとしても下ろして来るだろうと……思っては……いるのですが……若干疑念が残るのも事実です。
今まで、何も見ない聞かない考えないとして来たツケが回ってきたと考えるべきなのでしょうか。
――寧ろ、今大変な思いをしているのは、ジャン様の方なのでは……?
そう思うのに、気の利いた事を何一つ言えない…………ん?
またしても、テーブルの上に何時の間にか謎のお菓子が乗っていました。
「これ……最初からありましたっけ?」
「え? は、はい! ありました、ありました! 宜しければ、お一つどうぞ」
ミントが用意したお菓子なのだから、美味しいに違いありません。それに、前に食べた時はストレスが緩和されて、心が落ち着いてきたような気もしましたし。
「いただきます。……やっぱり美味しいですね。これは、どこの物ですか?」
「ああ、えっと……知人の手作り……です」
「そうなんですか……不思議な味と食感です。甘いのに美味しい」
「え? 甘い物、お嫌いなんですか?」
昔から結構甘い物を差し入れてしてきましたが、嫌な顔一つせずに受け取って下さっていたのでてっきり好きなのかと思っていました。
そう追求すると少々困ったように……都合良く解釈してしまえば、どこか照れたように――。
「モニカ嬢からいただいた物なら別です」
と、笑っていました。
……この感じ、いいな。
ずっとずっとこのままでいられたらいいのに……ずっと、こうして……ジャン様の隣にいられたら……………………。
「やはり、最近無理をされているのではありませんか?」
「え?」
「ガーヌ嬢と姉上の無為な諍いに、巻き込まれているではありませんか。貴女が優しいから、周囲の人間も何でもかんでも貴女に話を持ち込むようになって……」
度重なる不祥事のフォローにより、私は一部生徒達の間で仲裁役のような位置づけになってしまっているらしいのです。そして、それをジャン様は苦々しく思っているようです……。
私も、本来お人好しではないので、余程の事情がなければ通りすがりのヘルプコールになど……!
「それに、先日は姉上がご迷惑をおかけしました。それも……授業中だったようで……」
「いえ、私は構いません。自学で事足りる内容でしたので」
……先日はとうとう、授業中に他のクラス教師から仲裁依頼が届きました。
聖女様は、以前から級友である一人の女子生徒に対し、彼女の持ち物に執着し強請り強奪を繰り返していたらしいのです。聖女様及び偏狂集団が言うには、「聖女が求める物を提供しない者は国家反逆罪」なのだそうです。
しかし今回、彼女が聖女様から求められた品は亡き母の形見だったらしく、最近の聖女様への不審感も相まって終に反旗を翻しました。
あってはならない反抗に聖女様ご一行は激しく怒り狂い、一教師では止められないほどの騒ぎとなってしまったようです。
それをどのように聞きつけたのか、今度はコーベル嬢ご一行が正義の味方のような顔をして火に油を注ぎ、どのような話運びがあったのかは分かりませんが、なぜか、最終的に「当該生徒が全て悪い。聖女様を貶めた事に対し、慰謝料を請求する」という流れになり…………私の下へ救助要請が来たというわけです。
最終的に問題児集団には遠くから放った神聖魔術で気絶してもらった後、医務室へ連行しミントに軽く記憶喪失になるお薬を作ってもらうことにしました。
一応、殿下に許可は取ってあるので何かあったら全部、彼に責任を取ってもらうことにしましょう。そもそも二人がこんなに揉めているのは、殿下がヘタれていることも原因の一つなのですから!
「姉上は、『今までの不遇を塗り替える物語』が存在すると信じ、周りが見えなくなっているようです」
「えっと……それはどういう意味かしら?」
ジャン様が語ったコーベル嬢の胸の内を要約すると――『ざまぁ劇場・開幕!』と言ったところでしょうか。調子に乗った平民を貴族の矜持で滅多打ちする物語は、ご令嬢方に絶大なる人気を誇っておりますので……。
コーベル嬢の本懐なのかご友人の暴走なのか、コーベル嬢はその『ざまぁ』を公衆の面前で行いたいようです。
「姉の中では、『可哀想なのは自分一人』なんですよ……」
言いにくそうに、ジャン様はそう言います。思わず背中が疼くその発言を、わざわざ言いにくいなか仰ったと言うことは……私に、これ以上コーベル嬢と関わり合いになって欲しくはないのでしょうね。
可哀想……ですか。
公爵家のご令嬢で、小さい頃から全ての我が儘が許されて、尊敬や謝罪はされるものであってするものではない――と教育を受けて、何もかもを与えられて……学園で数ヶ月余所の公爵令嬢と揉めただけで、『可哀想なのは自分一人』なのですか、そうですか。良いご身――。
――――――――――――――――ひぃあああああああああぁぁっ!!!
…………久々にサークレット頭痛に見舞われました。
「やはり、心労が祟っているのではありませんか?! そう言えば、この間も殿下とガーヌ嬢の仲裁を行ってましたよね?」
「え? ああ、えっと……あれは――――」
聖女様の無駄遣いの件ですね。
王家が定めたこの国の聖女様ですから、要人扱いを受け任務のためであれば幾許かの国庫の使用が許可されています。聖女としての任務ですよ? 浄化ですよ、浄化! 後は、聖地を巡礼したり、国の権限で立ち入り禁止となっている場所へ入るための支度とかで使ったりするものなんですよ、本来……。
それを聖女様は、ドレスが欲しい美味しい物が食べたい屋敷を改築したい、労働者階級の使用人ではなく中流階級労働者を使用人として雇いたいなど、その全てを国庫から出せと騒いでいたわけです。
彼女の瞳を見れば、直ぐに意図は分かりました。彼女は税金で甘い汁を吸いたいわけではなく、それによって自分の方がコーベル嬢よりもフレデリック殿下に愛されていると、正式な婚約者に相応しいのだと誇示したいようです。
ガーヌ公の思惑なのでしょうか……?
今、必要な誇示はそちらではないのですが……聖女様がそれに気付いていないはずもないので、恐らくこれは、聖女としての能力を示すことができない故に、愛されているという彼女の中の事実に縋っている結果だったのでしょう。
中庭のガゼボで聖女様を諫めている殿下と出くわしたのが運の尽きでした。聖女様と四バカが標的をこちらにすり替えようと向かってきたので……マクマがやっつけてしまったことがありました。私は、彼等を叩きのめしたいわけではないのです。視覚・聴覚を乗っ取るなどすれば、素人同然の彼等の動きは素人の私でも対応可能なのですが……。
ああ、そう言えばその時に私の側にいる精霊が増えていたことについて、殿下は遠い目をしていましたね。夜会の際は緊急時でしたから、気付かなかったのでしょうか? 殿下に報告する義務はありません。
そういうことの全ては、聖女様のお仕事ですから。
「ああ、そう言えばガーヌ嬢は、今度『聖なる気』を集めるために、パレードを行うと聞きましたが」
パレード……ですか? 巡礼……ではなく? この時期に?
……次から次へと、突拍子も無いことを考える聖女様です。
『聖なる気』ってなんですか? 勝手に作り出すのはよくないと思いますよ?
多大なる金額がかかるのでしょうね……当然、国庫から…………。
マクマ達も……もう少し、貴方達の愛し子様に興味を持ってもらいたいものです。彼等は今、今後に生かすべくジャン様が口にするお菓子と口にしないお菓子の違いを熱く語り合っております…………。
マクマ達にとって、聖女様は『人間が勝手に決めた愛し子』――――あっ!
もしかして、本来だったら教会の誰かが、「この子を愛し子様に決めました!」って、精霊に宣言しなければならなかったのかしら?!
だから、マクマ達は…………もしかして、ふてくされているのでは?!
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