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第一部
19話 【リュクレース】
しおりを挟む――あたしが選ばれたの……! 選ばれた! 選ばれた!
エライんだわ、あたし! その辺の誰よりも、あたしが一番エラくて特別!
そこいらのお嬢様とはワケが違うの! あたしこそが、本当のお姫様よ!
周りはみんな、偶然お金持ちの家に生まれただけの、頭の悪いブスばっかり!
男はみんなあたしに釘付け! 素敵な素敵なオウジサマもあたしのものよ!!
あたしを苛つかせるものなんて、許せない……。
だって、あたしは特別だもの、エラいんだもの! 誰よりも愛されて可愛がられて、一生幸福な幸せな人生を歩む権利があるわ! みんなあたしに傅くの!
あたしを苛つかせる全てを排除して?
ちょっと俯けば、男が勝手にやってくれる! なんて心地良いの? この世の全てを、手に入れた気分だわ! ううん、手に入れたの!!! だって、あたしは『セイジョ』だもの!
セイレイ? よく分かんないけど、そんなの要らない!
だって、あたしにはあたしを愛してくれる、従順な僕達がいるもの!
当然だわ! だって、あたしは可愛いでしょう?
こんなにこんなに、可愛いでしょう………………?!
◇◆◇ ◇◆◇
あたしの生家は、所謂豪商というやつだった。
「リューは本当に可愛いわ。わたしの娘がこんなに可愛いなんて」
「ああ、本当にそうだ。きっと、お前が神様から愛されているから、俺の仕事も順調なんだな。お前は本当に、選ばれた天使の様な子供だよ、リュクレース」
パパとママは、いつもそう言ってあたしを甘やかしてくれる。お姫様みたいなフリルの付いた豪華なドレスに、ピカピカの靴! あたしが可愛いからよね?
二つ年下の地味な妹は、可哀想にいつも何も買ってもらえない。うふふっ、あたしね? 常々思っていたの。
妹みたいな、暗い醜女に生まれてこなくて、本当によかった………………!
そんなある日、醜女に治癒魔術の兆候が現れた。
――ウソでしょ、マジであり得ないんだけど!
苛立ち紛れに殴って蹴ってやったけど、忌ま忌ましい治癒の力で直ぐに直しやがった! ……ううん、これはちょうどいいんじゃない?
この女、良い子ぶってパパとママには何も言わなかったから、思う存分ストレス発散の道具にして上げたわ! 両親はあたしに夢中だったから、こんな醜女に意識を向けることなんかなかった。でも、当然よね? 誰だって、暗く惨めな妹よりも明るく可愛いあたしを好きになるわ!
街で遊んでいる時に、王様が『聖女様』を探しているらしいと噂で聞いた。聖女の第一条件は、精霊に愛されている存在であること――。
あら? ねえ、それって、あたしじゃない?!
だって、あたしはこんなに可愛くて、誰からも愛されてるもの!
街の遊び友達もそう言ってくれたわ! でも、治癒魔術はあたしじゃなくて妹が持ってるって言ったら、男友達は「醜い妹が嫉妬して、お前から取ったんだ!」って教えてくれたの! そうよ、そうよ、そうだったんだわ!
あの子、許せない……………………………………っ!!!!
あたしがちょっと泣いてみせれば、男友達は勝手に頑張ってくれたわ!
やだ、あたしに惚れてる男って便利! なんて楽なの? うふふっ、とってもとっても楽しいわ!
醜女でも男の欲望を受ける程度のことは出来るのね? 泣いて許しを請うていたけど、許せるはず無いでしょう? お前如きが、あたしから治癒の力を奪うなんて、許せない! さっさと返してよ!
信じられないことに、妹は最期まで、力を渡そうとしなかった!!!
なんてこと! もっと傷めつけて苦しめる必要があったんだわ! 楽に死なせちゃうなんて失敗した! 優しすぎたんだわ、あたし!
死体の処理はどうしよう? って思ってたんだけど、みんなで苛立ち紛れに殴り過ぎちゃったみたいで、顔は原形を留めていなかったし、服はボロボロ……ホームレスにやられた労働者階級の娘風にしちゃえば、誰も領主に訴えようなんて思わないわよね?
頭は井戸に捨てちゃえ! 残りの体は犬の餌にでも混ぜればいいわ!
でも、この子が治療した人間の中に、根治不可能な病気持ちの小娘がいたらしい。まさしく聖女の所業! って噂になってた。
ダメよ、だってそれはあたしじゃない!!!
……噂は欲しい……だけど、証人は要らない……………………。
そんなことを考えていたら、本当に願いが叶ったの! 証人の小娘一家が、少年グループに襲撃を受けて殺されてしまったらしいわ! あたし、本当に神様に愛されてる! やっぱり、あたしが聖女なのよ!!!
沢山の男友達の進言で、あたしは聖女として司教様にご挨拶をすることになったわ。勿論、庇護欲をそそる困惑した面持ちで。
そこで、初めてガーヌ公爵様を――貴族を見た。
豪商とは言え、結局、我が家は中流階級! 目の前の公爵様のお洋服とは雲泥の差! 今日ほど、自分を惨めに感じたことは無かったわ。
生まれによって、こんな不公平な思いをしなければならないなんて!
今までのあたしは、なんて可哀想だったのかしら?!
公爵様の装いを比べたら、あたしのドレスなんてぼろ雑巾!
「君が、治癒魔術を持っているというのは本当かい? やって見せてくれるかな?」
「…………今は、そんな気持ちにはなれません! 折角癒やしたあの子が……あんなことになってしまうなんて……!!!」
心に傷を負った清らかな少女……きっと、皆の目にはあたしがそう映っているに違いない。
あたしは確信していた――――――――――――――――――――――。
◇◆◇ ◇◆◇
男を騙すのは容易い。
ガーヌ公爵様に、何らかの思惑があるのは直ぐに分かった。あたしは己の利用価値を速攻で売り込んで、彼の養女となった。
公爵様はあたしが生娘でないことを残念がっていたけど、そんなもの、演技次第でどうとでもごまかせるのよ?
念願のオウジサマがいる学園への入学が決まった頃には、あたし――ううん、わたしの聖女生活の土台は、完璧に整えられていた。
オウジサマに婚約者がいるなんて聞いてない!!!
公爵様とわたしの思惑は、どこまでも一致していたわ。だから、公爵様から王様にお願いしてもらって、オウジサマにわたしに付きっきりになってもらうようにした。
本当はここまでしなくても、オウジサマはわたしにメロメロだったわ。でも、責任感がある素敵なオウジサマなのよ! わたし、本気になりそうだわ……。
でもオウジサマの婚約者って弟がいるのね……すっごく綺麗! あにあれ、欲しいわ! 向こうだってわたしに迫られて悪い気はしないはずよ!
……………………どういうことよ!!!
あの弟君の側に、なんか鬱陶しい女がいるわ! 暗くて地味で……そう、あの醜女のような女!
街に居た時みたいに、直ぐに排除したかったのに……弟君に邪魔されたわ! なんで?!
……ああ、分かったわ! わたしの気を惹くために、変わったアピールをしているのね! やだ、全然気付かなかったわ!
当然じゃない! わたしは誰にでも優しい聖女様だものね! あんな子にも、きっと優しいだろうと思って、わたしのためにあの子を守ったんだわ。
やだ、わたしってば、あの子の目にはそんな風に見えてるのね! やだもう!
……それにしても、彼、本当に綺麗でカッコイイわ……オウジサマと結婚したら、愛人くらいにはしてあげてもいいかも?
うふふっ、ホントに毎日毎日楽しいわ。
カッコイイ男の子達が、みんなわたしに夢中!
見た事も無いような豪華なお家に素敵なドレス! 想像することも出来なかった全てがわたしのもの!
……その影で、多くの女達が嫉妬と屈辱で貌を歪めていると思うと…………幸せだわ。ああ、こんな満たされた幸福があるなんて……………………。
――なんて、思ってたのに!!!
資質の再証明って何!? どうしてそんなことをやらなくちゃいけないの?!
……ああ、嫌がらせね? 醜い己を省みず、不遜にも聖女である特別に美しく洗練された選ばれたわたしに妬み嫉みを抱いて、こんなトラブルを起こしたんだわ!
なんて醜い女達!
……けどじゃあ……わたしの周りの、疑わしい女子生徒達を片付けてもらわないと…………ね?
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