クズは聖女に用などない!

***あかしえ

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第一部

15話

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 ジャン様におかしな魔術をかけてしまってから一月が経過してしまいました。術を解こうと自分なりに動いているつもりなのですが、タイミングが悪くお互いの時間が合いません。
 ――分かっています……ちゃんと解かなければいけないと!!!

 ……本気でものすごく強く、ジャン様と行きたくなど! と願わなければ、解けないと分かっているのに……!!!

 安定の屑ですね、私…………………………………………なぜ、こんな時に限ってサークレットが作動しないのでしょう!!!


 ウェルス卿にドレスの件を理由にお断りを入れようとしたのですが、ジャン様の想定通り、いたずらに新しいドレスが送られてくるだけの結果となってしまいました。ここまで執拗に参加させようと言うには、やはり、ウェルス卿には何らかの目的があるのでしょう。聖女様とコーベル嬢は不穏ですし……。




 ◇◆◇ ◇◆◇


「ジャン様はその……聖女様とご一緒に教室を出て行かれました……」
 目の前の女子生徒の申し訳なさげな様子に、こちらの方が恐縮してしまいそうになります。ジャン様の教室へ彼を訪ねに行ったのですが、聖女様に一足早く連れ出されてしまったようです。
 いつも彼が私の下を訪ねてくれるのに、こちらから会おうとすると全然会えません。しかも、今は聖女様とご一緒のご様子。時限爆弾状態の彼女からジャン様を奪うような真似をするのは、それはそれで危険ですね……。

『モニカ、モニカ!』
 人が真面目に考え事をしているというのに、マクマは隣で脳天気に遊んでいるようです。
『ねぇモニカってばーっ!!』
「ああもう私は今考え事をしているのよ! 遊びたいならミントとでも遊んでればいいでしょう?!」
 と、いつもの調子で説教を始めようとしていた私の背後から、悲鳴のような叫び声が聞こえてきました。

「モニカ嬢!!!」

『あーっ! ボクが見えるオウジサマだ!』
 天の助けが来た! と言わんばかりのマクマの様子に若干の引っかかりを覚えましたが、背後から現れた人物への対処の方が優先事項なので――。

「お見苦しいところをお見せ致しまして誠に申し訳ございませんでした。王太子殿下」
「そんなことはどうでもいい! 君は大精霊に対して何を……」
 そう叱責しながらも、殿下の顔は青くなり続けています。特別な神学とやらのせいで、マクマに対しておかしな先入観があるのではないでしょうか。
 そんな素晴らしい存在ではありませんよ?

「いつものことですのでお気遣い無く」
「いや、しかし……」
 マクマは私の手から逃れて殿下の背後へ逃げ込みました! こんなことをしている場合ではないというのに。
「それにしても、殿下はジャン様にどのようなご用向きで?」
 ここは殿下から見れば二学年も下の生徒達のための教育棟であり、私同様ここにいるのは不自然な存在です。
「いや、私は君に話があって来た」




 今、権力者の横暴というものを、目の当たりにしています。
 殿下の「私に用事がある」という発言を、殿下が場違いな校舎にいることを知り彼を探していた教師が聞きつけ、貴賓室の手配を秒で整えてしまいました。殿下は年長者である彼等のその行いを当然のものとして受け入れているのが、雰囲気で分かります。
 そう言えば先生方は、私の家族へ『殿下の御用命の為、帰宅が遅くなる可能性がある』という迷惑極まりない連絡まで入れてくれたそうです。
 屋敷へ戻ってからの面倒を考えると、只でさえ憂鬱な気分が更に……。

「先程からため息ばかりだな。何か悩みでも?」
「いえ! 私のことはお構いなく! あの、殿下のご用向きとは?」
 殿下の厚意を無下にするつもりはありません。お手を煩わせたくないだけなのですが、殿下は少々不服のようです。
 何とか気をそらしつつ、殿下の用事とやらを聞き出したのですが――。

「今度の夜会、君のエスコートはウェルス・コーベルが引き受けたそうだね」
「え? ああ、はい。そういう殿下はコーベル嬢と聖女様、どちらとご出席なさるのですか?」
「実習での体たらくがなければ、聖女殿になっていただろうけどね」
「殿下は、聖女様とご出席されたかったのですか?」
「……私が欲しているのは、国のためになる女性だ」
 コーベル嬢のことでしょうか? 彼女は幼少の頃から婚約者として、血の滲むような王妃教育を受けてきたというのは有名な話です。コーベル派が流した噂によるところが大きいですけれど。

「この国には……聖女が必要なんだ」
 そういう殿下の顔は、悲壮感すら漂っているように見受けられます。聖女が切望されるほどの異常事態には未だなっていないはず…………あ、でもマクマは穢れが飽和状態だと言っていましたね。そんなに酷い状態なのでしょうか?

「やはり、大精霊から聞いていたんだな」
 一言も口に出していなかったはずなのに、気付かれました。そんなに分かりやすい顔をしていたでしょうか。
「集積場の穢れについては聞いてます。あの、でも大丈夫ですよ。マクマに言われているので、折を見て浄化して回るつもりですから」
「……………………は?」
「本来、聖女様のお仕事ですので、周囲には気付かれないようにしたかったのですが……ちょうど良い機会です。殿下にフォローをお願いしても?」

 殿下の反応が芳しくありません。難しいことなのでしょうか? 神聖魔術が使えること自体、問題ではありますが…………………………今更ながら、私、咎められるのですか?!
「いや、違う。君には何の非もないことは分かっている。悪いようには絶対にしない。だから、そのような顔をしないでくれ。私は……君に、聞きたいことがあるのだが……」
 殿下はご自分がどのような顔をされているのか、気付いておられないのでしょう。面倒極まりない状況下にありますものね……心中お察し致します。

「ご質問……ですか? ああ! マクマのことですか? そう言えば、最近はミントという<知の泉の精霊>の知り合いもできました。マクマより余程優秀なんですよ」
『ひどいーっ!!』
『エヘヘ、わたし優秀~』
「<知の泉の精霊>?!」

 驚愕の殿下が冷静の殿下になられてから教えて下さったのですが、<知の泉の精霊>とは、<いにしえの精霊>に分類される、高位精霊なのだそうです。これも、特別な神学でしか学ぶことのできない内容なのだと言います。
 <いにしえの精霊>というのは、そのほとんどが過去の大戦のため人間を嫌っており、過去の聖女様方も接触不可能だったらしいのですが……。

 ……恐らくデマでしょう。ミントが人嫌いとはとても思えません。マクマも然りですが。

「精霊達は、君の指示に……従うのか?」
「指示と言うか……」
『指示してるじゃないかーっ!! アレしろコレしろって!』
『わたし、ドレスの着付け面白くて好き~。今度新しいの編むの~モニカ着るよね? 絶対だからね! ピンクかな~白かな~緑もいいなぁ』

 屋敷では、使用人が私に対して職務放棄をしているため、猫の手も借りたい状況なので……つい………………というかミント、おかしな物は作らないでね?

「着付け? 使用人が驚くのではないか?」
 その質問は当然のことですね、殿下。ですが我が家の内情にそれ以上は突っ込みを入れないで頂けると助かります。
 別に労働者階級全体を馬鹿にするワケではありませんが、我が家の使用人達は責任感と危機感が欠如しているようですが、私は彼等を啓蒙する気はな――――いいいいいいいいいいいいい!!!
「モニカ嬢?!」




 ……一連のいつものアレが収まるのを待って、殿下が本題を切り出しました。
「君が、神聖魔術を扱え大精霊まで従えている事実を……公表したいと言ったらどう思う?」
「私を殺すおつもりですか?!」
「なんでそうなる!」
「当たり前です! 聖女以外でそんな騒ぎを起こす人間は、悪魔に取り憑かれてると判断されるのが落ちです! 他にどんな可能性があると言うのですか!」


「君が、聖女である可能性は?」

「…………笑える冗談ですね」

 ……もしそうなら、世界はとっくに終わってますよ? 殿下。








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