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第一部
12話
しおりを挟むこれでも、小さい頃は純粋な心優しい子供だったと記憶しています。
周囲の人々に、それは不必要だったみたいですけれど。
「そんな醜い姿となるくらいなら……死んだ方がマシだったものを!」
これが、生死の境を彷徨いようやく意識を取り戻した私にかけられた、父の最初の言葉でした。父のその言葉が、その後の私の立場を決定づけたのでしょう。
あれだけ甲斐甲斐しく面倒を見てくれていた人々が、潮が引くように去って行きました。身の回りの世話をしてくれていた使用人は愚か、治療に来てくれていた術士までも。
背中に走る激痛に耐えながら、父の小言に耐え、使用人から蔑みの視線を受けながら、日々の糧を得なければならない日々を送る羽目になりました。
使用人が主人の態度に追従するのは仕方の無いことです。それは分かっています。だからと言って、許す気は…………毛頭ありませんけれど。
◇◆◇ ◇◆◇
浄化実習は有耶無耶の内に終了と相成りました。
殿下が、面倒なことを言い出したらどうしようかと思っておりましたが、どうやら、その心配は必要なかったようです。聖女様は神聖魔術を発動できなかったわけですが、例のお話もなかったことになったのでしょうか。
ジャン様も今しばらくは、家庭内で平穏な日々を過ごすことができるのではないでしょうか。
反対に、実習で思う成果が出せなかったばかりか、周囲の生徒を押しのけ我先に逃げ出した聖女様は、大勢の顰蹙を買ってしまったようです。生徒のみならず教師や神官までも。
先日、公衆の面前でベアトリス嬢が、聖女様の真偽を問うような発言をされたばかりですから、噂が相当面白おかしく広まっているようです。
聖女様を囲んでいた有象無象は、いつの間にかコーベル嬢陣営へ鞍替えしていました。彼等を受け入れるコーベル嬢は、懐が深いと評判ですが……業が深いの間違いでは?
実習翌日は学園へ姿を現していた聖女様でしたが、「その時の周囲の己を見る目に傷ついた」と、現在自主休学中です。
お陰でここ数日は、学園内は平和そのものです。私としましても、おかしな騒動が起こらなければ、サークレット頭痛に振り回されることもありませんから、これは良い兆候ですね。このまま卒業まで穏やかに過ごしていきたいものですが……。
傷心の聖女様の下へ、彼等はせっせと通い、彼女の心の傷を癒やしているのだそうです。
そして、彼女は「ジャン様や殿下が来ない……」と嘆かれているのだとか。
――そういう要らない情報を、あの人達は私の下へ持ってくるのです。
彼等は来月末までには、彼女を再び学園へ呼び戻したいと考えているようです。
来月末には四半期に一度の一大イベントである<夜会>が開催されますからね。聖女様にとっては、はじめてのイベントで、彼等はこれを心待ちしておりましたし……。
紹介状無しに各家と縁を結ぶことができる数少ない機会ですから、家の為に動こうと考えるのは、当然の事だと思います。
ですが、彼等の目的は家の為などではありません。
……目を見れば分かってしまうほどに、彼等はどこまでも愚かに、盲目的に彼女を恋い慕い、己の欲望に忠実であるだけなのです。
……暗に、私にそれを求めるのは止めて頂きたい。
実習後の私個人の変化はと言うと――。
「モニカ嬢! お礼が遅れて申し訳ありませんでした! あの、これ……つまらないものですけど、受け取って下さい!」
「……ありがとう」
実習の最中に救護した生徒達から、続々とお礼の品が届いております。小物は直接私へ下さるようですが、大きな物は屋敷へ直接送られているようです。
実は、今日までそのことを知らなかったのです……。
家人と使用人が、着服している可能性大ですね。
今までは、このような……受け取らないことが非礼になるような、そんな贈り物を頂いたことがなかったものですから考えもしませんでした。
きちんと……家人のことから考え直さなければならないかもしれませんね……。
――それともう一つ……。
「モニカ・ホーグランド様! あの、ちょっとお話が……」
最近、実習のあの日に助けた男子生徒から、後日呼び出されることが増えました。先に申し上げた夜会の、エスコートのお申し出のようです。
前回までは一人も来なかったというのに……救護活動の結果でしょうか?
家格が上の方からも大量に申し込みが来るので、お断りには地味に神経を使います。これは初めての経験ですね。
私は夜会に出たことはありませんでした。出たいとは思わず、出る機会もない日々でした。父の嫌味や気晴らしに付き合わされて過ごすことになる、憂鬱な日でもありましたが……。ですから、その他大勢に今更誘われたところで、その状態をどうとも思ってはいなかったはずなのですが…………。
今も、校舎裏に呼び出され、エスコートのお申し出を頂きましたが、丁重にお断りをして話を終えたところなのですが……。
「モニカ嬢! どうしてここに…………あの! さっき男子生徒とすれ違ったのですが!」
先程私を呼び出した男子生徒と入れ違いのように現れたのは、ジャン様でした。驚いていたようなので、簡単に事のあらましを説明したのですが……更に驚かれてしまいました。
驚きすぎではありませんか? 私だって、れっきとした淑女なのですよ!
……夜会に誘われることくらい…………………………一生の間に、一度や二度くらいはあるのです!!!
「モニカ嬢は、あの方と夜会へ行かれるのですか?!」
「行きませんよ」
「…………」
ジャン様の驚きようは些か不服ではありますが、取り立てて隠すような事でもありませんし、素直に言うことにしました。
――この返答ではご不満のようですね。
そもそも、こんな人気の無い校舎裏に、ジャン様は何の用で来たのでしょう。
先程の私の返答も、想定の範囲内のような反応でした。
「あの……!」
ジャン様が意を決したように顔を上げました。
これは――――――――――……もしや…………?
「ああっジャン! わたしに会いに来てくれたのね!!!」
突如現れた聖女様が、叫びながらジャン様に抱きつこうとして、逃げられました。
……ジャン様、殺気だった顔を何とかした方が宜しいのではないでしょうか。
というかなぜここに、自主停学中の聖女様がいらっしゃるのでしょう?
それに、「ジャン様が聖女様に会いに来た」のでは無く、「聖女様がジャン様に会いに来た」が正解では?
「モニカ、貴女、最近いろいろな男性に夜会に誘ってもらおうと、媚を売っているんですって? あはっ! 全然相手にされていないみたいだけどぉ?」
……誰の話をしているのでしょうか?
こちらの動揺を余所に、聖女様は実に楽しげに演説を始めました。
こんなところで三文芝居を繰り広げる前に、貴女にはやるべき事があるのでは無いでしょうか……と言った所で、聞く耳など持ってはいただけないのですよね。
彼女の素行を教育するのは、ガーヌ公や王太子殿下であり、私ではありませんので関係な――――――――――――――――――――いいいいいいいいいっ!!!
……その後、何度目かになる「大丈夫ですか?!」の下りを経て、聖女様の三文芝居の観劇を続けています……。
「皆はモニカのそんな様子を、自分本位だって怒ってるわよ。
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――しなを作り、ジャン様へ見せつけながらでないと、話が出来ないのでしょうか?
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どこからどう突っ込めばいいのか分からない、誰の何について語っているのかすら不明な聖女様のセリフを、殺気立つジャン様を宥めながら聞き流しておりますが……少々、気がかりでもありますね。
――誰に何の説得を……? 嫌な予感しかしないのですけれど……?
「エドアルドがね、わたしのお願いを聞いてくれて、わたしの為に貴女をエスコートしてもいいって言ってくれたわよ!」
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聖女様は善意で仰っているのかしら? なんてことは夢にも思っていませんが。
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「ああっ! なんて優しいんだぼくのリュー!」
「恥ずかしいことを言わないでっ!」
……聖女様の目的が分かりません。
いつまで、このキャストの変わった三文芝居を、見続けなければならないのでしょうか……。
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