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第一部
11話
しおりを挟む【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ御霊以テ……迷イシ羊ヲ去ナセ!】
――これは、この場から意志の弱い人間を退ける神聖呪文です。
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ業ヲ……滅セヨ!】
――これは、瘴気を祓う神聖呪文です。
この二つを駆使し、人目につかぬようマクマと二人で、実験場の浄化をコソコソ行っていたわけなのですが…………。
――「わああああああ!!!」
――「きゃああああああああ!!!」
遠くから尋常ならざる悲鳴が聞こえてきました。何事かと視線を彷徨わせてみれば、肉眼で確認できるほど瘴気が濃くなっています。
朝はこのような事はなかったのに?
『なんだアレ?! まだ大丈夫だったはずなのに?! え、なんで?!』
マクマが驚き慌てたように周囲を飛び回ります。
「モニカ嬢……」
人払いをしているはずの場所へ現れたのは、具合の悪そうな殿下でした。瘴気にやられたのかと思っておりましたが、どうやら私の魔術に抵抗しながらやってきたため、消耗しているようです。
――おや? 殿下は迷える子羊でしたか?
「手を、貸してもらえるだろうか……」
具合が悪いどころではありませんね。息も絶え絶えな様子です! よく見ると、戦闘の後……でしょうか、制服が汚れていますし、所々裂傷を帯びているようです。
「すまない、私のせいだ。彼等を御すことができなかった」
聖女様とコーベル嬢の醜い争いが原因のようです……。
『モニカ大変! 誰かが召喚術を使って暴走させてるみたい!』
マクマの角が光っています。アレは望遠鏡の機能も持ち合わせているのでしょうか?
『助けに行かなくちゃ!』
「……あそこで人払いをしたら、召喚獣も去ってしまうのかしら?」
『召喚獣の戦闘力がモニカより低かったら』
……戦闘力?? 乙女に最も不必要な単語が飛び出してきたのですが?
殿下が「君の戦闘力は……」などと本格的に少年らしさを発揮してしまう前に、現場へ急ぎましょう。
……ちょっと待って下さい、足下に大量の実習生と思しき生徒達が転がっているのですが!?
◇◆◇
「殿下! このような危険な場所に彼女を連れてくるとは、何を考えているのですか!!!」
――現場へ到着するなり、聞いたこともないような大声で、ジャン様が怒りを顕わにしました……。
驚いて殿下は固まっていますし、暴走中であるはずの召喚獣も少々固まっております……これは、このままいけばジャン様の召喚獣に出来るのでは?
などということを考えている場合ではありませんね。まず、ジャン様の怒りを静める――――前に、状況を確認しますか。
人払いをしたはずの場所にいたのは、ジャン様と召喚獣のみ。どうやら、ジャン様が通せんぼしていたので、召喚獣は去ることができなかったようです。
……流石と、言うべきなのでしょうが、それ以上に、神官と教師が一人もいないという残念すぎる事実の方が深刻です。
「ジャン様、これはどなたが呼び出した召喚獣なのでしょうか?」
「……グスタフ卿です」
苦虫を噛み潰したような顔で口になさります。
――ああ、あの方は歪みない馬鹿だったのですね。注意は受けていなかったのかしら?
「皆様、兄の言うことなど聞く必要は無いと……」
考えが顔に出てしまっていたのでしょうか、ジャン様が申し訳なさそうにそう答えて下さいました。ジャン様がそのような顔をする必要は、全然全くないのに。
殿下とジャン様の話を総合すると、聖女様ご一行は当然のように監督者であるウェルス卿の注意喚起になど耳を貸すことは無く、聖女様を穢れに晒すわけにはいかないと、彼女の護衛のために召喚獣を呼び出して、速攻で暴走させた、と。
殿下は別の場所で穢れの浸食状況を確認していたらしいのですが、現場から突如事情でない瘴気と悲鳴が轟いたため、現場を確認してみたら、神官は愚か自分にも手に負えない事態だったらしく、私を……ひいては大精霊マクマを探しに来た、と。
「ここは危険です! 早く逃げて下さい!」
私を召喚獣から守ろうと、背にかばって下さいました。
……心ときめく素敵なシチュエーションではあるのですが…………。
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ彼ノ者ヲ許セ】
――これは、睡眠効果のある神聖呪文です。
ジャン様には聞こえないように、小さく小さく唱えて……ジャン様には眠って頂きました。惜しいことをしました。この召喚獣、阿呆の管理下にあるよりは……これ以上は詮無いことですね。
崩れるように眠りに落ちたジャン様を支えて下さったのは、殿下でした。
私とそう身長が変わらないように見えるジャン様ですが、やはり男の子、体つきは全然違いますね。私では支えきれませんでした。私は決して非力な方ではありません。幼少の頃から色々ありましたから、最低限の鍛錬は行っています。
――さて…………。
【世ノ光成リシ者ヨ、――混沌ヨリ出デシ汝ガ敵ヲ……撃チ滅ボセ!】
これは初日にマクマに叩きつけた呪文です。
……マクマ、邪魔。貴方のご飯ではありません。
所詮は暴走した只の犬、神聖魔術の敵ではありませんでした。
背後で、殿下が心中複雑そうな顔で、事の成り行きを見守っていたのは分かっていましたが、放置することにします。今は殿下のプライドよりも、この場に残った瘴気を祓うのが先決です。
…………。
…………………………。
………………………………………………………………。
ここで大暴れしてくれた者が残した瘴気が、本人そっくりで捻くれていたために、少々浄化に手間取りましたが、全て完了しました。
……自我を持って逃げる瘴気とか、世紀の大発見なのでは?
「殿下、浄化は全て完了しましたので、事後処理はお願いします」
「え? ……終わった?!」
はしたない声を上げるのは如何なものでしょうか。仮にも王太子なのですから。
私は木陰でジャン様が目覚めるのを待ちたいと思いますので、後の面倒をお願いします。
「待ってくれ! 君は…………………………………………」
しばらく待っても、殿下はその先の言葉を口にすることはありませんでした。
「なぜ神聖魔術を使うことができるのか」と言いたいのだとは思いますが……そうですね、強いて理由を挙げるとしたら、「皆さんが無能だから」でしょうか。
王太子殿下に対しては、口が裂けても言えませんけどね。
◇◆◇
「ん…………っ! モニカ嬢っ! ……ここは?!」
目が覚めるや否やで、ジャン様は周囲の様子を確認していました。慌ただしいなあと思う反面、私を守ろうと神経を張っているのが分かるので、微笑ましくもありました。
彼にも、周囲の空気が穢れに満ちたものから清浄なものへと、変化したのが分かったようです。自分が眠っている間に、この変化は何事かと訝しんでいるようですが。
「それにしても、トラブルメーカーの皆さんは、一体どこへ行ってしまわれたのでしょうね?」
「皆さん、聖女様をお守りするんだと、他の生徒をなぎ倒して逃げていきましたよ」
それで生徒達が転がっていたのですね……。
聖女様、癒やしの力で治してますよね? もう穢れも暴走獸もいませんし。
『モニカ~あっちに人がいっぱい倒れてるよぉ……』
と、遠くからマクマが泣いている声が聞こえてきました……。
衆人環視の中で神聖魔術を使うわけにもいきませんので、命に別状はありませんから、力技で彼等を救護室へ運び込むことにしました。
「俺がやりますから、貴女は休んでいて下さい!」
「大丈夫です。私、体力には自信がありますので」
これは本当です。今度はどこかの誰かがファイアーボールを投げてきても、避けてやる自信があります!
「あり……がと……」
先程救護室へ運び込んだ女子生徒が、寝起きと言わんばかりの顔で私に礼を言ってきました。
「…………………………え?」
……驚いてしまったのは、これが初めてだと気付いたからです。
自分が何かをして、それに対して感謝の意を表されたのが、随分と久しいことだと――――――――――――――。
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