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第一部

10話

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 浄化実習は、一触即発という雰囲気の中で行われることと相成りました。
 私としては当然、不参加を表明していたのですが――。

『人間に制御できる穢れのレベルを超えてるんだってば! 最近の神官はレベルが低いんだから、モニカも行くの! ボクはモニカがいないと神聖魔法使えないんだから!!!』
「いやよ! 今回巻き込まれる面倒は今までの比じゃないんだから!
 絶対にイ――――――――――――――だああああああああっ!!!」



 ――ということがあり、参加する羽目になりました。
 マクマが言うには、ここ十数年ろくに神聖魔術を扱える者がいなかったため世界に穢れが満ちているらしいのです。
 普段は、不衛生だからゴミを一箇所に集めるが如く穢れを一箇所に集め神官が浄化しているらしいのですが、光魔術では完全に浄化することはできず日々発生する穢れに集積場はパンク状態なのだそうです。
 一度でもパンクしてしまえば、この世界は魔王の餌場として蹂躙されてしまうのだそうです。魔王を倒すには神聖魔術が使える人間が、最低百人は必要なのだそうです。……全く、おかしな洗脳教育をするからこういうことに……。
 そのようなワケで今回、私とマクマは周囲の人間に悟られぬよう実習中に浄化をして回るというシークレットミッションを課せられているわけなのですが――。



「おはようございます、モニカ嬢」
「ジャン様っ?!」
 ――実習が始まる前からトラブル発生です!

 当日は現地集合ということになっており、目立たぬよう事を進めるべく計画を立てていたというのに……全てパーです!!
 ジャン様がコーベル家仕様の豪華な馬車で、私を迎えにいらっしゃいました。
 来ていただいたものを追い返すわけにも参りませんし、居留守を使うことも両親が許しませんでしたので……共に、現地へ赴くことと相成りました。

「ジャン様……もしかして、お屋敷で何かありましたか?」
 なぜ態々足を運んで下さったのかと不思議でしたが、昨日のコーベル嬢とウェルス卿の剣幕を考えると、ジャン様もストレスが溜まっていたのでしょうか。

 ――――私なんかで……ストレス発散になりますかね……?
 だとしたら、やはり違いますかね………………じゃあ、何なんでしょう??

 ジャン様は私の問いに一瞬気まずそうな顔をされましたが「何でもない」と、ぶっきらぼうに返事をされるとぷいと外を向いてしまわれました。
 ……ジャン様のその様子をマクマが面白そうに見ているのですが…………止めなさいマクマ!!!


「俺は、ガーヌ嬢が王妃に相応しいとは思ってません。じゃあ姉上なのかと聞かれると……答えは否ですけどね」
 ――ジャン様は私と深く知り合いになったりしなければ、抱える必要の無かったストレスを抱えているのではないでしょうか。

「日々浄化されずに溜まっていく穢れが、社会問題になりつつあるというのに……我が家では男関係を糾弾する方が大事らしいです。殿下に考え直していただくよう説得しろと、夜遅くまで説教が続きまして……」
「そう言えば殿下も様子がおかしかったですね。聖女様は神聖魔術を行使できないとのことですし、彼女から言い出した件とは思えませんが」
「俺もそう言ったんですけどね聞く耳持たずですよ。是が非でもガーヌ嬢に非があると証明して、彼女を断罪しなければ気が済まないようで……」
「コーベル嬢が?」
「父と兄上ですが」
「そう……ですか……」

 コーベル嬢だったらそういう高圧的なことを――――――――――するかもしれないと思ってしまうのは、マクマの言う通り私の性根が腐っているからでしょうか。
 政敵である公爵家の娘を断罪しようというくらいなのだから、格下の子爵家の小娘一人死にかけたところで気にしませんよね。たとえそれが、実の娘がやらかしたことなのだとしてもしても。
 公爵家のお嬢様は、人の道理を学ぶ必要なんか、ありませんものね?

「すみません、こんな話をして――」
「お気になさらず」
「あの、本日の実習ですが……不肖ながら努力致しますので、御身の護衛を務めさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 ――ニヤニヤするのは止めなさい、マクマ。
 さて、困りました。ジャン様がいると神聖魔術が使えません。私が適当に隠れながら穢れとやらを浄化して回らなければ、マクマがどんな暴走をするか――。

『モニカ、この子と一緒だと楽しい?』
「え?」

「どうかしましたか? モニカ嬢」
「い、いえ! 何でもありません。えっとそうですね……大変嬉しい申し出なのですが――」


 ◇◆◇

 実習の地は学園から馬車で一、二時間ほどのわりと近い丘陵地帯にあります。本当の廃棄場は、安全のため近くの街からでも、馬車で一日二日かかる遠い距離にあります。
 設備もここのような木造の簡素な使用ではなく、頑丈で特殊合金で出来ており安全……な、はずです。


 ジャン様の申し出はお断りして単独行動を取ろうと思っていたのですが、運悪く聖女様ご一行に捕まり結局、団体行動に巻き込まれることになりました。殿下は居ませんが、隙を見て別行動をしたいものですが――……。

「モニカってばまたジャンに迷惑をかけていたのね! わたしが気付いたからいいけど、ジャンも嫌な時は嫌だと言わないと――」
「そうですね、俺には関わらないで下さい」
「そうでしょ――――えっ?! ちょっと、どこに行くの?!」

 聖女様はいよいよ本格的に、ジャン様を再籠絡しようと個人攻撃に出てきたようです。殿下がいないからでしょうか?
 この実習、王族は参加が義務づけられておりますので、どこかにいることは間違いないはずなのですが……。

 姿が見えない人は置いておきましょう。
 実習生は一角ひとかどに集められ、本日の実習監督者より実習に関する諸々の説明を受けることとなっておりました。……最も、聖女様と取り巻き方の三文芝居に付き合わされたお陰で、他の生徒達は既に実習に向かってしまった後のようですが。

 ――不可抗力による個人行動へ移行したい私としては、これはこれで好都合かもしれませんね。


「穢れに満ちた貴様等が浄化実習とは笑わせてくれるな」
 敵意満々で現れたのは、コーベル嬢の実の兄、ウェルス・コーベル公爵子息でした。どうやら彼が監督者のようです。

「貴様が監督者だと?! ふざけるな! お前のような下賤の輩にリューが指示を仰ぐ必要などない! 俺達は勝手にやらせてもらおう!」
 監督者ウェルス様に暴言を吐いたのは、アベル卿です。私も、ジャン様以外のコーベル一族と関わり合いになりたくないのは同じですが、阿呆に注意喚起を聞いて頂きたい感は否めません。

 例えば、「この場では暴走してしまうので、いかなる召喚術も用いてはいけない」とか、「魔物が現れる危険がある」とか、「異界の力が働いているため、友好な魔術属性は光と神聖のみである」等、色々と制約があるらしいのです。
 これ等は、私が昨夜マクマから聞いた話なのですが……。

 彼等がウェルス卿の話を聞かない様であれば、私から言ったところで聞かないでしょうから放っておきま――――――――――――ぐああああああああっ!!!


「具合が悪いのならば無理に参加を為る必要はないが?」
 ――サークレット頭痛を隠す技術を身につけ始めた私の頭痛に、まさかのウェルス卿が気付いたようです。
「いえ、お構いな――」
 言いかけて、おかしな事に気付きました。ウェルス卿の……視線が……宙を舞っております。そうですね、まるで注意に浮かぶ何かを見つめているような……ええ、まるで…………。

『ねえモニカ! この人の言う通り木陰で休んでる振りして、別行動しようよ! この場所もう限界みたいだし、早く浄化しないと!』

 ――そうわめくマクマを………………しっかりと視界に収めているように見えるのですが!?



「モニカ・ホーグランド! まさか、そのお方は……! これはどういうことだ!」

 初めは呆然とマクマを見ていらしたようですが、そのマクマが私に話しかけてきた辺りで、驚愕の表情が怒りへと変わり、その感情が表へ出たようです。

 ジャン様が、条件反射の様に私の前に立ちはだかりました。昨日のコーベル家で一体何があったのでしょうか? 気にはなるのですが……。

「ジャン様、大変申し訳ございませんが、私はしばらく姿を隠させて頂きます」
「え? モニカ嬢?」
 側に居る彼にそう耳打ちをして、私はこの場から立ち去ることにしました。


 ――正確には、マクマが起こした竜巻で彼の視界を封じている隙に、この場からとんずらをすることにしました。
 ウェルス卿ではなく、ジャン様がマクマを見ることができたのなら……。




 いえ、馬鹿なことを、考えました――――――――――――。








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