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第一部
9話
しおりを挟む朝から、サークレットによる頭痛が治まる気配を見せません。
鈍い頭痛を抱えたまま、学園へと来る羽目になった私は悟りました。人生はやはり過酷だと……。
「モニカ・ホーグランド! アレはどういうことだ!!!」
正門をくぐる前からイチャモンを付けられております。正門前でのことなので目立ちます。先程から行き交う生徒達に奇異な目で見られています。「衛兵読んだ方が良いかしら?」と考えているらしい様子の生徒もいるのですが、目の前の相手は気に留めてもいないようです。
目の前にいるのは、グスタフ・リンネ卿とその小判鮫であるエドアルド・パリノフ卿、そして先日校舎裏へ人呼び出してくれたテオーデリヒ・カルツ卿のバカトリオです。
「アレとは、何のことでしょう?」
「しらばっくれる気か! 最近の貴様の行動は、目に余るぞ!」
これはグスタフ卿。
「申し訳ございませんが、何を仰っているのか全く理――――」
「口答えをするな!!!」
「――解できません……ん? 申し訳ございません聞こえませんでした」
三バカの怒鳴り声は不必要に大きく甲高く――……聞き取れませんでした。不可抗力です。普通の声量で話せばよいのに?
「きっさま……!!!」
「あ……ダメで――――」
グスタフ卿が昨日のテオーデリヒ卿同様に、穢れに満ちた気を放ち始め――――後方へ吹っ飛ばされてしまいました。
マクマ――――――――――――っ!!!
『えっ人だったの?! 人間とは思えないくらい穢れてからてっきり――』
「何と間違たらぶっ飛ばす気になるのよ!」
ああほら、テオーデリヒ卿とグスタフ卿がもの凄い顔で、こちらを睨んでいます! 何度も言うけどここは正門前!!!
『この人達、穢れの影響を受けすぎてるんだね。心が弱すぎるのかなぁ?』
「私より先にこの人達を指導すべきだったんじゃないの?」
『ボクを見ることも感じることもできない人を? こうする方が早いよ!』
言いながらマクマが何かをしたのか、テオーデリヒ卿とグスタフ卿の体が宙に浮き始めました! 二人は魔術に抵抗しようとしているらしいですが……大精霊の魔術に、通常の人間が逆らえるはずがありません!!
「あああっ! 何する気?!」
――なんてメンドクサイことを!!! 後の事考えて行動してよね?!
宙に浮いたマクマをひっ捕まえて首を絞めて、何とか止めさせましたが……後の祭りです。あのお二人、ものすごい顔でこちらを睨んでおります。
グスタフ卿が地獄の番犬のような召喚獣を呼びました!
完全に私を殺る気で――――――――ああっマクマが秒で犬を消してしまいました!!!
『召喚獣をこんな使い方しかできないなんて……この人達から、魔力取り上げちゃおうかな?』
マクマが珍しく、本気で怒っているようです。
物騒な言葉まで吐き出しまして、もう、事態の収拾が出来る気がしないので、マクマを引っ掴んでその場から逃走することにしました。
公衆の面前で全力疾走するなんて、何年振りのことでしょう?!
◇◆◇
校舎内をあちこち逃走中――。
『あーっ! あの子だ!!』
「は?」
疫病神に突然引っ張られ、空き教室へ転がり込む羽目になりました。走っていた分勢いよく転ぶと思っていたのですが、予想に反し、私の体は抱きかかえられていました――ジャン様に。
お互い呆気に取られること数秒――。
「もっ申し訳ありません!」
「い、いや、すまない!!」
なぜジャン様が謝っているのか分かりませんが、気分を害したわけではないようで安心しました。それにしても、なぜここにジャン様がいらっしゃるのでしょう?
――まさか、マクマはジャン様を見つけてここへ入り込んだの?
ジャン様に懐いてるの? 姿が見えない感じないジャン様に?
「ここは空き教室ではないのですか?」
そう問いかけると、ジャン様が少々ばつの悪そうな顔をされました。
年相応なその様子が何だかおかしく、思わず笑ってしまい機嫌を損ねてしまいました。
何だか最近のジャン様は可愛いですね。三バカの後だから、余計にそう感じてしまうのでしょうか?
「……サボりですか?」
「いえ……教室にガーヌ嬢が押しかけてきたから逃げているだけです」
そう言いながら、ジャン様は床に寝転がってしまいました。
「……汚れますよ?」
「その方がいいんですよ。埃まみれなら、あの女も寄って来ない」
そのまま眠るように目を瞑ってしまいました。余程疲れているのでしょうか?
何だか静かですね……。
穏やかな寝息が聞こえてきそうなジャン様の様子を見ていると、何となく脳裏に平和という言葉が浮かんできました。
……ああ、そう言えば……先ほどから、頭痛がしません。朝からずっと煩わしかったのに……平和を感じているから、でしょうか?
じっくりと彼の顔を見てみれば、どこか顔色が悪いような気がします。ちゃんと、眠れていないのでしょうか? でも聖女様も家までは……押しかけているのでしょうか? 彼の家にはコーベル嬢がいらっしゃいますから、当然揉めるでしょうね……心労がたたっているのでしょうか?
……傷物のことなど、放っておけば良いのに。
…………いじらしいと言うのでしょうかね?
【世ノ光成リシ者ヨ、――汝ガ導キニ於イテ彼ノ者ヲ和セ】
――これは癒やし効果のある神聖魔術です。ジャン様はぐっすり眠ってしまっているようですね。少しでも、疲れが取れると良いのですが。
……攻撃魔術以外で他人に神聖魔術を使ったのは初めてですね。ちょっと……楽しいですね。なぜでしょうか……先ほどまでは、人生なんて碌なものではないと思っていたのに。
『この人、モニカに懸想しているの?』
……何を、言っているのでしょうね、マクマは。
そんなはず、ないのに。
この傷を、知ってる彼が、私を好きになるはずは…………ないのに。
◇◆◇ ◇◆◇
来週行われる浄化実習の受講について、聖女様が難色を示されているという噂は、あっという間に全校生徒の間に広まりました。
浄化実習というのは、王都の外れに訓練用にわざと穢れを集めている場所があるのですが、その場を魔術で浄化することを目的とした実地訓練のことです。
通常は神官を目指す生徒が受講するものなのですけれど、今年は何と言っても聖女様がいらっしゃいますから! そのご尊顔を一目見たいと、多くの生徒が参加を希望しているそうです。
本物の神聖魔術を目にすることが出来る機会など、そうそうないと――多くの人々は、思い込んでおりますので。
だというのに、肝心の聖女様は参加を渋っておられる――――という状況だったのは、つい先日までの話です。
私が不参加を殿下に表明していた影で、実はやっかいな事態が進んでいたらしいことを知ったのは、学内の食堂で聖女様とコーベル嬢が派手に揉め始めたときのとこでした。
――聖女様を囲んで、いつも通りの茶番を横目に、ジャン様にお裾分けしてもらったステーキを食していた時のことです。
「これはどういうことですの?! 殿下!!!」
怒髪天を衝く勢いでコーベル嬢がこの場に現れました。ベアトリス嬢はいつの間にか、コーベル嬢の取り巻きとなってしまわれたのでしょうか? コーベル嬢は単独行動を好むと思っておりましたが、認識を改める必要がありますかね?
「コーベル嬢、今は食事中ですよ? 少しは静かにしていただけませんかね?
全く、これで公爵家のご令嬢とは嘆かわしい! 少しはリューを見習ったらどうです? コーベル公も、娘がコレでは恥ずかしくて表を歩けないでしょう」
そう叫んだのはグスタフ卿の小判鮫、エドアルド卿です。脳に闇でも飼っているのでしょうか、嫌味が止まるところを知りません。
「全くだな! そんなことだから殿下に見向きもされないのだ」
アベル卿がいらんことを言い――。
「少しはリューの爪の垢でも煎じたらどうだ? それでも貴様の穢れた性根が、どこまで浄化されるかは謎だがな!」
テオーデリヒ卿がバカを晒し続けます。
それにしても、コーベル嬢は何をそんなにお怒りなのでしょう?
肝心の殿下は聖女様の隣で、どこか思い詰めた表情をしていらっしゃる――と思ったら一瞬、なぜかこちらへ目配せをされました。
――面倒な気配がします……。私の隣に座っているジャン様を見たのかしら? ええ、きっとそうですね。周囲も――ジャン様以外は――そう思っているようですし、気にしないことにしましょう。
私は、折角高位貴族様がお恵み下さった国産高級ステーキを、心ゆくまで堪能したいのです! ……食べ終わったら多少の面倒毎を見てやっても良いです。
でも! 今はダメです!! 私の美味なる食事が優先――――――――――ぃぃっったああぁっ!!!
「昨日、枢機卿直々にお話を頂戴致しました。殿下は……本気でその娘に、王妃が務めるとお思いなのですか?」
コーベル嬢の背後から涼しい顔をして現れたのは、コーベル嬢の実兄、ウェルス・コーベル公爵子息(御年二十一)のようですが……なぜここに? 彼は学園をとっくの昔に卒業し、今はコーベル公の職務を学んでいる最中とお伺いしておりましたが?
冷静に見せかけて――内心相当お怒りのご様子。ジャン様を見ると、興味なさそうに食事を続けていらっしゃいます。
「教会が指示し王である父が了承した。それだけのことだろう。
コーベル嬢もリュクレースも、そこに何の違いもあるまい。今更、何が不服だ? まさか、この期に及んで貴様も恋だの愛だのと、下らんことで私の手を煩わせる気ではないだろうな?」
――――――――――――――――あら?
殿下のお声が、常に無く冷え冷えとしていらっしゃるのですが?
驚いたのは私だけではないようです。
先ほどまで怒りで頬を染めていたウェルス卿も、その背後にいるコーベル嬢も、殿下の隣にいる聖女様を初め、取り巻きやその他諸々、皆驚きの顔で殿下を振り返ります。え、情緒不安定ですか??
同意を求めてジャン様を振り返れば、彼は興味なさげに、やはり食事を続けていましたが、私の視線に気付き――。
「昨日、高位の神官が屋敷に来て話があったんです。
『今度の浄化実習で、聖女の力が認められた者を新たな王太子殿下の婚約者と定める』ことになったそうですよ」
ジャン様が小声で、私にだけ聞こえるようにそう仰りました。……それは……面倒なお話ですね。先日の殿下の頼み事を思い出しますと……殿下は、不正な手段を使ってでも聖女様を婚約者としたいということ??
やはり、殿下も立派な逆ハーメンバーだった……という理解でいいのかしら??
――などと、軽く考えていたことを、私は後に激しく後悔することになるのです…………。
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