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第一部
6話
しおりを挟む目の前には、どこから現れたのか、驚きのあまり目を見開いて固まっている我が国の王太子・フレデリック殿下がいらっしゃるではありませんか。
マクマは本当に大精霊だったようです。証明されてよかったですね、姿を見ることができる人間が私以外にもいるのなら、もう私はお役御免です。
今までありがとうございました、そしてさようならマクマ――――。
『待ってよぉ』
その場を殿下に任せ、静かに校舎裏を去ろうとしていたところを、大精霊マクマに顔面ダイレクトアタックで通せんぼされました。
「待て! これは……どういうことだ?!」
テオーデリヒ・カルツ卿が静かになったと思ったら、今度は時を取り戻したらしき殿下が騒ぎ始めました。聖女様のお友達はなぜ、こうも騒がしい方ばかり……。
「どういうことか、とは?」
「なぜ君の下へ大精霊が現れた?! 大精霊は、聖女や高位神官の下へしか姿を現さないと聞いているが」
『そうなの? ボク知らないよ?』
マクマに話しかけられ、殿下は可哀想なくらいに恐縮していらっしゃいます。
「………………」
『モニカ、この人どうしちゃったの??』
殿下の正気が戻るまで数十分ほどかかりまして――。
「大精霊・マクマ様……であらせられますか?」
『うん! えへへ』
マクマは大精霊と認められたのが嬉しかったのか、尻尾を千切れんばかりに振り回し、それはそれは嬉しそうに殿下の周りを飛び回っています。
『ほらほら! この人はボクが大精霊だって分かってくれたよ! モニカは、この人の殊勝な心がけを見習った方がい――――わああっ!』
「マクマのくせに!」といつもの調子で尻尾を掴もうとして、青くなった殿下から叱責を頂いたりしつつも、王室の精霊に対する見解を伺うことができました。
王族は教育の一環で幼少の頃より高位神官と共に、特別な神学を学ぶらしいです。それ故、上位精霊である大精霊及び精霊王についても私などよりも遙かに詳しくご存じでした。
近年ではその姿を直接目にする事ができる者がいないため、その姿は肖像画や彫刻で語り継がれているのみなのだそうです。姿形は悪魔でも真似ることができるようですが、マクマから漂っているらしい神聖な気とやらでマクマが大精霊であることを確信したらしいです。
私にはさっぱり分からない感覚です。
――そうだ! これは良い機会です! 例のアレを確かめてみましょう!
「殿下、お伺いしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「構わないが」
「神聖魔術が選ばれた者にしか扱えないといのは、国家戦略……ですよね?」
「……君は、神聖魔術が扱えるのか?」
「ええ使えますけどそれが何か――」
思わず答えてしまいましたが少々まずかったかも知れません。機密事項であったならばアウト、逃亡生活待ったなしです!
「あぁ! あの、えっとですね、あの今のは……」
私の弁明にもならない呟きなど聞いていない様子で、殿下は何やら信憑な顔つきで考え込み始めました。……とても、面倒な予感がします。
「いや……いいんだ。大精霊が聖女でも王家でもなく、君の下へ現れた時点で……自分の不甲斐なさは嫌というほど分かっている」
何が分かったのですか、殿下。勝手に納得しないでいただきたいのですが。限りなく、明後日の方向へ納得されている気がしてならないのですが?
「……リュクレースは教会に聖女として認定されているが、精霊の存在を感じ取るどころか、神聖魔術を行使することもできない」
その辺りのことは、マクマから話を聞いておりましたから驚くことはありませんが……殿下がこれから、激しくめんどくさいことを語り出しそうな気配が、プンプンと致します。そちらの方が問題です。
「大体マクマ! なんで聖女様の所へ行かないのよ。アンタが行かないから、話がややこしくなるじゃない。今すぐ行ってきなさい!!」
殿下が非常にメンドクサイことになりかけているのよ!
『えー、やだよ! ボク達と話すことはおろか、見ることすら出来ない人間達が勝手に決めた愛し子なんて、面倒見切れないよ!』
――は? いや、ちょっと待て。今なんて言った?!
「――え、ちょっと待って、聖女様を助けろって言ってたよね?!」
『ああっ! えぇっと、あのそのそれはえっと――』
「アンタ私に嘘ついたのぉ?!」
『わーんっ!』
「モニカ・ホーグランド!!!」
……青い顔をしている殿下が側にいると、本当にやりにくいです!
いくら何でも、王太子殿下の背後に隠れたマクマを引っ張り出してボコボコにするワケにはいきませんし。全く! 悪知恵ばっかり働くんだから!
「待ってくれ……彼女は、愛し子では……ないのか?!」
先ほどのマクマの爆弾発言に、殿下が凍り付いております。
――このままでは面倒なことになりそうですね。深刻なトラブルに発展する前に、殿下を何とかしなくては!
「落ち着いて下さい殿下! マクマは見ての通り大幼児精霊なのです。きっと幼いから自分が何を言っているのか分かってないに違いありません。聖女様は教会や王家に認められた確かな聖女様ではありませんか! 殿下は今まで正否などお気になさらずに要らしたでしょう? さあ! だからこれからも!」
「……教会や……王家に認められた…………それを……鵜呑みに…………」
まだ何やらブツブツと呟かれております。え、私そんな深刻なことは言いませんでしたよね? 元凶のマクマを睨んでやると、草陰に隠れてしまいました。
殿下に視線を戻せば、脱力したように近くのベンチに座り込み、項垂れてしまわれました。殿下は誰かに否定されたことがないのでしょうか? 全く、仕方がありませんね。
「マクマの言うことは気にしないでいいですよ。先程も申し上げましたが、子供のようなので、きっと、私達と同じく学び中なのでしょう。色々と。
殿下は王命で聖女様の手助けをされていらっしゃるのでしょう? ならば、迷う必要はありません。貴方は、王族なのですから」
「――――すまない」
「えっ?! で、殿下?! 何してるんですか、ちょっと止めて下さい!!」
緊急事態です!
殿下がいきなり、私に対して頭を下げ始めました!
王太子殿下に、たかだか子爵家の小娘が頭下げさせたなんて、誰かに見られたら私が消されます!!!
『ねえ、お兄さんはこんな人気のない場所に、一体何しに来たの?』
マクマの言葉に、殿下が一瞬、平常運転状態に戻り視線の先にテオーデリヒ卿を見つけて……再び暗くなってしまいました。
世辞者に何か御用だったのでしょうか? 彼に何ができるとも思いませんが、馬鹿と鋏は使いようとも申しますし、殿下は有効な活用方法を見いだしていたのかも知れませ――――――――――――。
「いだだだだだだだっ!!!」
「モニカ・ホーグランド?!」
最早、恒例となってきたサークレット頭痛による一連の騒動が片付き、私はようやく殿下と向き合うことができる状態となりました。
私が頭痛で苦しんでいる間に、マクマが殿下に事のあらましを説明していたようです。心配の仕方が「大丈夫か?!」から「どうしたものか……」へと変化していましたし。
――今のは何がいけなかったのかしら?! 全然分からないのですけれども?!
「君がコーベル嬢を擁護したというのは、大精霊様のお導きか?」
驚愕も顕わな殿下ですが……心中お察し致します。ですよね、普通驚きますよね! 何しろ聖女様、精霊の愛し子として知れ渡ってますもんね!
誰が愛し子言い出した? って話になりますよね。誰なんですかね?
……ああ、王家でしたっけ。
「そんな目で見ないでくれ……」
殿下の、完全無欠な王子様像が崩れる日が来ようとは。やはり、マクマに関わると王族でさえもロクな目に遭わないのですね、恐るべし、疫病神マクマ……。
『困ってる人がいるのなら助けに行かなくちゃ! さあ! モニカの出番だよ!!』
――と、マクマが喚くので仕方なしに殿下と現場へ向かうこととなりました。
殿下があの場に現れたのは、事を治めるために手駒として使う予定だった、テオーデリヒ卿を探してのことだったようです。
バカを使った収束方法をとる気ですか? ……殿下はお疲れのようですね。
彼女達が揉めている現場は、中庭に設置されている数箇所あるガゼボの内、最も大きな中央ガゼボのようです。観客が大量に押し寄せています。
皆様、揃いも揃って、品がありませんね。
「謝って下さい! 貴女がしていることは、人として間違った行為です!!」
遠くにいるというのに、聖女様の堂々とした怒鳴り声が聞こえてきます。
……いいなあ、あんな風に思うように言えて。
「モニカ・ホーグランド?」
「何でもありません。早く行って下さい!」
先に行くよう促すと、「なぜ?」と言わんばかりの反応を見せる殿下に、「物陰から、二人揃って出て行く場面を見られて騒がれるのは迷惑だ」とオブラートに包み、お伝えしました。
オブラートに包んだのですが……殿下の背中から哀愁が漂っています……あの、このくらいで傷つかないでいただきたいのですが。
「何を騒いでいる!」
――心配する必要はありませんでしたね。
そう言えば、殿下はテオーデリヒ卿を使って、場を治めるつもりだったということでしょうか?
まあ、私の出る幕はありませ――――――――――――。
「いだだだだだだだだっ!!!」
――行けばいいのでしょう、行けば!!!
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