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第一部
3話
しおりを挟む「貴様! リューに何をした!」
「そんな……っ! わたくしは何もしておりませんわ!!」
登校早々、面倒なシチュエーションに出くわしました。
正門前と言う衆人環視の中で、地面に座り込んでいる少女――コーベル嬢――を取り囲んでいる聖女様とその取り巻きの方々がいらっしゃいます。
コーベル嬢の、緑がかった美しい金色の髪は今は無残に地に堕ち、アメジストの瞳には暗い影が差し、陶器のように美しく艶やかな白い肌は、最早青白くさえ見えます。
地面に倒れたコーベル嬢と、彼女を取り囲む聖女様軍団……。はあ、聖なる少女が聞いて呆れます。
ここは、見なかったことにして通り過ぎるのが定石――――。
「いだだだだだだ!!!」
――サークレットが締め付けてくるぅ!!
頭から外れなくなってしまい、洗髪が大変でした!
このままでは直ぐに錆び、とても見られたものでは、なくなってしまうのではないかしら?!
「モニカ・ホーグランド?!」
ああ、気付かれた!
現在の軍団メンバーは、宰相の息子、侯爵令息、子爵令息、男爵令息、そしてコーベル公爵子息。
なんで糾弾軍団の中に、コーベル嬢の弟君がいるのでしょう?
ジャン・コーベル公爵令息、御年十五。
緑がかった金髪に琥珀のような瞳をお持ちで、温厚そうな可愛らしい顔をしていまして――今もまだ、その甘いマスクに騙される者が後を絶ちません。
取り巻き風情に身を堕とすとは、嘆かわしいことです。
「ど、どうされたのですか?! まさか、背中が痛むのですか?」
「その話はここでは――」
――七年前、彼は八歳、つまり、例のトラブルを覚えています。吹聴していないのは、親から口止めでもされているのでしょう。
今は私を心配そうに認めているその瞳で……先ほどまでは、コーベル嬢を冷たく冷たく睨みつけておりました。
私も、コーベル嬢をざまあみろと、心の底から思うことができれば…………。
「モニカ? ジャンと何の話をしているの?」
聖女様が私を押しのけるようにして、ジャン様との間に割って入ってきました。私に話しかけているようで、その実、話しかけているのはジャン様ですが。
しかし、ジャン様との距離が近いのではありませんか? 聖女様……。
おやおや? 聖女様の思惑通り、逆ハーメンバーの熱い嫉妬交じりの視線が飛び交っていますね。聖女様もそれを分かった上で――――至極、ご満悦のご様子です。
――いやあほんと、揺るがないですよね、聖女様は。
「おい貴様! 貴様が不審な動きをするから、リューが驚いてしまったじゃないか! 気を付けろ!」
「そうだ、そうだ!」
皆様、気持ちが悪くなるほど甘ったるい声で、聖女様を呼びます。馬鹿がうつったら困るので、近づかないでいただけますか?
今こちらにイチャモンを付けてきているのは、宰相の息子と侯爵令息です。
――面倒なので詳細は後ほど。
今は、地べたに未だに座り込んでいるコーベル嬢を何とかしなければなりません。
結構な時間が経っていると思うのだけれど、自分で起き上がる様子を見せないということはどこか、怪我でもされているのでしょうか。
「……どこかお怪我でもされているのですか? コーベル嬢」
――あ、まずい。
積年のアレがこもって、思っていた以上に冷たい声になってしまいました。
「……え?」
コーベル嬢が間抜け面で、私をご覧になっています。
……へーえ? 自覚があるのかしら? 私に憎まれているという――。
「いだだだだだ!!!」
――またサークレットが!!
「モ、モニカ・ホーグランド??」
コーベル嬢に心配されるなんて、一生の不覚だわ!
――いつまでぼんやり座ってるのよ! さっさと立てやク――。
「ひぃあああああああ!!!」
――更にサークレットがきつく……! 分かった、分かりました! ちゃんと助ければいいのでしょう!!! 雑念を振り払うのよ、私!
――いざっ!!
コーベル嬢の手を引いて立ち上がらせることに成功しました!
どこも怪我してないじゃない! さっさと立ちなさいよ! これだから傲慢ちきなお嬢様は……!!
「いぎぎぎぎぎぎいぃ……」
私、天寿を全うする前に、頭蓋骨粉砕で、死ぬ、かも、知れ…………な……。
◇◆◇
詐欺師がよこした祝福のせいで、失神してしまったらしいと分かったのは、目が覚めて医療室の天井が見えたときのことでした。
なぜか知らないけれど、医療室の天井だけは真っ白なのです。
『たった一つの善行積むために失神なんて……モニカ、どれだけ穢れてるの?』
「余計なお世話よ!!! ああーっ! 外したいぃ!」
呪いと化したサークレットは、最早私が何をしても外れることはないらしい……いや、昨日、自称・大精霊に言われてはいたけど、でもねえ……はあ…………。
「具合は、もう宜しいのかしら?」
物陰から現れたのは、コーベル嬢? いつからいた? どこから見てた?
彼女の様子から察するに、マクマの姿は見えていないようですね。
私以外にもコレが見える人がいれば、本当に大精霊なのか確認できるのに。
『まだ疑ってるのぉ? モニカがボクを疑うなんて、もぉ世話が焼けるなぁ!』
――未だかつて無いほどにイラッと来たわ。なぜかしら?
「先ほどは……ありがとう。それと、その……」
「?」
コーベル嬢が何かを言おうとしていた、その時――、
「モニカ嬢! 目が覚め――」
ジャン様が現れた!!
聖女派閥に属しているコーベル嬢の弟君と、聖女様の敵対勢力であるコーベル嬢の仲は、当然最悪。故に、ここで邂逅などされると当然――。
「なぜここに、お前のような者がいる!!」
「ここは病室でしてよ? 貴方こそ、弁えてはいかが?」
姉弟喧嘩が始まります。
もー! すっごい迷惑なんですけどー、私病人なんですけどー、呪われてるんですけどー! ホント、この人達一体ここに何しに来たのよ。
これだから高位貴族の連中は!
「彼女から離れろ!」
「貴方こそ! わたくしは彼女に話があるのですわ! お前はあの子の所へでも行けば宜しいですわっ!!!」
「彼女を貴方の側に置いて立ち去れるはずがないでしょう!!」
ジャン様は激しく明後日方面の正義感に駆られているようで、私とコーベル嬢との間に割って入り、いがみ合う始末。
……この二人を仲裁する必要はない……です、ね! うん! サークレットも異常ないし!
◇◆◇
二人の言い合いは平行線を辿り、二人を置いて治療室から出ようとしたところ、二人がかりで引き留められたりしつつ、気付けば放課後になってしまいました。
そして今、私はコーベル公爵家の馬車に揺られて、自邸へ帰ろうとしています……。
――なぜ?!
「あの姉を助けるなど正気の沙汰とは思えません! あの女を誰よりも憎んでいるのは、貴女のはずでは?」
ジャン様の視線は厳しい。
「皆さんの前で傷の件を口にされるのは控えていただきたいのですが」
「申し訳ありません。……でもなぜ隠されるのです? 姉は正式に貴女に謝罪をすべきです!」
「私の一存で申し上げているわけではありません。
責任ある立場の者が既に話し合い、今の状態に落ち着いているのだから、私から今更何を求めることもありません」
心清らかな人間なんて存在しないし、正義なんてこの世には存在しない。
だから、期待なんかしな――――――ん?
手に何か触れました。白いふわふわの長毛クッションがありますね……おや? 何か……角と馬の首のようなものが……気付けば、直径三十センチ弱の子犬のような仔馬のような姿の…………マクマがいました。
――何してるの、この子!!!
『この人、モニカに懸想しているの?』
――――――――――――――――――――――――――は?
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