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第一部
1話
しおりを挟む『初めまして! ボクは大精霊・マクマ。
君のねじ曲がった根性を鍛え直しに来たんだ! よろしくね、モニカ』
「……は?」
金色の角と白い羽根の生えたもふもふっとした、長毛種の仔犬? 鬣があるから仔馬? ――のような、直径三十センチ弱の愛らしい謎の生命体は宙に浮かびながら、出会い頭に愛らしい仕草で私に喧嘩を売ってきたのです。
◇◆◇ ◇◆◇
「ああっ! フレデリック!」
「どうした、リュクレース」
「先程、アントワーヌ様が……うぅっ……わたし怖いっ!」
今日も今日とて、目の前で繰り広げられる光景は同じです。
今をときめく聖女様が、己の魅力と大人の権力で作り上げた逆ハー軍団を率いながら、大本命と思われるこの国の王子様の胸に撓垂れかかります。
因みに、ここは学園内にある喫茶スペースであり、大勢の生徒達が彼等の様子を見ているのですが、醜聞など気にされないのでしょうか?
光風霽月な皆様のお考えは、根性曲がりの私には分かりかねます。
彼女が侍らせているのは殿方だけはありません。友人とは名ばかりの下僕と化した取り巻きの女子生徒が、まるでメイドのように背後に控えています。私がいるのはその最前列です。別に自ら進んで聖女様に取り入ったわけではないですよ?
自分の中のとある事情を優先した結果、なぜかこのような結果になってしまいました。
聖女様の御名前は、リュクレース・ガーヌ、御年十七。
世にも珍しい水色の艶やかでウェーブのかかった長い髪に、大きな紫水晶のような瞳。兎にも角にも、その造形は愛らしいの一語に尽きます。
何でも<精霊の愛し子>という素晴らしい資質を御持ちだそうで、孤児院にいたところをスカウトされたそうです。今は、ガーヌ公爵家の養女であらせられます。
聖女様のお相手を務めていらっしゃるフレデリック様は、御年十八。
我が国の王太子殿下で、貴族社会にはまだまだ不慣れな聖女様の面倒を見るため、王命で四六時中、仲睦まじい恋人同士のように影身に添う毎日です。
これまた彼も美しい造形をしているので、二人そろうと眼福ではあります。
金色の長い御髪を一つに結わえ付けるのに使用されているスカーフは、どうやら聖女様からのプレゼントらしいと、真偽不明の噂になる始末です。
そんな殿下には、アントワーヌ・コーベル公爵令嬢(御年十七)という、幼少の頃からの立派な婚約者が、既にいらっしゃいます。
コーベル嬢は、今は公爵家の人間である聖女様をいつまで経っても平民扱いし、筆舌に尽くしがたい残虐なイジメ行為を繰り返している、ともっぱらの噂になっておりますが、真偽の程は不明。
貴賤を問わず幼少の頃から聞かされてきた、お伽噺の影響でしょうか?
その様はまるで――悪役令嬢のようだと、口さがない連中は笑います。
コーベル公爵様とガーヌ公爵様は、紆余曲折あり犬猿の仲というのは有名な話です。それが子供にまで影響を及ぼすのは、仕方のないこと。
因みに『アントワーヌ様が』の続きは『通りかかったのに挨拶をしてくれない』だの『会釈をするだけで通り過ぎてしまった』だの無視した、いや、していないと些末なことではあります。
貴族間の微妙なパワーバランスなど、聖女様は気にされないのでしょう。
自分の気持ちだけが大事で、そして最優先。それが許される存在なのでしょうね、聖女様は。
王太子殿下だけでは満足できないのか、周囲に沢山の男を侍らせてもまだ足りない、自分が一番でないと気が済まない。始終あちこちに火種を巻いては育てまくる。<愛し子>というものになると、そういう性格になるのでしょうか?
聖女様は、『アントワーヌ様が』の先を告げる代わりに、その大きな紫水晶にうっすら涙をためて口を噤みます。
――ああ、これは面倒な流れになる気がします。
「お前は何か知ってるのかっ?! モニカ・ホーグランド!!」
――ほら、やっぱり。
聖女様の逆ハー構成員の一人、アベル・プランケット伯爵令息(御年十七)が、こちらに鋭い視線を投げかけてきました。
ああ、モニカ・ホーグランドというのは私のことです。
今年で十七になる子爵家の長女です。上に兄が二人、下に妹が一人おります。
アベル・プランケット卿のこの剣幕は「聖女様をきずつけるヤツなんか、ぼくちゃんゆるさないぞーっ!」と言ったところでしょうか。そんな彼は騎士団長の息子であり、彼もいずれは後を継ぐと公言して憚らないのですが、こんな間抜けに務まるのでしょうか? 私だったら絶対嫌です。国外へ逃げます。
「コーベル嬢は目つきの鋭い方なので、聖女様のように繊細な感性をお持ちの方とは相性が悪いのかも知れません。今後は相見えることの無いよう善処させていただきます」
――そうしておけば、双方安全でしょう。
私も面倒な牽制試合に巻き込まれないで済みますね。
「そうか……そうだな! リューは繊細だからな!」
「そ、そんな……わたし、繊細だなんて……」
リューというのは聖女様の愛称です。騎士団長子息の言葉を受けて、聖女様は頬を染めながら、王太子殿下にしなだれかかっています。
聖女様と殿下を見比べながら、彼は一瞬だけ、悔しげに顔を歪ませました。
騎士団長を目指しているのであれば、密意を悟らせないようもっと心を強く持っていただきたいものです。
聖女様を取り巻く御令息方は、彼女の希望通りに彼女の一番になりたいと願い、日夜水面下で争い合っておられます。
その様が、正々堂々とした男らしいものであったなら、周囲もその戦いを羨望の眼差しで見つめていたことでしょう。しかし、現実は憐れなものです。
他人を貶めて聖女様を崇め奉るような方法しかとることができない上に、周囲への迷惑を顧みない彼等を見る一般生徒の目は冷ややかなものです。
――聖女様と関わり合いになる前までは、彼らはかなりの人気を誇っていました。人柄も問題なく能力的にも優秀で、見目も良く血筋も良い、なんでこんな残念な集団になってしまったのでしょうか。
少し前まで、学内には二つの巨大派閥がありました。
聖女派とコーベル派です。
当初、圧倒的にコーベル派が優勢でしたが、愛し子の力か聖女様の毒牙か知りませんが、徐々に勢いを失い今では風前の灯火と相成ってしまわれました。アントワーヌ・コーベル公爵令嬢は、今や聖女様を不当に扱う勘違いした痴れ者扱いです。
この悪評の広まりには当然、コーベル公爵の政敵、ガーヌ公爵の暗躍が関係していていることは、公然の秘密というものでしょう。
今でも残っているアントワーヌ公爵令嬢の信奉者は、彼女は真の令嬢の中の令嬢で、心も体も清らかで非の打ち所のない完璧令嬢なのだと言います。
――――私はそうは思いませんが。
私の背中には、大きく醜い火傷の跡があります。
これは十歳の頃、アントワーヌ公爵令嬢の誕生日会に招かれ、意気揚々と出かけた私に対する、彼女のちょっとしたイタズラが原因です。
彼女が発動させた火炎魔法――花火でも上げたかったのかしら?――が、私の背中に炸裂しました。数日死地を彷徨い、無事現世へ戻ってくることは叶いましたが、醜い火傷の跡は残りました。
たとえどのような事情があろうと、子爵家が公爵家に文句の一つでも言えるはずもなく、結局、私は泣き寝入りです。こんな醜い体では、還暦を過ぎた好色爺の後家に収まれば万々歳といったところでしょう。
それでも平民と比べれば、遊んで暮らせる分マシなのでしょう。
私はこの件を、公言してはおりません。
今の状況でこの件を聖女様達に言えば、餌を与えるだけですから。
だから、この場にいる人間で当時のことを知っているのは、ここにいる中では、王太子殿下くらいのものでしょうか。
そう言えば、当時の彼は子供らしく正義感溢れる性格で、酷く面倒な思いをしました。
成長した今は、パワーバランスを考えられるようになってきたようですが、今のこの現状を見る限りやはり、まだ少々メンドクサイ部分が残っているのでしょうか。
「それにしても忌ま忌ましい女だ! 殿下には相手にもされていないものを!」
「よせ」
団長息子の発言を止めたのは殿下のようです。
彼はずっとどっちつかずの態度を示しています。
聖女様の側に恋人のように寄り添いながら、婚約者を貶められるのを嫌う。そのくせ、婚約者に対する感情は誰の目にも明らかなほどに、嫌悪感に満ちている。学園内の派閥程度を御することもできず、自らの感情を律することもできない。
この人これから先、大丈夫なのでしょうか――――あ、目が合ってしまいました。
――頼むから面倒なことを言い出さないで頂きたいのですが!
「そうだな、すまないがモニカ・ホーグランド。彼女達がまみえぬよう取り計らってもらえるだろうか」
面倒この上ないですね、丁重にお断りしたいところです、が。
「畏まりました」
王太子殿下のお言葉に逆らうような真似をすると、聖女様が五月蠅いので。
――悪に溺れ卦体が悪い悪役令嬢に、人々の信頼と愛情を一身に受ける聖女様。
とてもとてもくだらない、お伽噺のような世界。
これが、私が生きている世界――――――――――――――――――……。
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