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学園編

65.生誕祭2

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「えっと、その……元気を出して?」

 人を慰めるためにはある程度の技術が必要で、自分にはそれが致命的なまでに備わっていないらしいということに、今頃になって気づいてしまった。
 平凡な日本人を経由したとは言え、この魂は間違いなく悪役令嬢でできているようだ。だって、どれほど言葉を重ねても、ボディーガード君の顔色が戻らない!

 心を落ち着けてもらおうと、人の少ないバルコニーへとやってきたのだけれど、失策だったか。煌びやかな喧噪の中にいたほうが気が紛れたかも。――そうだ!

「分かったわ! ちょっと食べ物持ってくるから、アンタはそこでじっとしてなさい! そんな面でダンスフロアにいたら、悪食令嬢の餌食になるわよ!」

 泣きたい時には甘いもの! これは日本の処世術だったはず!
 フロアに食べ物を取りに戻ろうと踵を返して、フロア方面からやってきたデリア・リナウドと愉快な仲間達が、馬鹿の一つ覚えのように立ちはだかっていたことに気づいた!

 ――悪食筆頭令嬢デリア・リナウド!
 なんでこういう面倒な場面に、面倒なタイミングで狙い澄ましたように現れるのよ彼女は!! いや、でもマリー・トーマンではなく、こっちに来たんだから良しとしとく?

「君は、デリア・リナウド侯爵令嬢だったな」
 当然のことながら、ボディーガード君は険を含んだ目でデリア・リナウドを見やるし、彼女は彼女で敵愾心剥き出しで彼を睨めつけている。
 今のデリア・リナウドが、かつてのと同じ思考回路なのだとしたら、ボディーガード君をマリー・トーマンの下僕のような存在だと捉えているのだろう。

 一味をどうやってこの場から退去させようか、と考えていると先制攻撃を食らった! ボディーガード君が。

「たかが平民に懸想し相手にすらされていないなんて、無様ですこと」
 ダメだって! 今、彼にその手の話題は禁物だから! マジギレして面倒なことになる前に、ボディーガード君をこの場から退去させるか。

「そうだ、ねぇボディーガード君、この子達がここにいるということは、マリーが危ないかもしれない! どっかに罠があるかも?! なので、さっさと探して遠くからでも、無事を確認して来てくれないかしら?!」
「は? 貴女は何を言っ――」
「――いいから! 今のアンタ、ご令嬢を殴りかねない顔してるのよ! さっさと行って、頭冷やしてきなさい!」

 よし! ボディーガード君を大広間へと戻すことに成功した!
 メンタル心配してあの場から連れ出したって言うのに、意味なかったな。
 デリア・リナウド、本当に余計なことをしてくれるもんだ。

「ちょっとお前! 仮にも貴族の令息に向かって平民如きが、あの口の利き方はどういうつもりですの?!」
 あら失礼? 昔取ったなんとやら、というやつかしら、おほほ。

 ――扇の持ち方が様になっていないわねぇ、デリア・リナウド?

 おやおや、少ない手駒で私を取り囲み、あくまで優位に立とうとする往生際の悪いその姿勢――客観的に見れば、かつてのも同じようなものかしら?

「何なのよ、その目は! そう、お前のその目! のようで、ああ! 本当に腹立たしいわ!」

 デリア・リナウドから異常な負の何かを感じる。
 扇を握りしめる手が、怒りからか小刻みに震えている。あれだけ華奢な腕でなければ、ちょっとは威圧感が生まれていたかもしれない。デリア・リナウドの怒りっぷりに、彼女の愉快な仲間達も動揺しているみたいだし? 内部崩壊の危機か?

 なんて良いところのお嬢様相手に油断をしていたら、彼女達の背後から少々重たい足音が聞こえてくるのに気づいた。これは、男の足音だ!

「お前! 生意気なこの小娘の相手をして差し上げて?」
 デリア・リナウドの声に従うように現れたのは、一人の青年だった。年の頃は十代後半だろうか。鍛え抜かれた軍人崩れではなさそうなのが、せめてもの救いと言えるのだろうか? というかお嬢様今、何言った?!

 少年というか青年というか男というかが、デリア・リナウドの命令のままに私をとっ捕まえようと手を伸ばしてくる! デリア・リナウドの卑怯者ーっ!



「――――何してるッ!!!」

 その怒鳴り声が周囲に響くのと、私がフロアにとある物を放り投げたのは、ほぼ同時だったと思う。

 フロアに穏やかに品良く流れていた音楽家達の音色が止まり、その場を静寂が包む。その一瞬後、何かがフロアの中央に「カツン」と音を立てて落ちた。
 はい。
 私が先ほど投げた、名も知らぬ少年というか青年というか男というかから抜き取ったベルトです、はい。最初はそれで首を絞めてやろうかと思ったんだけど、穏便に済ませることにした次第です、はい。

 客人は何事かとベルトが飛んできたほうへ視線を送り、見つけるだろう。
 パンツ一丁でおたつく男と、それを従えているかのように立ち並ぶデリア・リナウドご一行を。

 ――あの、目的はそれだけだったんです。だって、お嬢様がいきなり男を攻撃手段として使ってくるものですから、こちらも必死だったんです! ああ、ほら! 男が逃げていきましたよ! デリア・リナウドご一行も真っ赤な顔で退場しました! ああ、フロアも落ち着きを取り戻してきたようですね。
 あはは、あの、なので…………怒らないでくれませんかね、パトリックさん?!

「大変申し訳ございませんでした!」
 と、私は先ほどまで男の手をつかみ捻り上げていたパトリックに頭を下げた。
 それはもう、一生懸命に!

「お前いい加減にしろよッ! 何かする時は言えって言っただろ?!」

 やり方を、失敗したかもしれない。彼が、本気で私の心配をしている。
 彼に心理的負担を与えることは本意じゃない。難しいな。

「おかしな真似をするな! 髪を切られる程度じゃあ、すまなかったらどうするんだ?!」
 怒ったパトリックが、私の肩を掴んでいるのだけれど、これは無意識かな?
 綺麗な金髪が、首筋に触れるのを感じる。彼は完全に項垂れている。

「その……ごめん」
 なんとなく、彼が泣きそうなのかと思い、頭を撫でてみた。彼は「何してンだ」と文句を言いながらも、私にされるがままだ。相当凹んでいるらしい。
 パトリックには彼の望むままに、望む人を守って欲しい。

 私は、一人でも大丈夫だから。って言っても聞かないんだろうなぁ。
 あれ? 人の話を聞かないのはパトリックも同じなんじゃ?



「パトリック様、それに君も、申し訳なかった」
 彼の頭を撫でていて気づかなかったが、何時の間にか柱の陰からリナウド侯爵が現れた! 何時ぞやのデジャブか! この人、本当に存在感がなさ過ぎるよ!
 ここで私達に謝罪するくらいなら、最初からデリア・リナウドを止めようよ!
 リナウド侯爵って婿養子ではなかったはず。
 権利関係的に、リナウド母娘に逆らえないというはずもないだろうし、頑張ってよ!

 なんてことは、私もパトリックも口にはしない。
「大丈夫ですよ」「お気になさらず」なんて当たり障りのない言葉を、リナウド侯爵に返す。この人に言っても仕方なさそうだし。

「……あれは本当のあの子じゃないんです」

 リナウド侯爵からとんでもない捨て台詞をもらった。あの父親、本当に大丈夫か。この国には親子カウンセリング制度とかないんだけど?!



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