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学園編
43.新緑舞踏会3
しおりを挟む今世では、私は己の牙を折ることを第一目標として生きてきた。
そのために社交は手を抜きまくったし、おかしな人脈も育てなかった。人より劣るとアピールも必死に行ってきた。畏怖すべき対象として認識されないよう、己の印象は完璧にコントロールしてきた。
なのに、入学以来――折ったはずの牙が再生している気がする……。
グニラ・オレーンを諫めたり、デリア・リナウドを叱りつけたり色々あったからな。子息令嬢を諫めるには、公爵令嬢として威圧的に振る舞った方が早かったから。
◇◆◇ ◇◆◇
エントランスに背を向けデリアたちの前に立ちはだかる。
「ミーシャ様……!」
デリアの目が、一瞬、敵意を見せて揺らめいたのが分かる。
「ミーシャ様こそ、よろしいのですか?! クリストフ殿下が市井の小娘と――」
彼女の取り巻きが口々に、そう言い募る。
「ねえ? 誰が、口を開くことを許可したのかしら?」
――え、今、私なに言った?!
まずいまずい! 覚えのある緊張感にさらされて、わたくしのあの好戦的で邪悪な思考が先に立ってしまう!
息をするように、相手を威圧する物言いをする。
瞬きをするように、相手の尊厳を貶める言葉が口をつく。
……目の前には、恐怖に引きつるご令嬢の姿。かつてのわたくしを取り巻く者たちがしていた表情――。
――――――まずい。なんで今更こんなこと…………?!
「申し訳ない。私の連れは少々ご機嫌斜めらしい」
己の吐いた毒に頭が真っ白になってしまった瞬間を隠すように、割って入ったのはパトリックだった。
彼は私の手を取り、さりげなく私と彼女たちの距離を取らせその視線を己に集めた。私が吐いた毒が中和されたかのように、彼女たちの顔つきが平常時のそれへと戻る。同時に、私の思考回路も平常時のそれへと戻って行く。
「だから……これ以上、ことを荒立てるような真似は控えてくれるかな?
何者に対しても……いいね?」
「は、はい……」
青い顔が淡く色づきパトリックを見つめている……それをなんだか面白くないと思えるくらいには、思考が回復してきた頃――。
「これは何の騒ぎだ?」
エントランスにいるはずのクリストフ殿下の声が、すぐ近くから聞こえた。
――いや、騒ぎにはなってない……はず!
これ以上殿下ともめてややこしい事になるのはごめんだ。というか、すぐそこに殿下がいるということは、そこにはマリー・トーマンもいるのでは?
「……ッ!」
ああほら、デリアと愉快な仲間たちが殺気立っている!
――殿下から逃げるのは無理そうだ。諦めてその姿を探すと、予想以上に近くにいた。パトリック同様、紺のスーツに金の刺繍。同じデザインではない。肩章(礼服の肩にそって付けるバンド状の付属品)には金の房飾りが遇われている。漫画によくあるあの王子様の肩にある金のジャラジャラを付けている。
前回はその姿を目の前に『王の中の王!』と無上の愉悦に包まれていた。
今は――――彼の背後にいるマリー・トーマンに意識を集中させよう。
彼の背後には、マリー・トーマンがいる。
ただ、前回と異なりその腕を絡ませてエスコートをしているようなことはなかった。本当に、ただの付き添いといった様子。……王妃様に紹介する気あるのかな?
殿下に一礼をして、何の問題もないことを告げたのだけれど、目の前の殿下は不信感を隠そうともしない。そうなるように仕向けてきた結果なんだけど。
「あっあの! 失礼します! 恐れながら! 恐れながらです!!!」
――こ、この声は……まさか……。
この場に漂う緊張感など知ったことか、とおかしな声を張り上げたのは――やっぱりマリー・トーマンだった……!
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