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学園編

20.三角関係の足音2

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「勉強はどう? ついていけてる?」
 前回、マリー・トーマンの成績優秀な噂を聞くようになったのは、前期の修了試験の後からだった。実際のヴィクトリア朝の寄宿学校がどうなっていたのかは知らないが、この学園は三年生の二学期制で、学期毎にテストがある。その結果、教育課程を修了していると判断されたものだけが、次の教育課程に進むことができるようになっている。
 社交界デビューの証明である両陛下への謁見は、学園卒業後に行われるのが常。この学園での成績は、その後の社交界での立場も左右する。

「まだ始まったばっかりだから分かんないよ」
 そう言うマリー・トーマンの顔は暗い。天賦の才でも持っているのかと思っていたが、どうやら苦労しているらしい。

「分からないところでもあるの?」
「えっと……こことか」
 今気づいたが、彼女は手に勉強道具を持っていた。図書館にでも行くつもりだったのか、それとも、教師に質問でもするつもりだったのか。彼女には優秀でいてもらわなくては! という使命感の元、マリー・トーマンが躓いていたところを軽く解説している最中に、思い出した。

 ――この勉強イベントって、もしかしなくともクリストフ殿下がしていたものでは?! 私が教えたら、二人の仲が深まらな――――。



「その問題が理解できるとは、驚いたな。君はどのような人物に師事を受けていたんだ?」

 足音もなくこの場に現れ、私を凍り付かせたのは――クリストフ殿下だ!
 思考回路が凍結するかと思った。顔から血の気が引く。早く……早くここから立ち去らなければ!

 マリー・トーマンとクリストフ殿下の関係を、邪魔したりなんかしない。

 邪魔するつもりなんかない。私は、極悪非道のミーシャ・デュ・シテリン……この場にいてはいけない。邪魔をしてはいけない。ダメ、ダメ、ダメ。
 早く、この場から立ち去らなければ……!
「おい――」
 パトリックが制止するかのように声をかけてくる。
 なんでだ? 私がここにいるべき人間でないことは、パトリックが誰よりも一番分かっているはずなのに。

「え? どうしたの、ナナミ?」
「えっと、私、ちょっとやぼ用を思い出したからもう行くね」
「君?」
 クリストフ殿下まで心配そうに、私に声をかけてくる。
 心配そうな顔の中に、いつか見た事のある不安を見つけてしまった。
 ……ああ、そうだった。殿下には治癒能力系のトラウマがある。このまま立ち去ると、殿下のトラウマをいたずらに増やしてしまうだけになる。

 ……そうだ、泥を被るのにうってつけの悪女がいるじゃないか。悪役令嬢が。

「いえ、に悪いので、私はこれで失礼させていただきます」
「え?」
 反応したのはマリー・トーマンだ。今の言い方ではマリーもアウトだ。
「マリーはそのままでいいから! 大丈夫、大丈夫! では、失礼します!」
「ナナミ?!」
 マリー・トーマンが心配そうに、私の名を叫ぶのが聞こえたが、ともかくこの場から立ち去りたかった。今の行動指針は、マリー・トーマンとクリストフ殿下を両想いにすること、だ! 私が二人の邪魔をするわけにはいかない! 何しろ、ナナミ・キクハラなんて、前回はあの場にいなかったのだ。
 邪魔以外の何者でもないだろう!


 ◇


「おい、待てって!」
「うわっ!」
 女子寮まで目と鼻の先、という所でパトリックに捕まった。
 ――え、な、なんで? マリー・トーマンは? ああ、殿下と二人きりにしようという気配り? えっと、それにしてもそんな息を切らせて私を追いかけて来たのはその……なんで?
「えっと、その……パトリック?」
 あの場で退却した私は挙動不審だったのだろうか?

「お前、何考えてんだ!」
「え? あの、えっと何をお怒りに――」
「『ミーシャ・デュ・シテリン』を後ろから撃つような発言してただろ!」
「え? あ、ああ……でも血に濡れた名前ですし、問題ありま――」
「今はまだ無傷だろうが!」
「え? ?」
「お前やり過ぎなんだよ! お前それで……………………大丈夫なのか?!」

 ――パトリックは、何を言っているのだろう?



「まあっ! 何をされているのですか?! パトリック様ったら、そのような端た女と!」

 ちょうど女子寮へ戻ろうとしていたグニラ・オレーン髪切り女が、その瞳に敵意をみなぎらせて、私の前に立ちはだかっているではないか。今日は取り巻きがいないようだ。やはり、本来は取り巻きを引き連れて歩くようなタイプではないのだろう。

 ああ、えっともう……頃合いかな?
 これ以上この子野放しにしておくと、面倒なことになりそうだし。




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