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幼少期編

 8.軌道修正しなくては!

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 ――八歳、九歳、十歳……と月日は流れた。
 『ミーシャ・デュ・シテリン無力化計画』は、様々な壁にぶつかりながらも概ね順調に進んでいた。

 現在十二歳――――私の出来はかなり悪いと認識されるに至った。
 読み、書き、算盤の習得率は言うに及ばず。絵画やピアノを始めとする芸術関連についてはセンス無し――というのが、家庭教師チューターの総評だ。

 王家まで巻き込んだ授業のテコ入れにさらされたり、間抜けな刺客の相手をさせられたり……私の忍耐はたびたび試されてきたが、成し得たのだ!
 今では、「こんな調子でこれから先の王妃教育に耐えられるのか。今からでも他の候補を立てた方が良いのではないか?」との声が出るまでになった! やっとだ!

 それ故に、最近、父からお説教をされることが増えてしまったのが少々面倒だが仕方がないか。動機は不純だが言っていることはもっともだ。少々申し訳ない気持ちになる。
 そのまま能力の低さを理由に、王家側から婚約解消を願い出てくれないものだろうか。



 ――前回の今頃、私はをつくるために東奔西走していた。

 プライドばかり高い、落ちぶれた高位貴族と、コネが欲しい中流階級者の情報なら目をつぶっていても手に入れることができた。
 その情報は今も私の頭に残っている。けれど――――私はもう何もしない!

 伝手というものは、一朝一夕では手に入れることが出来ない。必要とされているものを、必要としている者へ、必要としている時に、渡さなければ――。
 だから何もしなければ、黒い何かとつながることなどあり得ない。

 そう、…………………………………………………………あっ!



 ◇


「こっちから行くって言ってンのに」
「いえ、その……あのまま田園邸宅カントリーハウスにいるわけにはいかなかったので」
「何があった?」
「いえ……これからあるかも、という話でして」


 社交シーズン直前の三月某日、私はシュトルツァー公爵家の田園邸宅カントリーハウスへ、朝食を終え勉学に勤しんでいたパトリックを訪ねた。
 早馬での先触れを出したのは、一週間前――本当にギリギリのタイミングだった。教育指導のテコ入れに気を取られて、をすっかり忘れていたのだ。考えたくなかったのもあるかもしれない。
 ――もう! しっかり反省しなさいよ、私! 馬鹿なの、私?!


 シテリンの田園邸宅カントリーハウスからシュトルツァー公爵邸まではかなり遠い。通常速度の馬車で、二、三日かかった。最近開通したばかりの、この世界唯一の蒸気機関車を使う手も考えたのだが、護衛が馭者一人の状態で駅へ赴くのは、躊躇ためらわれた。
 蘇って以降、パトリックは頻繁にシテリンの田園邸宅カントリーハウスを訪ねて来ていたけど、かなり面倒だったんじゃ?
 私ののせいで、本当にものすごい負担をかけている?
 パトリックは何も言わないけど。


 案内されたのは、彼の自室隣にある小ギャラリーだった。ここに置かれている骨董品は子供向きの可愛らしい物が多い。パトリックの趣味かな?
 青い壁紙に白い大理石製の家具が印象的なここは、広さ二十畳ほど。真ん中には白く丸いローテーブルと、壁紙と似たような柄が描かれた布張りのソファーがある。
 ――ややあって現れたパトリックが開口一番言った台詞が、だ。

「この家いたくねぇんだよ」
 それはどういう意味なのか――と訊くより早く、パトリックが「さっさと全部吐け!」と、たたみかけてきた!
 余程ストレスがたまっているらしい。中身十七歳なのに幼年扱いされるからか?


 罪滅ぼしもしたいし、なにか困ったことがあるのなら言って欲しいと思うのに、上手に言葉にできない。なぜだろう、どうして私はこうなのだろう。
 こういう時『マリー・トーマン』なら――スマートに聞き出し、相談に乗り、相手の心を癒やすことができるのだろう。

 こんな頭脳なんか要らないから、そういう能力が欲しかった――――――――






 ――なんて、自己満足のセンチメンタルに浸っている暇はない!

「つまり――前回の、『某怪しき国の諜報員』がお前を利用して、シテリン公と専属取引の契約を結ぶ羽目になったって? いや、でも国交なんかないだろ、とは」
 国交が無いどころの話じゃない。同盟国から接触を禁じられているレベルだ。

「この国は警備態勢がザルですからね。貴方が知らないだけで、あそこの諜報員は出入り自由状態ですよ」
「……まず、その他人事姿勢から直していこうや」

 ……パトリックはどうしてこんなにヤクザな子になってしまったのだろう? 二回目だから? となると、やはり私のせいか……。

「前回そうだったからって、今回もそうとは限ンねぇだろ」
「『王妃様のお茶会』だって前回と同じ日付だったじゃないですか。警戒しますよ! 絶対に間違えるわけにはいかないんですから!」
「まあ、そう……だな」
 今思えば、あの商人との出会いも、数ある分岐点の一つだったのだろう。
 今世の私がたどってはならない、沢山の道の一つだ。

 我が家には既にお抱えの商人がいるのだ。
 取引先を更新する度に面倒な調を行う必要が出てくるのだ。
 面倒くさいことこの上ない。不要な商人の訪問など、常であれば門前払いだった。
 その商人が父の古い知り合いの名が記された紹介状を手にしていたとしても。
 今回だってそうだ。『わたくし』さえいなければ。

 あの頃、クリストフ殿下と『わたくし』の不仲は、宮殿でも問題視されるようになっていた。このままではお互いのためにならないだろうと、話を白紙に戻す寸前だった。その商人は、とんでもない手を使ってきた。

 ――私に毒を盛ってきたのだ!

「ミーシャ・デュ・シテリンとクリストフ殿下の仲が進展しないのは、隣国の系譜が邪魔をしているからだ」等と言い、両親の目を欺き――後は簡単な詐欺の手口だ。マッチポンプで両親を手玉に取り、見事、専属契約を結び直すことにした。

 『わたくし』は、その商人の手腕を高く評価した。
 何も気付かぬ振りを続け……数年後には、逆に男を中毒にし、完全に支配下に置くことに成功した。

「ちょっと待て、じゃあ今頃別の――」
「それはないでしょう。あれは、あらかじめ私に向け、完璧に調合された毒物です。でなければ『心労でお倒れに! この家には私が必要なのです!』ができなくなりますからね」
「分かってるなら気をつければ――」
「初対面の人間に出された食事には一切手をつけなかったし、無機物を通して接触することもないよう、細心の注意を払っていました。……今でも分からないのです。あの男が、どうやって私に毒を盛ったのか」
 ――そして、私が毒で意識がもうろうとしている間に、話はついてしまうだろう。


「でも、お前の家に来るとは限らねぇだろ。まだ正式発表されてねぇし」
「父が吹聴している可能性が無きにしも非ずと言いますか」
「あぁー……」

 パトリックが何とも形容しがたい顔で天井を仰ぐ。
 ホント、シテリン家総出でご迷惑をおかけ致しておりまして、誠に申し訳ございません……。

「父もはじめは知らなかったんです。強欲ゆえにつけ込まれて、気付いた時にはもう引き返せなくなっていました。かつての私はそれすらも利用して、あの家を完全に掌握しました」
 パトリックが、穢いものを見る目でこちらを見ている。
「お前まだ十二だろ、なんだよ掌握って」
「今すぐじゃないですよ。ですが、齢十五の頃には家族全員を駒としていました」

 その頃はもう、クリストフ殿下とは冷え冷えとした関係だった。でも、『わたくし』はクリストフ殿下が好きだった。本当の本当に愛していた。
 だからこそ、あの頃の私はあんなにもマイナス方面に、意識が振り切れていたのだろうか…………。

 どうして、あの頃の私は――――。


「……懺悔は俺にしても意味ないぜ。お前に罰を与える気はない。牧師にでもするんだな」
「ええ……そう、ですね」
 パトリックは意外に面倒見がいいと思う。彼の決して甘くは無い言葉の裏側に、悪意とも善意とも言い表せない意思を感じる。普通、己を刺し殺した人間に対してそこまでしないだろう。…………お人好しだな。

「そいつの表の名は何だ?」
「セオドーニア商会と名乗っ――」
「セオドーニア商会?!」
 商会の名を出したところで、そこまで驚くとは思わなかった。予想外過ぎる。

「セオドーニア商会は、がいた孤児院を援助している商会だ! ……クソッ」

 ――、か…………。

 パトリックの口から彼女の名前を聞いたのが初めてだったと、気付いた。その声が、思った以上に優しくて………………動揺した。うん、予想外だったから。
 まさか、ここでその名前が出てくるとは思わなかったから!
 まさか、私の黒い金がないと孤児院が潰れるような事態には陥っていないと思うけど……大丈夫かな?!

「お前、その商会にいくらくらい落としてた?」
 ――やっぱりパトリックも同じ事を考えている!
「いや、でも悪銭で経営していたとは限らな――」
「マリーから聞いた限りじゃあ……彼女がいた孤児院は、俺が知る他の孤児院より恵まれてンだよ。王立学園に溶け込むことができたのも、もしかしたら――」
「と、溶け込め……?」

 『わたくし』から見たら、溶け込めてようになんて見えなかった。彼女は目立っていた。だって、誰といても何をしていても、嫌というほど目についたのだから。

「商会の資金繰りは俺が調べる。お前は絶対そいつらと接触するな」
 常にない固い決意を感じさせる口調で、パトリックが言う。私を見ているようで見ていない瞳に、彼の彼女への強い想いを感じる。

 ――報われない想いを抱きながら、最期は私なんかに殺された……。

「お前がマリーに使ってた毒やら刺客やらは、そいつが手配してたのか?」
「はい」

 クリストフ殿下に近づこうとする令嬢たちを、するために使用した。罠を張り巡らせ、被害者が欲に溺れれば死ぬような毒の与え方をした。ソレを見て、無様だと笑った。やはり彼にふさわしいのは自分しかいないのだと、愉悦にひたった。
 多くの使用人たちを実験台にして――――。

 学園へ上がる頃には、第一王子にもその魔の手を伸ばすべく動き出すようになっていた。


 手を伸ばせば届く欲に、『わたくし』は自制などしなかった。






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