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幼少期編
4.断罪の時が来る3
しおりを挟む黒く艶やかで柔らかそうな髪、夜空のような青い瞳、容姿の整った品行方正な美少年――というのが、齢七つのクリストフ殿下に対し改めて抱いた印象だった。
後十二年もすれば、人の処刑を憎々しげな冷たいまなざしで見るようになるのだ。まあ、自業自得だったけれど。
恐れていた強烈なひとめぼれ感情は、押さえられているのだろうか?
頭脳や感情まで五歳児に戻っているわけでないことは分かってる。殿下を好きになったら詰む、だから恋愛感情は抱きたくない。
クリストフ殿下のことは、本当に好きだった、愛していた。
この手を血に染めることなど厭わないほど、たまらなく欲しかった。
そんな気持ちも、今は、もう、ない――――――はずだ。
「ミーシャ、我々は少し話があるから、お前はクリストフ殿下へ中庭を案内してさしあげろ」
大人同士で何の話をする気だ!
以前は、出会った瞬間からこちらに興味などなさそうだったのに。婚約者の座に無理矢理収まってからは、思いっきり避けられてさえいた。
向こうから来た場合の対処方法など、考えてもいなかった! 久しく忘れていたのよ、この……クリストフ殿下が他人へ向ける、社交的で友好的な雰囲気を!
視線と威圧で『NO』を突きつけてみたのだが、何の仕込みも無しに父にこの方法は通用しないようだ。両親を掌握するための仕込みが必要だな、さて……って違う! 狡猾になってどうする! 品行方正になるのだ私!
とりあえず、自分が手にしていた紅茶カップを思い切り床にたたきつけ、それを力一杯握りしめる!
「父上様、大変です。私、怪我をしてしまったようです。なんだか痛いわ? この赤いものはなにかしら??」
血だらけの手を父に見せて怪我をしたとアピール! この場からたたき出してもらおう!
「何をしておるのだ馬鹿者っ!!!」
父親が慌てた様子で、恐らく止血のつもりなのだろうか、血だらけの指を力任せに握り始めた。お……折れる……。
「お父様、痛い……えっとすみませんが、このような事態となってしまいましたので中庭のご案内は、執事が――」
「――失礼します!」
殿下が人の言葉を遮って暴挙に出てきた!!
混乱のうちに部屋を後にするつもりだった。しかし、いきなり怪我をしていない方の手を、クリストフ殿下につかまれた。
「え? えっと、あの……?」
驚いたのは私だけではない。父も、そして恐らく殿下が連れてきた保護者も呆けていたのだろう。父の手から血だらけの私の手を引き抜くと、両手で包むように触れて…………なんか詠唱し始めた。
あれ? 魔法とかこの世界に存在していたっけ?
いや、二部には存在してるんだけど……第一部では影も形もなかったと思うのだけれど……魔法なんて生まれてこの方見たことないような気が――。
「殿下っ! 何をされているのですか!!!」
え、誰が誰を怒鳴った? なんて悠長なことを考えていたら、光の速さで殿下のお連れの人が殿下を引っぱたいていた。
『人の家で何の修羅場を演じているのだ?』と、考えていたら怪我をしたはずの手の痛みを忘れていたことに気付いた。いきなり目の前であんな騒ぎ起こされたら、こんな傷くらい……くらい……くらい……くらい……??
「…………え?」
傷が治っている。
なんか唱え始めた時から、もしやとは思っていたけれど……どういうこと?
生まれつきこんな能力持ってる設定だったっけ?
でも、そうだとしたら……パトリックを助けることができたんじゃないの?
「お前は自室に戻っていろ!」
――直後、父シテリン公に来賓の間を追い出された!
父に連行されるように、来賓の間から連れ出された。その際、閉じられかけた扉の隙間から、殿下の様子を窺ったのだけれど――隙間から見えた殿下の表情に、困惑した。
あんな小さな子供が、あんな、寂しそうな目でこちらを見ていたから――。
――――どういう状況に陥っているんだ、私……。
◇◆◇ ◇◆◇
クリストフ殿下と、普通に仲が良かった記憶などなかった。
あの頃の私は、王族とはそういうものだと思い気にも止めなかった。クリストフ殿下が、心の奥底で何を求めていたか、なんて。だから、十五になり王立学園へ共に通うようになる頃には、私を疎んじて避けるようになっても……意に介さなかった。
元々、王妃様のお茶会でクリストフ殿下のお眼鏡にかなったのは『わたくし』ではなかった。相手の家を嵌め落とし、無理矢理、私がその座に着いたのだ。計略を巡らせたのは両親だが、情報提供をしたのは私だ。
まさか王侯陛下ともあろうお方が、子供の第六感を頼りに婚約者を定めるなんて思いもしなかった。きっとそんな私の傲慢な考えも、殿下に……いえ、王家の皆様には気付かれていたに違いない。
だから、あんな様子の殿下は、後にも先にも見たことなどなかった――けど、忘れよう。この世界に魔法なんてものが存在するかしないかなんて、どうでもいい。
ただ、この件はパトリックには内緒にしておいた方がいいだろうか。
だってそうだろう? この能力があればパトリックは……死なずにすんだのはないか、と考えてしまうだろう。ただでさえ、殿下とパトリックはいずれ三角関係に発展する仲なのだから、余計な火種はもみ消してしまおう。
大人たちの反応を見ると、アレはよろしくない行いとして周知されていることのようだし。霊感みたいに、子供の時だけ使える不思議ななにかなのかもしれない。……あ、でも呪文………………いやいや、もう考えない!
もう、殿下と関わり合いになることはないのだから。
父の口からクリストフ殿下との婚約が決まったと聞いたのは、それから一月も経たない、ある日の晩餐でのことだった。あの剣幕なら、婚約の話なんて出るはずもないだろう、なんて思っていたのに。
「無理です! お断りして下さい」
「無理だ。……三度お断り申し上げたが…………無理だった」
「は?」
父の口から意外な言葉が飛び出してきた。
晩餐のこの場には父、母、長兄(十二歳)、次男(十歳)、私(長女)そして妹(四歳)の家族全員が集まっているので――。
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「不穏な発言禁止!」
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――長兄が鋭い…………。
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