悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ

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幼少期編

 1.私は善行を積みます

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 次に目覚めた時、きっとこの世ではないどこか別の世界だろう。この記憶も、なくなっているだろうと、そう思っていたのに――――。



 ◇


 あの少女漫画のタイトルは『ロスト・ドリーマー』。

 舞台となるのは、ケブルトン王国。産業革命真っただ中のイギリス・ヴィクトリア朝をモデルにした架空の国だ。
 ヒロイン『マリー・トーマン』は孤児院育ちの戦災孤児だ。時折学問を教えに来ていた牧師にその才覚を見いだされ、偶然空きの出た王都にある王立の名門寄宿学校への入学を果たす。
 平民で孤児のヒロインと、王族であるヒーローとの身分差が主なテーマとなっている恋物語だ。

 その物語に、私『ミーシャ・デュ・シテリン』は、ライバルキャラとして登場する。クリストフ第二王子殿下の婚約者として、ヒロインの前に立ちはだかるガチの悪役だ。趣味と特技は悪逆非道、生まれついての人非人――それがだ。
 腰まで伸びた真っ直ぐで燃える夕日のような赤い髪は、普段はお団子と三つ編みにきつく結い上げている。桜の花びらのような、薄いピンク色の瞳。気の強さを表すように少々つり上がり気味の目尻といった造形。

 マリーを退けるのに、ミーシャは己が持つ公爵家の長女という立場を、最大限に邪悪な方向で利用してきた。虐げ、脅し、何度も葬り去ろうとしては、彼女を崇拝する面子に邪魔されてきた。

 最期には、マリーを貶めるため国宝にまで手を出した。
 社交界で手に入れた『王家の秘宝』の噂を頼りに、彼女に罪を着せるため盗み出し、他国へ売り飛ばしてやろうと思ったのだ。
 なのに見つからなくて――って、これは私の実体験だった!

 漫画では、普通に秘宝を盗み出し、他国へ売り払おうとしていたところに第二王子が現れ、罪は全て暴かれた。秘宝には、特殊技術でこの国ケブルトン王国の軍事秘密が彫り込まれていたため、国家反逆罪に問われ、最終的には処刑となる。

 邪魔者わたくしが権力をかさに着た愚者だったことが幸いしたのか、人望と才覚のある者として、ヒロインは多くの人々から支持を得た。第二王子の伴侶として多くの人々から認められ祝福され、ハッピーエンドを迎える。

 確か大人気で二部もあったはずだ。けれど、なにをトチ狂ったのかファンタジー路線になったのだ。最終的になぜか別れて終わるという奇天烈な結末を迎えていたような気がするけど、それは今は関係ないか。

 だって、ミーシャ・デュ・シテリンである自分は、第一部で退場なのだから。





 ◇



「――私の部屋ぁっ?!?」

 目が覚めた時、視界の先にあったのは、懐かしい自室の天井だった。
 はりのない、白地に大きな金色の蝶が描かれているフレスコ画は……確かに、町屋敷タウン・ハウス(王都にある屋敷)にある自室の天井にあるもので間違いない。
 正確にはつい最近まで見ていた天井より、明るいというか綺麗というか、遠いというか……。
 窓から差し込んでくる日光の角度からみるに、今は午前だろうか?
 しかも肌寒い。この感覚は……冬?

 上半身を起こして周囲の状況を確認してみると、やはりここは見慣れたシテリン邸の自室で間違いないようだ。けど、なんかおかしい。違和感が半端ない。
 その違和感の正体はベッドから降りようとして判明した。頭が異様に重く、バランスを崩して顔面から床にダイブしたので。

 ――体が子供に戻ってる!!!

「きゃあああ!! お嬢様! お怪我はありませんか?!」
 頭上から大勢の足音と悲鳴のような驚きの声が聞こえる。しかし今の私は、ベッドから落ち、なぜか異様に体力を消耗しているようで、自力で立ち上がることさえできない。
 背後から伸びてきた手に抱えられて、再びベッドに戻される。

 ああ、この人見覚えがある。記憶にある限りで一番古い専属侍女レディースメイドだ。
 母が一度の失態ですぐに彼女たちを首にしていたということを知ったのは、六歳になってからだったか。私も『無能は要らない』とか、思って同じことをするようになったんだよな。

 ……無能はどっちだって話ですよ………………。


「申し訳ございません! 申し訳ございません!!」
「だ、大丈夫だから、母様には内緒にしましょう! えっと、私どうしてたんだっけ?」
 土下座をし続ける齢十八程度と思われる侍女の体勢を何とか元に戻して、今の己の状況を把握するべく情報収集にあたることにした。

「やはりどこか頭を打って――」とか言い始めたので、情報を得るのが本当に大変だったけど、状況は概ね把握することができた。

 説明を終えると、彼女は急ぎ足で上司やら家人やらに報告に行った。が、この室内にはまだ沢山の使用人たちが残っている――ので、先程のやり取りを黙っているように指示したら……かなり驚かれた。
 幼年体の言葉選びに驚いているのか、極悪ミーシャの発言内容に驚いているのか――まあ、それは後回しにするとして!

 五歳と三ヶ月の頃、原因不明の高熱で生死の境をさまよったことがある。高熱に悩まされたのは後にも先にもその頃だけだから、間違いない。



 私は断頭台で処刑された。首に一瞬走った激痛、直後、不意に体があの感覚は強烈だ。私は死んだ、では、今ここにいる自分は……なに?
 五歳だった頃にタイムスリップした? ――死んでから?


 これからどうする? せっかくタイムスリップできたのだから、今度こそは幸せになれるように性根を入れ替えて頑張る? 今まで無体を強いてきた人々に償いをする?
 ……そんなこと、本当にできるのだろうか。

 いやいや、やるのよ!

 あんな小娘の踏み台になどやってやるものか――じゃなくて! ミーシャ・デュ・シテリンの犠牲者を生み出さないよう、清く正しく生きるのよ!!

 日本人の記憶はあるけど、私の土台はあくまで『わたくし』気質のミーシャだ。
 前世の記憶がよみがえり視野が広くはなった。けれど、他人は基本自分より下、使用人は使い捨てのブラック企業体質がしみ込んでいる。
 ……しかし、今はたった五歳の幼児! 生まれ変わるのだ。でなければ、待つのは破滅のみだ。『わたくし』は、それを体験してきた。

 日本人としての『私』は頭が悪く、漫画の内容も詳細に覚えてはいなかった。けど『わたくし』は超・頭脳明晰! 幼少の頃から死ぬ瞬間まで、全ての記憶を鮮明に覚えている。
 自分でも言うのもなんだが、ミーシャとしての自分は、かなり優秀に出来上がっていた。過去の悪事がトントン拍子にうまくいってしまったのは、欲望を満たすための頭脳も人脈も完璧にそろっていたからだ。
 これからの十二年間で、私はそろえてしまったのだ。なぜって?


 ――クリストフ殿下に、ひとめぼれをしてしまったから。


 どうしても、彼の隣にいたかった。そして……王妃の座も欲しかった。第二王子である彼は、今のままでは王にはなれない。
 『わたくし』は、いずれは第一王子もこの手にかけるつもりでいた。
 とんでもない、希代の悪女だったわけだ。漫画でそこまで描かれていたのかは覚えていないけど。

 そしてとどめが、マリー・トーマンに出会った瞬間に芽生えた、己では制御できないありとあらゆる悪感情。ここは漫画の世界、アレはきっと避けられない。
 いくら聖人君子を目指したとしても、アレに飲み込まれたら終わりだ!

 だとしたら、あの感情に飲み込まれる前に、己をいかに無力化するかに、私の将来はかかっている! そう、こうなったら……この優秀な頭脳で、になるしかない!
 物語の舞台になど到底立つこと叶わぬ、他の追随を許さぬほどの、天下無敵の無能を目指し、修練を積むしかない!!
 摘み取りたくない悪の芽は、育てない方針でいく。

 そして隠れてこっそり、善行を積むのだ!!!


 できなければ――――他の誰かに迷惑をかける前に、この命は自分で終わらせる。もう二度と、誰一人、『わたくし』の犠牲にはさせない。










 ◇◆◇ ◇◆◇




 過去におけるクリストフ第二王子との初顔合わせは、両親が無理矢理ねじ込んだ『王妃様のお茶会』で行われた。

 この時点ではまだクリストフ殿下の婚約者は決まってはいなかった。政治情勢やら財力諸々の情報を加味しても、最後の一人に絞りきることができていなかった。
 それは現地に赴いた際の大人の反応で推察できてしまったのだから……当時の、やっぱり優秀だったんだな。

 あくどい手段を使って婚約者の座を得たんだよな……。



 今世で、シテリン公爵である父から『王妃様のお茶会』について話を聞いたのは、生き戻ってから一週間後のこと。とりあえず今回は出席しない方向で父にお願いした。
 野心家な両親のことだから納得はしていないだろうけれど、殿下との接触は、極力絶つ方向でいくしかない。

 私の下に珍客が現れたのは、それから更に一週間後――。私がクリストフ殿下の婚約者となる未来から逃れるための計画を練っている最中のこと。


 『わたくし』が刺し殺した、パトリック・シュトルツァーが私を訪ねてやってきたのだ……!!








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