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23.相思相愛のカンケイ3

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「申し訳ありません、遅くなりました」
「エルウィン様!」
 遅れて応接室へと現れたエルウィンに、ソフィアは挨拶もそこそこに抱きつかんばかりに手を差し出して暴れ始めた。

「待ちなさい、ソフィア!」
 メーベルト伯が慌ててそんなソフィアをたしなめる。
 だが、彼は日頃からソフィアのそんな天真爛漫てんしんらんまんな様子を、手放しで褒めたたえてきた。ここで彼が何を言ったところで、ソフィアは理解できない。

 しかも、今ではを受け取ることができると敬われ、更に甘やかされている始末だ。

「なにを言っているの? うふふっ」
 最終的にソフィアはエルウィンの腕に自分の腕を絡ませて、嬉しそうな笑みを彼に向ける始末だ。

 ――初対面の時からいきなり泣いたりして意味の分からない子だったけど、番いになるとみんなこうなるのか?

「あの、先に確認をさせていただきたいのですが、私は本当に彼女の番いなのでしょうか?」
 エルウィンは腕にしがみつくソフィアを何とか放し、メーベルト伯とシュティーフェル伯に静かに問いかける。――が。
「エルウィン様も分かっているはずです! 、番いでなければできないことです!」
 ソフィアはメーベルト伯とシュティーフェル伯への気遣いなど皆無のまま、自分の感情のままに話し続ける。メーベルト伯が必死に止めているが、ソフィアの耳には届かない。シュティーフェル伯が疲れたように目を伏せた。
 その様子にメーベルト伯は羞恥を覚えるというのに、ソフィアは気づかない。

「エルウィン様も、本当はもうわたしのこと……好きですよね? だって、番いは出会った瞬間からお互いに惹かれ合うものだもの!」


 エルウィンは一つため息をつき、彼女の腕を振り払う。そして――、
「話が勝手に進んでいるようだが、私は君と結婚をする気はない」
 ソフィアにきっぱりと断りの言葉を告げた。

「面白くないですよ! その冗談! エルウィン様はわたしのこと、嫌いではないでしょう?」

 ――苦手なんだ。番いだか何だか知らないが、俺の意思は?

 ソフィアは頬を染めたまま膨らませ、ぷんぷんと怒ってみせる。
 それでもどこか甘えるように、エルウィンの身体に触れようと手を伸ばす。
 認識してしまえば、彼女の存在は嫌悪の対象でしかない。

 ――彼女だと認識しなければ、身体を重ねるだけなら何の問題もないのだろう。だが、それを愛と呼べるのか? 答えは否だ。

 エルウィンは知っている。いきなり現れて心を鷲掴わしづかみにして、ぐいぐい引っ張っていく存在を。そのくせ妙に察しが良くて、触れて欲しい、甘えて欲しいと思うのは、一人だけだ。ソフィアではない。

「己の意思とは無関係に身体だけ引かれ合うのが番いか? そんな動物的なものを、愛情と呼ぶのか、君は?」
「エルウィン様は気づいていないだけです! わたしを愛しているはずです! エルウィン様!」



 言いすがるソフィを気遣い、返事をするものはこの場にはいなかった。
 メーベルト伯でさえ、この場の娘の所業のまずさに、顔から火が出そうになっていたかのだから。

「結婚となると両家の問題にもなるでしょう。一朝一夕で決めてよいという話でもありますまい」
 シュティーフェル伯は、話をそう締めくくる。

「えっ?! どうしてですか? わたしとエルウィン様は番いなんですよ? 一緒にならなければいけない存在なんです! 引き裂くなんて酷い!」
 と、ソフィアは泣き出してしまった。

 その場にいるソフィア以外の三人は途方に暮れる。
 ここまで幼いと、結婚などとてもできない。

 ソフィアの様子を見て、シュティーフェル伯はルイーゼを正妻として、ソフィアを愛人にでもしたほうがよいのではないかと考えた。
 このままでは余所よその貴族にも出せないだろう。
 貴族社会に入り、また一年しか経っていないという点を考慮したとしても、とても擁護できない。精神的にもあまりにも幼すぎる。

 ソフィアは確かに愛らしい。
 だからこそ、何も考えずに愛玩し続ければこうなることは分かっていたはずだ。
 シュティーフェル伯は、少しだけ、非難をにじませた視線をメーベルト伯へと送った。

「どうしてですか? わたしが、貴族じゃないからですか? わたしの……お母さんを馬鹿にするなんて……酷い……」
 さめざめとなくソフィアのことを、もう、誰も見てはいなかった。


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