7 / 56
6.運命のはじまり
しおりを挟むソフィアが、メーベルトを名乗るようになってから、半年の月日が流れた。
ルイーゼは十六歳、ソフィアは十五歳になっていた。
「お嬢様、エルウィン様がいらっしゃいました」
ノックと共に聞こえてきたメイドの声に、ルイーゼは読んでいた本から顔を上げ、慌てて本棚の奥深くへ本を隠した。
――心霊関係の本は全部隠しておかなくちゃ!
痛い目をみて、一度は激しく反省したルイーゼだったが、完全に諦めたわけではない。元聖女にも正式な協力を要請し、対策は万全だ。知識を蓄えるだけならば問題ないとのお墨付きも得ている。
――待たせたら悪いわね。急がなくっちゃ!
部屋を出て、小走りにエントランスへと向かう。両親がいたらお小言は免れなかっただろう。
エントランスへと続く螺旋階段を駆け下りていると……エルウィンと義妹ソフィアが仲睦まじくしている――ように見える姿があった。
ルイーゼの記憶では、つい先ほどまでソフィアは自分と同じように部屋にいたはず……。あんなところで何をしているのか、と純粋な疑問が浮かんだが、見つめ合う二人の瞳が見えるところまで近づいて、気づいた。
天使のように愛らしい義妹と、美しく不思議な存在感を放つ自分の婚約者は……本当に楽しげに話し込んでいる。ソフィアは、この家ではめったに見せることのない笑顔を、心を許しているような無防備で愛らしい笑顔を、エルウィンに向けている。
ソフィア・メーベルトは人間ばなれした愛らしさを持っている。
しかも、その生まれからエルウィンとの間には同郷ともいえる関係性がある。エルウィンのソフィアに向ける視線に、自分へ向けられるそれとは比較にならないほどの熱量があるように、ルイーゼには見えた。
そう見えたのは、ルイーゼだけではない。
ルイーゼと共にエントランスへと降りてきたメイドも、そう思っているようで、気まずそうにルイーゼへ視線を向ける。
ルイーゼの意識はエルウィンとソフィアに向けられていて、そんなメイドの視線には気づかない。
「失礼いたします――お嬢様をお連れいたしました」
平時よりも緊張した声色で、メイドがそう切り出す。メイドの声に、ソフィアとエルウィンの二人は驚き距離を取った。
だが――ルイーゼには見えた。ソフィアのエルウィンへ向ける瞳には確かに色が灯るのが。
「ルイーゼ?」
ソフィアの変化に動揺し、動けないでいたルイーゼにエルウィンが声をかける。今、自分に向けられているエルウィンの瞳に、先ほど以上の熱を感じることは、ルイーゼにはできなかった。エルウィンはきちんとルイーゼを心配して、動けないでいるルイーゼを引き寄せたというのに。
――いいえ、いいえ! あるはずよ。だって、婚約者は私なんだもの!
気を取り直し、ルイーゼはエルウィンを自分の傍らへ誘導し、平静を装いながらソフィアへと問いかける。
「ソフィア、私の婚約者に挨拶はすんだかしら?」
「……え? こん、やく?」
「ええ。彼は私の将来の旦那様。貴女の義兄様になる方よ」
瞬間、ソフィアの大きな瞳から涙がこぼれた。
――なぜ? 何が、ショックだと言うの……?!
「あ、ごめんなさい……わたし……っ」
ルイーゼは動揺から身体が固まり動けない。
瞳からこぼれた大粒の涙が頬を伝い床に落ちて、ソフィアはようやく自分が泣いていることに気づき、戸惑いがちに震える声で謝罪の言葉を口にする。哀れを誘うその仕草に、ルイーゼはますます動揺し、次の行動にうつれなくなる。
「大丈夫かい?」
目の前で涙を流すソフィアに、ルイーゼは何もできなかった。
動きを見せたのは、エルウィンだ。彼は自分が持っていたハンカチを、ソフィアに渡し涙をぬぐように促した。
「す、すみません……いきなりのことで、驚いてしまって……なんでかな? すごく……かなしくて……変ですね、わたしこんな……」
嗚咽混じりに、ソフィアはそう呟き続ける。
エルウィンは優しいまなざしで彼女を見守り、泣きやむのを待っている。
ソフィアは引き寄せられるように、触れるか触れないかの距離まで、エルウィンへと近づいていた。角度によっては、エルウィンの胸に顔を埋めているようにさえ見えてしまうような距離。
ルイーゼは、見つめ合う二人を見て、激しく動揺した。
周囲の空気が変わったような気がした。
二人の存在自体が、自分達とは大きく違うような錯覚さえ覚えた。
手を伸ばせば、触れることができる距離にいるはずなのに、声さえ届かない遠い彼方にいるような隔たりを感じた。
生まれてこの方、こんな光景は見たことがない。理解が追いつかない。そうであるはずなのに、なぜだかルイーゼは直感的に思い出してしまった。
『運命の恋人』、という言葉を――――。
1
お気に入りに追加
1,514
あなたにおすすめの小説
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる